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七海葉子と言う少女

 七海葉子と言う少女……と呼ぶには少しばかり落ち着き過ぎている高校生がいた。


 さらさらと艶のある黒髪を肩に届かない長さで切り揃え、物静かそうな空気を纏う眼差しは凪と形容するに相応しい。整った顔立ちは他に類を見ない程に美しく整い、けれどどのような時でも無表情を貫く彼女は、同年代の少年少女達にとっては近寄り難い存在である。


 勉学においては常に学年の上位に位置し、首位となる事も少なくない。身体能力も高水準のために文武両道。まさに才色兼備という言葉を体現する、誰もが無関心ではいられない存在。


 それがこの少女、七海葉子だ。




 彼女には趣味と言えるものが一つだけあった。幼少から父親より教えられ、毎日欠かさず続けている剣の道。早朝に一時間と父親の帰宅後に二時間行われる稽古を十年。学校の部活動には参加せず、ほぼ毎日積み重ねた研鑽が彼女の腕を鍛えに鍛え上げ、その類い希な才能を開花させていた。


 剣道という体裁は保ちつつも実質的に実戦を想定した鍛錬は、葉子という少女をその年齢にそぐわぬ使い手へと育てた。父親の伝手で大人達に混ざればその中でも上位に食い込み、彼らでも舌を巻く程の実力を見せる。その容姿と真剣な姿勢、愛想が少々……いや絶望的に無いところも大人達にはむしろ気に入られ、年に二度三度程度しごかれている。


 そんな彼女には、最早父親ですら相手としては力不足。全力を尽くせる相手が近くにいない環境が続き、彼女は十八となる年を迎えてとうとう飢えてしまった。


 物足りなさを覚える日々に悩みを抱え、鬱屈した毎日を周りにそうと悟られず過ごす。


 しかしそんな彼女にある時、転機が訪れた。




 それはある冬の夜、大人達との稽古から帰宅する途中の事。少し長引いてしまい、普段より遅い時間の電車に揺られていた時の事だ。彼女の耳に、二人の人物の会話が届く。


 一方は三十代と思しき体格の良い男性。身体をしっかりと鍛えているらしく、スーツの上からでもわかる程の立派な肉体の持ち主だ。人相は悪そうな印象を見る者に与えるが、その低い声音は穏やかで耳に優しい。


 もう一方は十代半ば程の少女。白くタイトなワンピースに品の良い黒のショールを羽織り、小ぶりな白のハンドバッグを手に提げている。少しの化粧もしているのか、その唇は紅色だ。しかしその年相応には見えず、背伸びした可愛らしさという本人には不本意だろう印象を抱かされてしまう。


 そんな奇妙な組み合わせの二人組が仲良さげに話していた。


「そう言やよ、お前ASはやってたっけ?」


「AS? アーティファクトサガ、でしたっけ? ハードから買ってませんね」


「ああそうか、まだ品薄なんだったか。あれは勧めとくぜ。戦闘は自分が実際に動けねえと厳しいところもあるが、現実で身に着けてる技術やら知識やらがそのまま活かせるし、何よりゲーム内で身に着けた技術を現実で活用出来たりするからな」


「聞いた事はありますね。でも、本当なんですか?」


「ああ、マジだぜ。その辺りは学生連中の方が上手く使ってるな。勉強とか部活にはちょうど良いってよ。時間が四倍速だから勉強なんて捗って仕方ねえだろうし、部活も体操や剣道なんかは練習した感覚をそのままどっちでも使えるんだと。俺もちょうどこの間役に立ったばっかでよ」


「何にですか?」


「かみさんのストーカーがな……」


「ちょ、マジですか」


「警察には突き出しといたからよ、もう大丈夫なんだが」


 アーティファクトサガ、と頭の中で繰り返す。


 葉子は知らない言葉だった。けれど最新のゲーム機向けのソフトなのだろうとは、彼らの話から推測出来る。そしてそれが一時期ニュースなどでも話題になっていたものだと思い至るまで、さしたる時も要しなかった。


 現実の四倍で時間が流れるという、あのゲームの事だろう。そう葉子は思い当たった。


 そして自分が動けないと難しい、現実の技術が活かせる、ゲーム内で得た感覚をそのまま現実で活用出来る。そんな言葉が葉子の胸に響いた。


 もしかしたら。


 もしかしたら、この飢えのような欲求を満たしてくれるかもしれない。


 少々バイオレンスな話も混ざっていたが、有益な情報だった。葉子は二人に深く感謝の念を抱く。


 帰宅したら両親に相談しよう。そう心に決めて、逸る気持ちを静める事に苦心した。




 これまでゲームになど一切興味を持たなかった葉子の言葉は両親を驚かせたが、二人は否定する事無く話に応じた。そして父親は、品薄だとあの二人が話していたにもかかわらずそのゲーム機を、swivelを手に入れて来る。


