考察
「ジーパン一本にジャージ上下、下着にセーター数枚。ダウンジャケットっと」
「柚さん、あまり多すぎても不自然ですよ」
「後は戻ってから追加する感じかな?」
着せ替え人形となったメルディは、メイド服を脱いで冬の衣装に身を包んでいた。
安さで有名の洋服屋で大量に購入したので、次はスニーカーや旅行鞄を購入しにいくことになった。
メルディは軽さと肌触りに驚き、この世界にメイド服がないのか聞いてきたが、取り寄せるのに時間がかかると話した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「おじいちゃん、おばあちゃん。お願いがあるの」
「どうしたんだい?」
「うん、この娘なんだけどね。しばらく、泊めてあげて欲しいの」
留学生で長期冬季休暇中の旅で出会ったこと。
旅の目的地で知人の家が、急な引越しで困っていたところに柚達と出会った事を話した。
日本の農業にも興味があるので、きっとおじいちゃんとおばあちゃんも気に入るはずと……。
たどたどしく挨拶するメルディに、柚がもうちょっと残る事を話すと、歓迎の意をしるした。
おばあちゃんが夕食の準備をするということで、メルディがこの世界……もとい日本の料理を学びたいと手伝いを申し出た。佐々木さんと柚は、おじいちゃんの晩酌に付き合うということで、その間を勉強の時間に充てた。
『~地方が震源の地震は、局地的な被害を与えたようです。次のニュースです……』
「怖いわねぇ」
「畑は大丈夫だったの?」
「あら、こっちは全然揺れなかったわよ。ねえ、おじいさん」
「うむ、柚達は遠くに行ってたのかな?」
「あ、ううん。ちょっとだけだったから、全然問題はなかったかな?」
TVのニュースでは、地震の被害状況が中継されている。どこかで見た光景だったけれど思い出せない。
地域別の震度が表示されたのでこの地域を見たが、震度が小さかったせいか表示されることはなかった。
「コノ料理、オイシーデース」
「あら、メルディさん。気に入ったのなら良かったわ。遠慮しないで、いっぱい食べてね」
「オバアチャン、大好キデース」
「これこれ、ばあさんが喜び死んでしまうよ。おだてるのはそれくらいでな」
「オジイチャンハ、何ヲ飲ンデイルノデスカー」
「あぁ、これは焼酎じゃよ。飲んでみるかね?」
「おじいさん。そう言えば、メルディさんは、おいくつなのかしら?」
「ジュウロ……ジュウハチデス!」
「おじいさん!」
怖い目でおじいちゃんを睨むおばあちゃん。
いくら田舎とは言え、さすがに未成年にお酒を勧めるのは問題があった。
作戦に失敗したメルディは、お酒は二十歳からという日本の法律を一つ学ぶことになった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
寝る前に一度『はなれ』に集まって、今後の方針を相談することにした。
「まずは、メルディさん希望はある?」
「はい、出来ればグランドール王国に戻って、魔族の王を討つ手助けをしたいと思います」
「正直に言うと?」
「あの……聖女さまにも助けて頂ければと……」
口元さえ見なければ、流暢な日本語で返事を始めた。
ある意味、最低限と最大限の希望を聞けたと思う。
「返事については保留にしますね。後は、状況証拠を元に出来ることを確認しましょう」
「総括はまこと君にお願いしようかな。柚さん、一先ず仕事は止めますね」
「マネージャー、ブログだけは続けるよ。後、何件か約束があったと思うんだけど……」
「年末に向けて女子会数件ですね。後は、仕事関係の食事会も……」
「柚姉、付き合いは大切にした方がいいよ」
「それをまことが言うかなぁ。こんな隠遁生活しちゃって」
「こっちは、ほとぼりが冷めるまでかな?」
真新しいノートを用意して、今まで起こった事とスキルをまとめていく。
それを元に、今後の方針を決めていくことになった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
確定事項
○柚がラルメールの召喚魔法によって召喚された。
○召喚は失敗に終わり、無事戻ってこれた。
○試練の洞窟でメルディが取り残され、日本の横穴から脱出できた
○試練の洞窟はモンスターが多くいるダンジョンなので、その場所に戻っても無事に家に帰れるとは限らない。
「まず、柚姉が魔法で召喚されたと言うことは?」
「召喚という特殊な魔法がないと、連れてこれない程遠いって事かな?」
