グラドルの休暇
「まこっちゃん、さっきの相談だけど……」
「柚姉、その前にちょっと聞いていい?」
佐々木さんの顔を見ると頷いてくれた。
柚はこの画像を見ていないようで、二回目のOKが出た熱湯風呂の動画しか確認していなかった。
風呂上りだからか、頬が少し赤くなっている。寝る時は一旦外に出るので、湯冷めしないようにしないといけない。
石油ストーブの上に置かれたヤカンから、ティーパックの紅茶を三つ用意する。
「まず、呼び方だけど『まこと』って呼び捨てでお願い。さっきの二つは、どうもむず痒くて……」
「まあ、いっか。それで質問は何かな?」
「さっき佐々木さんに見せて貰ったんだけど、この時のこと覚えてる?」
「あぁ……。私の相談もそれなんだよね」
柚は紅茶に口をつけて「あちっ」っと一言呟いてから、ふーふーと息を吹きかけ一旦飲むのを躊躇する。
そして、この時のことをぽつりぽつりと分かる範囲で語りだした。
柚は熱湯風呂に入ると、あまりの熱さに思考を半分以上放棄していた。
目を瞑り我慢をしているうちに、一瞬嫌な温さを感じ、すぐにやってきた温度差に我慢出来ず走り出した。
次に思い出したのは石畳だった。バスローブ姿で目を覚まし、水着をつけていない事を確認した。
その石畳の部屋にあったのは、机とベッドだけ。そこまで話すと、柚は皮袋を差し出してきた。
「柚さん、これは?」
「分からないんだよね……。ただ、石畳の部屋にあったとしか」
「持ってきちゃったんですか?」
「だって、しょうがないじゃない。後でちゃんと返すから……」
「……それは夢じゃないって事かな?」
「まことはどう思う?」
「うーん、なんとも。中身は確認した?」
柚が首を振るので、確認しようということになった。
もし落とし主が現れたら、中身を確認して貰わなければいけない。
落し物かどうかはさておき、何か手がかりになる物が入っているかもしれなかった。
茶巾のように縛ってある紐部分を緩めると、大小さまざまな黒い石が入っていた。
「これは宝石かな?」
「ガラスにしては、微妙な光沢ですよね」
「まことは宝石に詳しい……訳ないよね。どんなものか調べられない?」
「『黒い』『宝石』『画像』っと、この辺りで検索かな?」
パソコンで検索すると、いくつかヒットする。
ブラックダイヤモンド・オニキス・ブラックスピネル・セレンディバイト・ヘマタイト。
良くは分からないけど、こんな綺麗にカットされていないし、そもそも色が違うように思える。
「もし異世界に行ったなら、魔晶石とか魔石とか言われるものもあるよね」
「佐々木さん。さすがに、それは……」
「ねえ、何の話?」
「こういう風に人が消えて、異世界で活躍する話が多いんだよ」
「うーん、あの場所が異世界かって聞かれると難しいな」
「柚さん。もし目の届かない所に行っても、無茶しないでくださいよ」
「分かってるってば。マネージャーは私の保護者じゃなくて、お仕事を取ってくるのが仕事なの」
柚より少し年上の佐々木さんは、猫を前にネコジャラシを左右に振っているようにも感じる。
そんな二人はさておき、種類が特定出来ないなら、数を数えて控えておく必要がある。
一個を手に取り照明に透かしてみた。外側が若干光を通しているということは、透明度は結構低いのかもしれない。
紫色も入っているのか、全てが同じ種類の宝石じゃないと思った。
「これって、どのくらいの価値なのかな?」
「さすがに、鑑定に出す訳にもいかないですよね」
「事務所を通すせば何とかなるかもだけど、出所を聞かれたら答えられないね」
「柚姉、これ絶対SNSに載せちゃダメだよ」
「え~……。折角、面白そうな話題なのに」
「どこから炎上するか分からないのがSNSだからね。佐々木さん、ちゃんと見ててくださいね」
「任せてよ。でも、ケルちゃんも見てるんでしょ?」
