試練の洞窟☆
その日グランドール王国は、悲しみに包まれていた。
正確には国の上層部に儀式が失敗した報告が届き、ラルメールは国王陛下に国内から勇者や聖女を募ることを上奏した。
遅かれ早かれ魔族の王が動くのは確定事項であり、国防と食料の備蓄を推し進めることは国の責務だ。
それに加えて治安維持と、血脈の保全が重要になってくる。ラルメールが上奏した際、急遽他国への縁談が湧き起こった。
「お父さま。この国の王族の一員として、私は私なりの戦い方をしたいと思います」
「ラルメールよ、お前は女だ。血筋を残すのも、王族として立派な戦い方だと思わないか?」
「それは、まだ若い妹達に任せたいと思います。どこかで戦いを仕掛けないと、この国の平和が崩れてしまいます」
ラルメールの決意に折れ、王は国内に向けて【勇者/聖女 選定の儀】を発動する。
緊急時に於いて、魔族の王を討つ暗殺者を仕立てなければならない。
魔族の国はあるが、そこにいる国王は表向きの王だ。国として警戒しているのは、全ての魔族・魔物を統べる潜在的な王であり、その王が暴れることを魔族の国は関知しない。だから、『どうぞ、お好きに討伐を!』というスタンスを取る。
ラルメールは、改めて聖女となることを望むようになった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「フラウ司祭、神の奇跡についてご教示願えますか?」
「ラルメールさま、その件については許可を得ております」
「彼女達の同席も……」
「はい、構いません。あの奇跡の光について、神殿は大きな興味を持っております」
ここは神殿が管理する施設の一室。会議室のような場所だった。
あの後、数日経ったので、聖なる光が与える効果をそれぞれが知りたかった。
この世界では【スキル】というものが存在する。その力を判定するのが、神殿の役割の一つだ。
【スキル】は余程強い才能や技術でなくては顕在化せず、神聖魔法が使えると聖職者への道が拓けるようになる。
「ラルメールさまのスキルは、【勇者/聖女 召喚魔法】でしたね」
「ええ。ただ条件指定が多く、それに失敗した今、何も持っていないのと同じです」
「デリアさんは剣術、メルディさんは特にありませんでしたよね?」
「「はい、フラウ司祭さま」」
「本来ならば生涯一度だけなのですが、緊急時ですので【受贈の祈り】を皆さまに受けて頂きます」
フラウ司祭は一人ずつ呼び出し、特別な部屋で儀式を行っていく。
一人につき30分にも及ぶ複数人による祈りの結果、ラルメールは新たに【神聖魔法】と【異世界の絆】というスキルを取得した。【神聖魔法】はその名の通り、神の奇跡を代行する魔法技能で、これがあれば癒しの技が使えるようになる。
【異世界の絆】は、聞いた事がないスキルなので、よく分からないらしい。
デリアは【肉体の加護】というスキルを取得出来た。これは体が丈夫になり、基礎体力が上がる前衛向きのスキルだった。
メルディは【聖なる右手】というスキルを取得出来た。これも聞いた事がないスキルなので、よく分からないらしい。
三人が新たにスキルを取得出来たので、【勇者/聖女 選定の儀】に立候補するつもりのようだ。
まずはラルメールが神殿から【神聖魔法】の講義を受ける。その間、デリアは騎士を引退し勇者の一人として立候補した。
メルディは、ラルメール付の侍女である。上司と同僚に報告し、ラルメールのお世話に力を入れていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
間もなく【勇者/聖女 選定の儀】が行われる頃、ラルメールは一つの癒しの魔法を習得し、デリアと共に実践を視野にいれていた。それは、神殿に隠された【試練の洞窟】に行くことを意味していた。
生還率で言えば、かなり低い場所だと言う。何より恐ろしいのは、【試練の洞窟】は贄を好む傾向にあるということだ。
神殿の【神聖魔法】の使い手による【最後の祝福】も、最初はこの洞窟で習得したものらしい。
「ラルメールさま、デリアさま。私も参ります」
「メルディ、これは危険なのよ。あなたの戦う場所は、ここではないわ」
「それを言うならラルメールさまだって、王族としての戦い方があるはずです。デリアさまだって、国民を守るためなら騎士の方が何倍も救えることになるでしょう」
「メルディ、子供のような駄々をこねないでくれ」
「いえ、決めました。デリアさまにラルメールさまのお世話が出来ますか? 侍女の私なら出来ます」
「メルディ……」
「荷物持ちとしてお使いください。足手まといと感じたならば、その場で切り捨てて貰えれば」
この戦いは、巡り巡って自分の大切な人を救う戦いである。
メルディの思いは、ラルメールに届いた。そして、手配したポーション関係が揃った時、【試練の洞窟】へ向かった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
デリアは革鎧に片手剣と盾を、ラルメールはローブ姿に両手持ちのスタッフを装備していた。
メルディはメイド姿のまま背負い袋をしっかり持ち、腰には護身用の短剣を挿している。