「召喚ってどういう原理なの? どこでも○ア的なもの?」
「柚さん。そこはファンタジーなので、突っ込んじゃいけないところです」
「むぅ……」
「次にメルディさんがいた場所から、あの横穴に来られたのは?」
「場所の特異性か、召喚と同等以上のスキルが働いたから?」
「私にそんなスキルがあるのでしょうか?」
メルディの質問に、それぞれのスキルの名前を宣言することになった。
それぞれ一人一ページを使い、ついでにラルメールとデリアのスキルについても記していく。
ふと、不思議な表情を浮かべている佐々木さんがいたので、何があったか聞いてみた。
「どうしたんですか?」
「あぁ、鑑定がね……。名前は分かるんだけど、スキルの表示が……」
「そもそも、スキルってどういうものなの?」
「メルディさん、説明をお願いしても良いですか?」
あくまでメルディの世界での一般常識として、スキルの存在を教えてくれた。
スキルには常動型と瞬発型があり、魔法はそれぞれ祈る対象があるという。
神聖魔法は神さまに祈りを、属性魔法は精霊に祈りを捧げる事が多い。
その祈りに5W1Hを込めて、それに近い効果を引き出すようだ。
「えーっと、柚姉。光の魔法が使えるよね?」
「うん。マネージャーにそう教えてもらったけど」
「メルディさん、生活魔法とかはある世界ですか?」
「それはどういうものですか?」
「あぁ、うん。気にしないで。それでも、魔道具はあったんですよね」
「はい、魔術師協会という場所がありまして、そこで研究されて商品化されています」
かなり高価な道具で、王女付侍女だから目にすることが出来たようだ。
世間一般には浸透していないので、物によっては一攫千金を狙えるジャンルらしい。
メルディさんに分かる範囲で、魔法の詠唱について聞いてみた。
「天におわす慈悲深き女神さま。魔力を捧げ、彼の者の傷を癒すことをお許し下さい」
「それが癒しの魔法の詠唱ですか?」
「はい。ラルメールさまが使っていました」
「柚姉、覚えた?」
柚が頷いたので、唱えて貰おうとして少し考える。
「メルディさんの怪我って、大丈夫ですか?」
「はい、痛みはありません!」
「試してみて良いかな? ラルメールさんとスキルが違うから、無理だと思うけど」
メルディが頷く。
聖女さまは何でも出来る癒しのエキスパートだと、幼い頃から聞かされてきたからだ。
たとえ失敗しても、聖女さまに気にかけて貰っただけで光栄なことだ。
メルディには断る選択肢は存在しなかった。柚は男性二人に後ろを向いて貰い、患部に手を当ててから詠唱を始めた。
「天におわす慈悲深き女神さま。魔力を捧げ、彼の者の傷を癒すことをお許し下さい」
「柚さまが輝いて見えます」
「え?」
「マネージャー!」
「あ、はい」
思わず後ろを向こうとしたマネージャーを柚が遮る。
今のはトラップだと思って、振り返らなかった自分ぐっじょぶ!
結果は、メルディの痣がキレイに消えたらしい。多分だけど、傷も癒えたのだろう。
「佐々木さん、どう思いますか?」
「多分だけど、柚さんは主人公補正なのかな?」
「言い得て妙ですけど、ほぼ当たりだと思います」
「どういうこと?」
まず、柚は最初からメルディと話が出来ていた時点で、何かしらのスキルを使いこなす素養があった。
多分、【異世界の絆】あたりの効果だと思う。癒しの魔法は【光属性魔法】の効果が【神聖魔法】と共通だからなのだろうか? 異世界を渡った者だけが【異世界共通語】を取得出来ると予想してみた。
「うん、そうなると残りはこうなるね」
「やっぱり佐々木さんも、そこが気になりますか?」
関係なさそうなスキルを削除していく。【異世界の絆】はスキルの前提条件として排除した。
【聖なる右手】【補助する左手】【増幅】【女神の加護】……全然分からなかった。
神さまが何らかの干渉したとなると、スキルから想像することが難しくなった。
「今あるスキルで、間に合っているはずだよね」
「佐々木さん、あちらは神殿という場所が管理するダンジョンらしいです。希望的観測としては問題ないと思いますが」
「どちらにしても、そんな危ない場所には送れないよね」
「後、柚姉というか俺達三人があちらの世界に行くのもなしです。でも、メルディさんを万全な状態で送り届けましょう」
「お願いできますか?」
今は方法が分からなくても、それはやらなければならないミッションだ。
多くのスキルを得ても、使いこなせているのは柚の一部のスキルだけだ。
まずはあの横穴の調査と、場合によっては戦う手段と下準備をする必要があると思った。