帰郷
「おばあちゃん、おじいちゃん。ただいまー」
「あらあら、柚ちゃんおかえり」
「ゆっくり出来るんだろ?」
「うん、少し長めに休みをもらったから……」
柚はうらめし気に、隣のマネージャーを見る。若さで売るジャンルの消費期限はかなり短い。
本人のブログのコメント欄にまで、「最近見ないね」とか「死んだんじゃない?」とか書き込む輩までいる。
更新しないで放置しているケースもあるので、自業自得と言えなくもないけどね。
「今日はお世話になります」
「佐々木さん。柚ちゃんのことお願いね」
「あれ? まこと君は?」
「勉強でもしているのかしら? 頭が良いのに、わざわざこんな田舎で勉強しなくてもね」
心配するおばあちゃんを柚がなだめる。
生き方も多様化している今、若いうちから無理に人付き合いで疲れることはない。
職人のように技術があるならば、我侭は押し通せる立場にもなれると説明した。
現に佐々木はまことを呼ぶこともせず、待つと言っていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
東日本の某県、山間部に近い仙道家は先祖代々農家の家系で、それなりの家と土地を持っていた。
ところが子供世代が、全員農業を継がないと宣言した為、祖父母達は徐々に仕事をセーブする方針に切り替えた。
そんな折、とある事情で『お世話になる』ことを父から伝えると、祖父母達は張り切りだした。
長期休暇の時は親族が一同に介することになるが、父の仕事は暇そうに見えて意外と忙しいようだ。
公務員とは言ってたけれど、本当はどこで何をしているのか……母にも教えていないらしい。
本当に金持ちは、平屋で暮らすものだ。
特に田舎は土地が安いのか余っているのか、二階建てでこぢんまり作る家は少ない。
無駄に部屋数も多いけれど、何故かこの家には『はなれ』があるので、ここを使わせて貰えることになった。
『思春期』だし『若者は夜更かしをする』という理由で、勉強・趣味・就寝とプライベートな時間はここで過ごした。
「もう夕方か……、柚姉は今日あたりかな?」
勉強も捗ったし、そろそろ食事の時間だ。
料理は得意じゃないけれど、テーブルを拭いたり食事を運んだりするのは誰でも出来る。
『はなれ』から家のキッチンへ向かう途中で、佐々木さんに会った。
「まこと君、こんにちは」
「こんにちは、佐々木さん。早かったですね」
「うん、後でちょっと相談したいことがあるんだけど良いかな?」
「えぇ、大丈夫です。食事が終わってからでもいいですか?」
「まこと君に合わせるよ」
キッチンからは、おばあちゃんの声が聞こえてくる。お客さんに、先にお風呂に入って貰うらしい。
何か手伝えることを聞いてみると、佐々木さんと柚の手伝いをして欲しいようだ。
佐々木さんを風呂場に案内し、食事が終わったら『はなれ』で話を聞くことを約束する。
その後は居間に行って、柚に挨拶をした。
おじいちゃんは最近、ハードディスクの再生だけ覚えたので、柚がいる前で出演したドラマを見ている。
確か二時間のサスペンスもので、三人目くらいの死体役だったようだ。
出番も少なく、後半は写真でしか画面に映ることはない。それでも、おじいちゃん的には満足らしい。
「柚姉、大丈夫?」
「何が? まこちゃん」
「あの、まこちゃんは辞めてくれませんか? ブログではM君と」
「じゃあ、まこっちゃんで! マネージャーとは結構連絡取ってるのに、こっちは全然だよね」
「うちの子が巡回してるじゃないですか」
「確かに助かってるけど……。そうだ、マネージャーとは別に、相談したいことがあるの」
「柚姉も?」
おじいちゃんは漬物で一杯ひっかけている。飲むのは350缶一本なので、酔うことはないらしい。