 こうして環境は整った。


 手を出す事など無いだろうと思っていたゲーム機を手に、葉子は自室のベッドへと横たわる。高まる期待を胸に端末を操作し、いよいよとアーティファクトサガを始めた。思うのは未だ見ぬ強敵達との戦い。現実では物足りなくなってしまった現状の打破。


 明確に言うならば、『飢え』と『渇き』を満たす。それこそが、彼女の動機。




 この選択が運命を左右する大きな転換点だったと彼女が気付くのは、もうしばらく先の事である。







 それからしばしの時が流れた。


 ゲームを始めて知り合った思わぬ人物に誘われるまま従士という職に就き、働きが認められて騎士に任命され、とんとん拍子に出世した。一月に始めてからたった二ヶ月での事だ。さらには領主の養子となる話まで持ち上がり、葉子自身はわけのわからない状況の変化に振り回される心地だった。


 何があったのかと言えば、戦功を挙げたと言う以外に無い。新たな村を作るに先駆けた狩りでは誰よりも多くの魔物を屠り、町を略奪せんと迫り来る魔物相手にも獅子奮迅の活躍。その動き、その働きは尋常のものではなかった。


 そしてたったの二ヶ月で、記録的な早さで階級五へと至った。既に階級五となっていたプレイヤーもいるのだが、彼らは階級五までに一年かかっている。あまりの早さに、彼らもやはり舌を巻いた。


 葉子の二ヶ月という異常な成長速度は、彼女の持つ類い希な剣の腕あっての事だ。要は格上を斬り倒し続けた事が、この成長の原因。誰に真似出来るものでもない、純然たる彼女の実力による結果であった。


 もちろんこれには、先達による情報の恩恵もあった。強い魔物の生息する場所が判明していたから、そのような土地で戦い続けたから、彼女の今が築かれている。


 しかし情報だけでそれが成せるはずもない。それは同じ場所に挑んだ事のある者の目には明らか。机上の空論を弄する輩は鼻で嘲笑われ、実力ある者達は当然のように彼女を認めた。認めざるを得なかった。


 そうして圧倒的な強さを見せつけた従士の葉子はその功績をもって騎士に、さらには領主の養子にと破格の待遇を受ける事となるのであった。


 何故こんな事に。そんな考えが、彼女の脳裏によぎる。


 建て前として聞かされたのは、領主にはこれ以上の報奨を与えられる権限が無いという事。このランドバロウ伯爵領において最上の報奨がこれだという話だ。そして本当の理由は、他の貴族から葉子を守るため。


 これ程の力を持っていては、貴族達が放っておかないと領主は考えた。どんな手を使ってでも召し抱える、或いは従わせる。それが悪しき貴族という者どもだ。その魔手から守るには、領主の身内としてしまうのが手っ取り早い。そのための養子縁組みであった。


「無論お前の自由を奪うためのものではない。俺の養子となっても、これまで通り好きに動いて構わん。もっとも、護衛は付けるが」


 長い金髪に朱色の瞳を持つ細身の色男、ランドバロウ伯爵のリアンテイル・セルティウスはそう話し、一人の女性騎士を葉子の配下とした。


 赤紫の豊かな髪にルビーのような深い赤の瞳。妖艶な微笑みは貴族らしい気品と華やかさに溢れ、立ち居振る舞いは上品な中に妖しさが香るように漂う。騎士となった折から面識のある貴族、ヒルダ・シルエレートと言う名のアルス人だった。


「あなた様のそば近く仕えさせていただけます事、この上無く光栄に存じますわ」


 ヒルダは葉子の手を取り、その甲に口付ける。そして頬を染め、恍惚とした表情を浮かべた。


 彼女について、葉子は多少知っている。代々セルティウス家に仕えている、子爵位を持つシルエレート家の次女だ。剣の腕はランドバロウ伯爵領でも有数、知識豊富な上に気品があり、人格も概ね善良と非の打ちどころが無い傑物。それが彼女の評価である。


 しかしそんなヒルダにも一点だけ、評価の分かれるところがあった。


「このわたくしをあなた様の側近としていただけるなんて……。初めてお目にかかったあの瞬間から、このような時が来るのを毎夜夢に見ておりました。何処までもおとも致しますわ。火の中水の中はもちろん死地でも湯殿でも寝所でも」


