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湯グラドルしる  作者: 織田 涼一
第1章:聖女が事件を連れてきた
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グラドルの憂鬱☆

 【召喚の儀】、それはこの世界の切り札でもあった。

魔族の王が誕生すると、その周辺地域への侵攻が活性化する。

蛮勇なる王が先頭に立ち鼓舞する時もあれば、知略に長けた王がチェスのように各国に揺さぶりをかける。

この世界には冒険者と呼べる戦闘に長けた者達もいるが、多くの者はその日を過ごすのに精一杯だった。


 日頃より、各国では軍事力に力を入れている。

しかし、軍事力だけを揃えてもそれを賄う兵糧が必要で、かと言って農業に力を入れるだけでは国を守れない。

各国の同盟も、どこまで効力を発揮するか微妙な状態だった。

そんな折、グランドール王国では冒険者ギルドを初め、国内に【魔王抹殺計画】を発令した。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「ねえ、マネージャー。このスタジオ借りられるなら、もっと私を売り出せる仕事取ってきてよ」

「柚さん、この業界は厳しいんですよ。某団体が集団で攻めてくるし、何かでブレイクしないとですね……」

「だーかーら。そのブレイクする仕事を取ってきてって言ってるの。しかも、何で固定カメラに熱湯風呂だけあるわけ?」

「昨日説明しましたよね。これはリレー形式の動画なんです。今はこういうところから、コツコツいかないと」


 水着の上に白いガウンを着た仙道柚葉せんどうゆずはは、地方のミスコンを準ミスで荒らしまくった女性だ。

もうすぐクリスマスに例えられる年齢に差し掛かる。予定では有名雑誌の専属モデルになり、セレブな集まりに混ざって御曹司に見初められ、ママタレになっているはずだった。

それが、週刊誌のグラビアも呼ばれることが少なくなり、新人発掘としてはもう年齢が年齢だった。


 所属事務所は大きいが、バーターとして度々出るには限度がある。

どちらかと言えば、そろそろ自分が下の娘を引っ張って行かなければいけない時期で、ブログやSNSだけでは新しい仕事も望めない。そんな時にマネージャーが持ってきたのがこの仕事だった。


「はいはい。待っていても、お湯の温度は下がりませんからね。毎回、撮影前に温度を見せるんです。ガウンを脱いだら、この椅子に掛けてタオルはここ。一分我慢したらPRタイムですからね」

「わーかーりまーしーた。もう、さっさとあっちに行ってよね」

「では、回しますよ。あっちで追加のお湯を用意してきます」


 マネージャーがカメラを回し温度の中継をすると、さっさと給湯室に行ってしまった。

仕方がないので、柚葉は決意した。身長はそこそこの八重歯が魅力的な童顔で、欠点を言うなら鋭い目だった。

たわわに実った果実は男達の視線を釘付けにしている事を知っている。

外面そとづらを良くした口調で甘く決意を口にすると、某お笑い集団の手順を真似しながら熱湯に挑んだ。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 グランドール国王城では、密かにある計画が進行していた。【魔王抹殺計画】の肝となる【勇者/聖女降臨の儀】で、星の巡りを考えて逆算し、複雑な魔法陣を囲むように六名のローブ姿の者が祈りを捧げている。

六芒星はこの世界と異世界を繋ぐもので、この国の第二王女にして唯一の交信者、ラルメールが陣頭指揮を執っていた。


「この機会を逃したら、私に出来る術は残されていません」

「姫さま、きっと成功します」

「では、集中しなさい。異世界の住人がこの世界に来る時、神より祝福を賜ると聞きます」

「……協力してくれるでしょうか?」

「全てを勇者さまや聖女さまにお願いする訳ではありません。こちらの事情を理解して頂き、誠心誠意尽くすのです」


 過去、幾多の危機を迎えた際、人間達に残された切り札は【召喚の儀】で、特に魔族の王の影が見え隠れした際に行われるのが【勇者/聖女降臨の儀】だった。

この六芒星に現れた人物が、男性の場合に【勇者】と呼び、女性の場合は【聖女】と呼んでいる。

過去、浄化に特化した男性もいれば、武勇に秀でた女性もいるので、一概に【勇者/聖女】という呼び方は正しくないかもしれないが、魔族の王を倒してくれる存在なら細かい事は関係なかった。

魔力の渦が魔法陣を包み、その中央は水蒸気のように靄がかかっていた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「ねえ。これって誰か数えてくれないのー?」