会合以外は、脂っこいものと強い塩分の食事を控えているようだ。今日は柚と佐々木さんが来るので、それも解禁のようで、自分が来た当初は毎日のように解禁していて、おばあちゃんに怒られていた。
「とりあえず、体調は問題ないよ。前より元気なくらいかな」
「この家は温泉を引いているから、疲れもふっ飛ぶよ」
「うんうん。あ、後でブログ用の……」
「ダーメ。おじさんに申し訳ないからダメです」
サービス精神旺盛なのか、放っておくと柚は際どい画像もアップしようとする。
リミアの柚のアバターだって、真っ赤なビキニの専用アバターで、ブログを見に来た不特定多数がアバターに向かって……まあ、その反応も記録されていることを知らないだろうけど。性格きつめのキャラ設定も、佐々木さんと柚と相談して決めた事で、かわいいお馬鹿キャラとは正反対の、Sっ気満載のグラドルを目指すことにした。
柚の相談も後で聞くことにする。本人が大丈夫だと言っているので、こちらが祖父母を心配させる必要なんてない。
張り切っているおばあちゃんに、柚と一緒に手伝いを申し出る。
佐々木さんが風呂から上がって来る頃、仙道家の夕食が始まった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
食事が終わり、柚は祖父母と一緒に話に夢中だった。
しばらく客間に泊まるようで、相談した結果、佐々木さんは『はなれ』で寝るらしい。
ここはそこそこ広いので、二人くらい寝るスペースは十分ある。
先に休むとみんなに話し、佐々木さんと離れに向かった。
「ごめんね、まこと君。それで、これなんだけど」
「動画データですか?」
「柚さんにはまだ見せてないやつ。それで、この前後に柚さんが変な事を言っていたんだよね」
USBをパソコンに挿し、ファイルを立ち上げる。
柚が熱湯風呂に入り、CMを告知する仕事のようだ。
この会社で柚に求めている本当の仕事は、幅広い人脈作りらしい。
ノリ的には体育会系なので、先輩に好かれるポジションのようだ。
「芸能界って大変ですね」
「これはそうでもないよ。あ、ここからね」
熱湯風呂を包む怪しい光、そして数瞬後に湯船ごと柚が消えてしまった。
カメラは回しっぱなしだったのか? その後、佐々木が柚を探しに来て、またどこかに去って行った。
更に少しするとバスローブ姿の柚が、湯船があった位置で倒れていた。
「これってCGじゃないよね?」
「何で持ってきた本人が聞くんですか?」
「確かに。この後、ちゃんと撮れていなかった事を説明したよ。湯船はADが何処かに片付けちゃったことにしてね」
「少し、コマ送りしてもいいですか?」
「もちろん。どうも、消え方と現れ方がおかしいんだよね」
細かくチェックしていると、後ろで佐々木さんが柚の言動で、気になったことを教えてくれた。
この仕事の前後で「誰かに呼ばれている気がする」と言っていた。
これはブログにも書いており、『メンヘラかよ』と言われていたようだ。
更にこの後で、「助けにいかなきゃ」という寝言も何回か聞いた。移動は佐々木さんの車なので、柚はよく寝るらしい。
「正直、よく分かりませんね」
「まこと君なら、ぱぱっと手がかりでも見つかるのかと」
「気になったのはこれですね。ヘキサグラムってやつかな? 世界観によって違うけど、五芒星は悪魔や魔術関係で六芒星は神様系だったかな?」
「それって、まこと君から紹介された異世界もののやつ?」
「あーいうのは、一方通行ですから。日本風に言うなら『神隠し』でしょうか?」
実際、画像に残っていると気持ちが悪い。
柚はすぐに戻ってきて、熱湯風呂の再チャレンジをしたくらいなので、見ようによっては磁場の関係と言えなくもない。
夏になると幽霊話も毎年のように起こるので、そういう意味ではこれくらいどうと言うことはないだろう。
そんな話をしていたら、柚がやってきた。