佐々木さんが指摘したのは、リミアのアバターの話だ。
俺のアバターはグレーのフードを被っていて、顔が特定されないようになっている。
そして普段巡回してくれる人形は、頭が三つある犬で神話のケルベロスをデフォルメしている。
ホームページもきちんとあって、ソフトのDLから設置の仕方、ブログも細々と運営していた。
「うちの子は柚姉のところを良く見ているけど、それでも本人と周りがチェックしてくれないと」
「それは社長にも言われてます。あ、そうだ。まこと君、何か困った事とか欲しいものとかない?」
みんな手に宝石を持ちながら話をしている。
最後に柚が一番大振りの宝石を持つと、バシュっという音がした。
「えっ? 何?」
「柚さん、何をしたんですか?」
「な、何もしてないわよ」
「ちょっと、待ってくださいね。1・2・3……やっぱり一個減ってる」
とりあえず、皮袋に仕舞って触れないようにした。
皮袋を閉じる前に、画像を何方向からか写真に取り、データで残しておく。この宝石はとりあえず佐々木さん預かりとなった。ほとんど柚と行動を共にしているので、どちらが持っていても問題はない。
佐々木さんはこの部屋に泊まるので、荷物もここに置いてもらう予定だ。
柚と一緒に家に入って、順番になったので風呂でゆっくりする。
佐々木さんは、『はなれ』で事務仕事をするらしい。
『あの宝石はなんなのか?』『柚姉の体は大丈夫なのか?』湯船に浸かりながら、ふと柚の仕事の過酷さを思い出した。
明日は柚も一緒に畑仕事を手伝うと言っていたので、早めに就寝しないといけない。
佐々木さんは定番の撮影係りだ。二人は本当に、休むつもりはあるんだろうか?
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「柚ちゃん、それはまだよ」
「おばあちゃん、こっちはどうかな?」
「うんうん、美味しそうな白菜ね」
「マネージャー、ちゃんと撮ってね」
「柚さん、それって収穫の邪魔なんじゃ?」
「佐々木さん、良いんですよ。ところで、今日はその……」
「ご近所さん達が来るんでしょ? 一緒に飲もうよ」
「おい、今日は宴会だぞ」
「はいはい、そうなると食材が足りないわね」
小さな村では、外からのお客さまには敏感だ。
おじいちゃんもおばあちゃんも、ニコニコが止まらないのがよく分かる。
買出しに立候補すると、佐々木さんも付き合ってくれるようだ。
柚が頑張っているので、せめて裏方だけでも力にならないといけないと思った。
収穫も一段落したので一旦家に戻り、佐々木さんの車でスーパーへ行く。
カードを見せて、「好きなものを買っていいよ」と格好良く言ってくれたが、ここはカードが使える大きいスーパーではない。それでも、アドバイザー料を貰っているので、財布にはそこそこ入っていた。
佐々木さんはカートの上下に買い物カゴを置き、結構な量を入れている。ちょっとお高いお酒も入れていたけど、おじいちゃんのことを話したら、「本当に美味しいものは少量で満足出来るよ」と教えてくれた。会計は佐々木さんが済ませた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「芸能人が収穫にきてるとね」
「仙道さん家はいいわねぇ」
「今日は飲まんか? うちの柚葉もいける口だぞ」
「おおぉ、いいな。今から飲むか?」
「大野さん、奥さんに怒られるわよ。仕事が終わってからね」
農家が多いこの土地で、柚は頻繁に来るお客の相手をしていた。
まことから事前に出演する番組を聴いた祖父母は、何かというと自慢していたようだ。
子供自慢・孫自慢は、祖父母に許された特権だ。喩え出演時間が数秒しかなくてもだ。
仙道家には、何故かファッション雑誌も多くある。二人は柚葉の静かな応援団になっていた。