 小さなスタジオに、一台のカメラと熱湯風呂があるだけ。

さっさと給湯室に向かったマネージャーに、柚葉の声が届くはずもない。

熱さを我慢する為に目を瞑っていたせいか、熱湯風呂を包むように魔法陣が怪しい光を放っていても気がつかない。

「ねえ、マネージャー」と出した声は、スタジオに響く事はなかった。


「あれ? 柚さーん。おかしいな……帰ったってことはないよな。熱湯風呂も消えてるし」


 マネージャーは、ポツンと残されたカメラの確認をすることにした。

カメラと言っても、デジタルカメラである。高画質のものを貸し出しているのは、柚葉に期待している証拠だろう。

ただ、後がない彼女を一流……二流……いや、TVにかろうじて出るくらいまで売らないと、柚葉共々必要ないと言われてしまうだろう。そういう意味では一蓮托生なので、小さな仕事でも積み重ねる必要があった。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「おおぉ! 此度は聖女さまか」

「しっ! 何やら苦しんでいるようです」


 ラルメールの合図に祈りの言葉が止まり、次の合図で男性が次々と退出していった。

やってきた聖女さまが、裸に近い姿で魔法陣の中で苦しんでいたからだ。

変わりに侍女達が大きなタオルを抱えてやってきて、女性騎士達が何かあった時の為に脇を固める。


「あの淡く光っている液体は……。もしかして、洗礼なのでしょうか?」

「確かに、苦しければ出てしまえば良いだけのこと。何か力を得ている過程かもしれないですね」

「マネージャー、まだぁ?」


 自分で数を数えるという事を忘れていた柚葉は、チャンスは一回と考えていたが、その分ハプニングにも対応出来るように、なるべく我慢をすることにしていた。なんだかんだ言っても、TVに出演する為には爪跡を残さないといけない。

真っ赤な肌で二回目の熱湯風呂に入るなんて出来ないし、一回体験してしまえばリアクションも薄れてしまうだろう。

たった一分なのに永劫のような時間に思えるのは、止めてくれる人がいないせいだ。

動かないようにしているのに、波打つ熱湯が柚葉の限界を超えさせた。


「もう、無理! 水!」

「あ、はい!」


 ようやく目を開けた柚葉は、湯船を越えると崩れ落ちそうになり、気力で女性騎士達を通り過ぎていく。

どこに向かったら良いか分からないが、とにかく熱湯風呂から離れることが先決だと思ったようだ。

出口ギリギリの場所で、侍女にバスタオルで包まれるように捕まり、柚葉はそのまま倒れこんで意識を失った。


「急いで聖女さまを例の部屋に! 大変疲れておられるので、それまで誰も近寄るな」

「はっ! ラルメールさま」


 かくして【勇者/聖女降臨の儀】は無事成功と伝わった。

儀式に参加した者達には、十分な休養を取るように指示が出て、騎士達はそれぞれの持ち場に戻った。

現場には魔法陣の上に、半透明の熱湯風呂が残っていた。淡く残った光は収まる事なく、周囲を照らし続けていた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 柚葉が意識を失っていたのは短い時間だった。いつの間にかガウンを着ている。

その下は真っ赤なビキニをつけていたはずなのに、いつの間にか脱げているのはどういうことだろうか?

それでも隠すべきところは隠せているので、今は気にしないことにした。


「ねえ、マネージャー……。というか、ここは何処なの?」


 さっきよりごわついているガウンに、クッションがあまり効いていないベッド。

それよりも驚くべきは、石畳のようなこの足場だ。スタジオに、こんな場所があったのだろうか?

この部屋はそこそこ広いのに、目に付くのはベッドと簡素な机にドアだけだった。

机の上には皮袋が置かれている。なんとなく気になったので、ベッドから降りて皮袋に触れてみた。


「そういえばOKは出てなかったけど、カメラのチェックをしたいな」


 言葉にした瞬間、ドアからノックの音が聞こえた。

ドアの方に顔だけ向けると、皮袋から生暖かい何かが溢れてきた。

「えっ? えー?」と、何がなんだか分からない声を上げると、突如目の前に黒い渦が発生する。

「聖女さま、失礼します!」と、重厚なメイド服を着た者が入室し、ほぼ入れ違いに柚葉の姿が消えていた。


「聖女さま! 聖女さま!」

「メルディ、どうしました? 何があったのです?」

「デリアさま。聖女さまが、闇の中に消えてしまったのです」

「そんなことが……。とりあえず、姫さまに報告を」

「はい、かしこまりました」


 デリアはこのフロアに再来するかもしれないので、確認するとメルディに話した。

本来、召喚魔法とは不安定なもの。必ずしも成功する訳ではない。

個人で行うには魔力が足りなく、儀式魔法にすると手順が複雑化する。

どういう理論かは分からないが、聖女は元の世界に送還されたのかもしれなかった。


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