「……後ろの二つは要らない」


 女性のままで女性を好むという彼女との今後に若干の危機感を抱いたが、葉子は結局この養子の話を受けた。束縛されない事が約束されているならば、面倒な貴族の相手を丸投げに出来る立場は得難いものだ。断る理由が無かった。


 こうして葉子は貴族になった最初のプレイヤーとして名を残した。実力は自ら備え、名声と富は手繰り寄せ、多少のしがらみはあれど誰しもから羨まれる環境を手に入れた。


 以後、葉子はセルティウスの名に連なる事となる。







 その日彼女は、ログイン早々にとある商店へ顔を出した。


 様々な布製品や革製品が並ぶこの店の名は『ティーア服飾品店』。店舗と工房が一体化している、職人自身が営む商店だ。


 主に婦人物を作って売っているが、品質の良い商品は高価であるため客足は少ない。けれどそれでも何人も付いている固定客のおかげで、経営は充分成り立っていた。


「おかえりなさいませ、リーフ」


 からんと低く鳴る鐘の音に誘われて工房から姿を現したのは、光って見える程に白い髪を三つ編みにした、琥珀色の瞳を持つ優しげな風貌の女性。ふわりとした笑顔は見る者全てを安堵させるような包容力を感じさせる。


 リーフ、と言うのがこちらでの葉子の名だ。その由来は語るまでも無い事である。


「……ただいま、フレア」


 フレア・ティーア。それが彼女、この服飾品店の店主の名だ。


 彼女との付き合いはキャラクター作成の直後から始まっている。それはつまり、この商店がリーフのスタート地点であるという事。


 領主の養子となってセルティウスの名を名乗るまでは、この服飾品店をリーフは拠点としていた。従士として、騎士としての住居が与えられても彼女は拠点を変えなかった。住居が不便だという事もあったが、このフレアと言うNPCとの関係にも理由がある。


「……手がかりは、こっちの父さんのところにも無かった」


「そうですか……。感謝致します」


 フレアは妹を失っていた。けれど何処かにいるかもしれないと、話を聞いたリーフは考えた。以来、八方手を尽くして探し歩いている。未だ踏破されていない迷宮に挑み、前人未到の土地を踏み、数々の強敵を下し。気付けば階級五に達していた。


 それもまた、彼女がこの域に達した理由の一つ。


 そして今日もリーフは旅立つ。


「……今度はずっと東に行こうと思う」


「リーフは変わりませんね。ヒルダ様をあまり心配させないようお願いしますよ」


 この旅に、護衛のヒルダは連れて行けない。プレイヤーと違ってNPCである彼女は、一度でも死んだら終わりなのだ。階級六や七の魔物が蔓延るだろう土地になど、連れて行けるはずもない。


 だからこうして、気付かれる前に飛び出して来たのだ。




 爽やかに流れる風に銀の髪をそよがせ、切れ長の感情を宿らせない目には翡翠色の瞳が輝きを放つ。控えめなフリルのある白いブラウスに濃いグレーのスラックス、白のパンプスという出立ちはシンプル且つ上品。


 その全てはフレアの手製で、組み合わせたのはリーフ自身。清潔感漂う装いに、程良いメリハリが健康的な色香を付け加えている。


 道行く人々の目を惹き付けながら、リーフは足早に通りを歩いた。


 目的地は遥か東。街道を行き、山を迂回し、橋を渡り。人の手の入っていない道無き道を何処までも進み、その先に広がる深い森を抜け、天を衝くように聳える魔の峰へ。




 奇しくも、瑠璃色の瞳持つ者が放り込まれた大陸中央。そこが彼女の、次に目指す場所であった。




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  名前 リーフ・セルティウス

  種族 エルフ

  性別 女性

  階級  五


  筋力 一六

  敏捷 二〇

  魔力  八


 魔導器 強化打刀

  魔術 練気放出   練気強化

     練気治療


  技術  剣     格闘

     軽業     看破

     抵抗力


  恩寵 旧神フレーティア


  ID 〇二五〇〇〇〇〇〇一

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 二日連続五話投稿もこれにて終了です。


 ナルラファリアに続くもう一人のヒロイン、もしくはランに続くもう一人の主人公、無口無表情なリーフの視点となるお話でした。

 彼女の話は第三者視点で進みます。連続した話にもなりません。あらすじの補足説明の通り、十話ごとに彼女の話か掲示板回が挟まれる予定です。

 ……予定は予定ですので、いきなり変わる事もあったり無かったり。無いと良いのですが。


 さて、本日も読んでいただきありがとうございました。

 よろしかったらブックマーク、ポイント評価などをお手間ですがよろしくお願い致します。

 作者のモチベーションがぐんと上がりますので!


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