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湯グラドルしる  作者: 織田 涼一
第1章:聖女が事件を連れてきた
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残された光☆

 侍女のメルディは【召喚の間】まで急いだ。

異世界から召喚された聖女さまが、この世界で何も奇跡を起こさず、闇に連れ去られてしまった。

【魔族の王】の誕生と【召喚の儀】は、密接な関係にあると聞いている。

召喚が成功した時点で、魔族の王が誕生している証拠だということは、古くから文献に記されているらしい。

闇に消える聖女さまを見たのは私だけで、それが魔族の仕業かどうかまでは分からない。

聖女さまが消えた事実だけが残っている。全ての判断は、姫さまに委ねるべきだと思った。


「どうしました、メルディ」

「ラルメールさま、申し訳ありません。聖女さまが……いなくなりました」


 この【召喚の間】に残っているのはラルメールのみだ。

淡く輝く湯船を見ていたところを、メルディが駆け寄ってきたので、その時点で何かが起こった事だけは分かった。

慌ててはいるが、まずは落ち着けなくてはいけない。


「二度手間になる前に、あなたが聖女さまを抱きかかえた後の事から説明しなさい」

「はい、ラルメールさま」


 メルディは感情を交えず、事実だけを報告する。

湯船から出てきた聖女は女性騎士達をすり抜け、出入り口付近で崩れ落ちるように意識を失った。

指示によりバスタオルを持って戻っていたので、倒れる前に広げて聖女さまをそのまま抱きかかえた。

手伝いの侍女も付き添い、指示通り部屋まで案内をする。それからは熱いという言葉と息苦しくしていたので、ベッドまで運んだ後に赤い下着らしきものを取り、バスローブで緩く包んでからベッドに寝かせた。


 手伝いの侍女に飲み物を頼み、この部屋の警備を頼む為に、少しだけ部屋を出た。

少しすると、部屋から何か声が聞こえてくるではないか。

異世界からやってきた聖女さまは、この世界の言葉が通じるのだろうか?

そんな不安を抱えながら、心を落ち着けてドアを開けた……すると。


「闇に飲み込まれていたのですか……」

「はい、申し訳ございません」

「貴女に落ち度はないと思います。それで、他に怪しいものは見ましたか?」

「いいえ。見た限りではありませんでした」


「ラルメールさま!」

「デリア、報告があるのですね」

「はい。このフロア内をくまなく探しましたが、聖女さまの姿は……」

「二人の話から判断すると、召喚に失敗したのでしょう」


 一言で言えば、未熟な技術だったのかもしれない。

【召喚の儀】とは異なる世界に穴を開け、魔力を使ってあちら側からこちら側に呼び込む儀式魔法だ。

人や動物はその世界に紐ついている。いわゆる輪廻という概念だ。肉体は器に過ぎず、最終的には魂が重要となる。

釣りで言うならば網に入れる直前で、仕掛けをバラされた感じだった。

多分、聖女さまはあちらの世界で無事なのだろう。この世界の希望がついえただけで……。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 湯船からは湯気が上がっている。あれから結構な時間が経つが、一向に冷める気配をみせない。

光輝くお湯を見ながら、とりあえず陛下と兄に報告をしなければならないと、ラルメールは考えていた。

そこに慌ててやってきたのは、神殿の女性司祭だった。


「フラウ司祭さま。呼び立ててしまい、申し訳ありません」

「いいえ、ラルメールさま。召喚された方が聖女さまなら、神殿がお世話する決まりです。聖女さまはどちらに?」

「それが……、儀式は失敗したようです」

「聖女さまが、ご降臨されたと聞いたのですが……」

「一度はこの世界に顕現なさいました。そして、元の世界に戻ってしまわれたようです。これを残して」

「これは……、どのようなものなのでしょうか?」


 フラウ司祭の質問に、ラルメールがその時の状況を答える。

そこから導き出された推論は、やはり『洗礼』のようなイメージだった。

この圧倒的な光からは悪しき力が感じられず、もしかすると聖女さまが力を得ている過程だったのかもしれない。

フラウ司祭が光を問題ないと判断したので、ラルメールの決意は固まった。ラルメールは衣服の紐を解き、ファサっと地面に落とす。あっけにとられているメルディとデリアをよそに、下着まで脱ぎだそうとした。


「ラルメールさま、何をなさっているのですか?」

「デリア、そこをどきなさい」

「いかにフラウ司祭が太鼓判を押そうとも、安全が確認出来るまでは……」

「その確認はいつ終わるのです? それまで、この光が輝いている保障は?」

「それでも、ラルメールさまが試される必要はありません」


 ラルメールが湯船に進むのを拒む女騎士デリア。確かに一国の王女が、自ら実験台に上る必要はない。

その言葉がすんなり受け入れられたからこそ、メルディは湯船に右腕をつけた。


「熱っ……」

「メルディ、何をしているのです?」

「デリアさま。誰かが確認をする必要があるなら、それは私の仕事です」

「やってしまったものは仕方がありません。それで、大丈夫なのですか?」

「はい……、ラルメールさま。でも、ここに入るのは正直無理だと思います。今バスローブを持ってきます」

「待ちなさい、メルディ。聖女さまは確かにここに入っていたわ。きっと何か……そう、あの赤い布が……」

「それならば、まだあの部屋にあります」


 メルディは急いで赤い布を持ってこようと、部屋を出て行った。

全ての報告は、この試みが終わってからということでまとまった。

【召喚の儀】の責任者であるラルメールが、入ることを譲らなかったからだ。


 密偵の話では、魔族の国に大きな変化はまだ起きていないらしい。

この平和な世の中がいつ終わるのか? 異変を感じた時には既に遅く、国だけの滅亡で済めば良いほうだ。

全ては【勇者/聖女】を中心に人が集まり、魔族の王を討つことで終わる。


 本来の王女の立場なら、それなりの地位のところに嫁ぐ必要がある。

ただ王家には時折、重要なスキルを授かることがあった。

その一つが今回の【召喚の儀】で役立ち、責任者としてラルメールが手を上げたのだ。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「これは下着なのでしょうか?」

「それにしては材質が違いすぎます。きっと、女性専用の『洗礼』の正装なのでしょう」

「ラルメールさま、本当に入るのでしょうか?」

「フラウ司祭・デリア・メルディ。全ては私の責任のもとに行います。もしもの時は、私の名前を出してそれぞれの場所に報告をお願いします」


 この衣装は限りなく下着に近かった。

ラルメールは装着するのに少し抵抗があったが、『洗礼』の正装ならば否定をする要素はまるでない。

湯船に入るのに一段だけ小さな台を置き、ラルメールは光の中に身を投げ出す覚悟を固めた。


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