先生
先生の元を訪れた私は、今の状況を何も言わずにとにかく結論だけを述べた。
簡単に言うと、「カンペを用意したい」というもの。
覚えることができなくても、ほとんど点数にはならなくても、それでもテストだけはきちんと受けてやり切りたいという、考えた末の結論だった。
その話をした時、先生は驚きを隠せないようだった。
「どうしてそんなこと言うの?」
そう訊いてくれた。何もまとまっていなかった私は先生に対してとにかく言葉を並べた。
「覚えられないんです。どんなに覚えようとしても、覚えられないんです」
先生は何も言わずに真剣に私を見て、じっと聞いてくれた。声がだんだん震えて、視界がぼやけてきた。泣いて言えなくなる前に、何とか先生に伝えたいと、必死で言葉を紡いだ。
「自分でもびっくりするぐらい、覚えられないんです」
そこまで言った時、涙はこらえきれなかった。
どうしようもない。どうしたらいいか分からない。どう伝えたらわかってくれるか分からない。その時の私にはこれが精いっぱいだった。自分の現状を理解する事、説明する事すら恐ろしく、悲しい。言葉にすることで私の中にある不安と恐怖は明確になった。
この数秒後には今なんの話をしているのかさえ忘れてしまうのかもしれない。明日にはテストがあったことさえ忘れてしまうかもしれない。いや、先生のことさえも分からなくなるのかもしれない。
そんな私を先生は抱きしめてくれた。
「あぁ、分かった。自分でも分からないくらい覚えられないのか。あなたがそんな事言うなんてなぜかわからなかったけど、そう言う事か」
症状のことも何も話していないのに、先生は母親が子供にするように私を慰めてくれた。そして、問答無用で理解してくれた。
「病院行ったの?」
「他にはどんな症状があるの?」
と、心から心配してくれた。怖くて悲しくて泣いていた私は、いつしかその優しさに涙が止まらなかった。
友達でさえ理解してくれる人と理解してくれない人がいたのに、冷たい言葉すら帰ってきたのに、両親だって信じてはくれなかったのに、先生はそのたった数秒で私を信じ一体どういう状況なのかを理解してくれたのだ。
先生に今の気持ちと現状を説明していた時、どれほどの不安や恐怖と日々戦ってきたのか改めて理解した。思っていた以上に精神的に追い詰められていたことにようやく気がついた。
私の状況はその先生を通じて他の先生にも伝えられた。言葉が理解しにくくなったことも、覚えられないことも、私に一度他の先生に伝えてもいいかと一言訊いてから、先生は行動に移してくれたのだ。
そのおかげで、他の授業のテストの際「テスト内容を理解したらタイマーを押して開始」など、読むことはできても理解がしにくい私でもできるようにフォローしてくださったのだ。
私一人にではなく、全員に同じ条件を課すことであくまでフェアにテストを行うことができたのである。もちろん、何度も残念な結果になったが。それでも、あの状況の中で必死に頑張りぬいた自分を私は未だに誇っている。