デリアが前面に立ち、「素人が戦うのは良くない」と、メルディには決して前に出ない事を徹底させた。
ここに出るモンスターは、集団で出る事はないと聞いていたし、ラルメールの癒しの魔法は効果が弱いものだった。
「これならば、最奥にある像まで余裕ですね」
「メルディ、その発言は良くないぞ」
「デリアさまはお強いですし、ラルメールさまの魔法の補助もあります」
「デリア、体に異常はありませんか?」
「はい、ラルメールさま」
【試練の洞窟】を開けるには二つの方法がある。
儀式によって最初の扉を開けるか、最奥にある像に触れて時間内に戻るかだ。
中に人が生存している場合、儀式をしても扉が開くことはない。
「マッドウルフの亜種もグリズリーの亜種も単体で出てきていますし、コウモリでさえ複数で襲って来ていません」
「だからって、油断するのはどうかと思うぞ」
「デリアさまなら、魔族の王も討伐できるのではないでしょうか?」
「全力を尽くすとしか言えない。それでも、ラルメールさまを守るのは私の役目だ」
幸い【試練の洞窟】は迷路のように、枝分かれしている場所は少ない。
だから出会った敵を隠れてやり過ごす事は難しく、ダンジョンの特性としてリポップにはある一定の時間が必要となる。
「こんなことなら、聖女さまに贈る【石】を確保しておくべきでしたね」
「メルディ、あれはこの世界に来て頂いた方への保険です。あの【石】で取得出来るスキルは確認しようがありません。でも、そのスキルの一つで世界が救われるなら安いものです」
「長い時間をかけて用意したので、今回の討伐には間に合わないらしいですね」
「その分、私達は新しいスキルを得ています。今回も上手くいけば……」
その時は、楽観視しすぎていた。あまりにデリアが強かったから。ラルメールの回復スキルもあれば、ポーションまで準備出来ていたから。最終的に到着したのは一つの扉だった。そこには石像があり、その奥にはドアがあった。
像は棍棒を持った上半身牛で下半身が人型の、ミノタウロスと言われるものだった。
扉を開くと石化が解除されたかのように、肉感を伴った醜悪な魔物が、憤怒の表情でこちらを睨んでいた。
デリアが盾を駆使しながら、小さな傷を積み重ねていく。
ポーションもかなりの量を使い切り、ラルメールの気力もかなり落ちていた。デリアは肩で息をしている。
致命的なミスは犯していないものの、デリアを心配してラルメールが前に出てしまった。
ミノタウロスの牛顔が、ニヤリと嘲ったように見えた。
「グオオオオォォォォ」
「【咆哮】持ち……か」
デリアとラルメールの動きが止まる。戦闘の鉄則として、支援者から倒すと有利に事が運ぶ。
ミノタウロスは悠然とデリアを無視し、ラルメールに向かって棍棒をフルスイングする。
「姫さま!」
「させません!」
メルディは背負い袋をしっかり抱え、ラルメールの前に身を投げ出した。
運良くラルメールの前に出て、背負い袋でしっかりと攻撃を受けられた。
いくら打点をずらそうとしても、その膂力は絶大で、ラルメールと一緒に飛ばされた。
絶好の機会を逃すことになったミノタウロスは、デリアからの後頭部への攻撃で沈黙した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「デリアさま。失敗してしまいました」
「メルディ、お前は良くやった」
「だって、言いつけを守れませんでしたよ」
「私だって、姫さまを守ることが出来なかった……」
最後のドアを開けると、そこには懺悔室のような小部屋があり、小さな女神像があった。
ラルメールは意識を失っており、デリアは最後の戦いの後だからか、気力が尽きそうだった。
だからメルディは最後の願いを言った。「私のことは、後で回収に来てください」……それが叶わない望みだとしてもだ。
「ここはダンジョンである以上、リポップが考えられます」
「それならば、私が残る!」
「怪我をした私は足手まといです。約束しましたよね? 元騎士の貴女が、何度も約束を違えるのですか? 多分ですが、ここならば安全です。食料もありますし、女神像に触れていれば安全に脱出出来るでしょう」
「必ず! 必ず迎えに来る」
「はい! もうヘトヘトなので、眠って待っていますね」
デリアはラルメールを背負い、袋に入っていたブランケットで固定する。
メルディとデリアは祈りを捧げ、メルディはラルメールの手を女神像に触れさせる。
「必ず迎えに来る!」
「目覚めた時は、おはようって言ってくださいね」
その言葉を最後に、デリアは駆け出した。彼女ならば、ラルメールさまを任せられる。
そう思ったら不安が押し寄せてきた。ドアを正面に見て、壁際に寄りかかる。
「あぁ、私はここで死ぬんだ……」悲しみも苦しみも、曖昧な意識では考えることは出来ない。
ただ、それが現実に起きることになっても、実感が沸いてこなかった。
「神さま、聖女さま。ラルメールさまをお救いください」
ひんやりとした壁が、籠もっていた熱を発散させる。
軽く握った右手が、トントンと壁にリズムを刻む。
そんなメルディの手は、ぼんやりと光っていた。