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魔女と占い師3

正面玄関から右へと渡り廊下を抜けた先に事務室と応接間があった。窓から見える庭はお客様に喜んでいただけるように四季それぞれ花が植えてあり、常に何かしらは花が咲いている。本日も名前は知らないが大きくてフリルのような赤い花が咲いていた。甘い匂いはクリームのようだ。それを見ながら小さく扉をノックすると『どうぞ』という声が響く。


「失礼します」


 部屋に入った瞬間。私は『終わった』と思った。何となくアルは『この事』を言っていたのかもしれない。そう思うぐらいに。私の秘密を知るはずもないのでそれは考えすぎなのだけれど。


 ともかく。


 入った先にある応接室には見慣れた寮長――中年の優しそうなおじさん――と見知った制服の男性が三人立っている。


 そう『見知った』――追撃隊(ゆうげきたい)の制服だった。この国の警察機構の一つで人々を『魔』から守るために存在する。その剣は間を断ち切ることが出来、その装備は魔の力を弾く。武官エリート集団の一つ。一般市民から排出される者も多く人気が高い。


 当然にして魔女狩りも彼等の仕事だった。


 私は彼らの視線に一瞬震えた。白い制服は私には死神のように見える。


「……な」


 転移でもして逃げたい――が私には『空間魔法』が使えない。圧倒的に力が足りなかった。どうしよう。考えながらきゅうと唇を結ぶ。


 怖い。でもまだ私が魔女と言う事は分からないようだった。ともかく大人しくして隙を見つけ逃げなければ。


 エスとも合流して――。


 考えていると私の前に男たちよりも一回り程小さな影が私の前に躍り出る。


「娘さんが怯えているじゃないか。そんなに凄むものではないよ」


 男性だろうか。女性だろうか。よく分から似ない中性的な顔立ちだった。声からするに女性なのだろう。美人だと思う。エスよりも。


 丸い眼鏡の奥に見える双眸は多数の例に漏れず黒。ただ漆黒を映している様に深い。そう思った。


「――さぁ、さ。座りたまえ。寮長と話しをしていた所なんだ」


 嫌だ。帰りたいとは言えない。促されるまま寮長の横に座ると彼は少し困った顔で『ごめんね』と小さく言う。


 帰りたいんですが。心底。


「あのぅ。私に何の用でしょうか? ちょっと仕事が残っているので手短に」


「そうかい? 僕は『桜希(おうき)』というんだ――城でちょっと占い師をしていてね」


 ――帰る。絶対に帰る。


 私の顔からさぁって音を立てて血が引いていくのが分かった。務めて平静を装っているけれどどう見えているのか分からない――ただ桜希が薄い唇の両端を吊り上げるのが怖かった。


 人間は魔力を持たないのが基本だった。持っている者は何処かしら『魔』の要素を引き継ぐつまり『魔』と『人』の子孫であると言う事。魔女は『魔』に還ったものでそれ以外は『魔術師』や『占い師』と呼ばれる。まぁ当然に魔を敵対視しているし魔女も例外ではないだろうと思う。――城に居るのであれば。


「は、はぁ。あのぅ。私に何か」


 ドクドク。心臓の音を押さえながら私は対面に座っている桜希を見た。


「ここに美人が来たと聞いてね」


 美人。誰の事だろう。見回して――寮長様と言う事は無いのでやはり私だろうか。


「だから、この子は従業員でお渡しは出来ないと」


 隣で困ったように寮長様が眉間の皴を寄せ緊張しているのか額の汗をぬぐう。


「でもまだ成人もしていないじゃないか。君。両親は?」


 成人はとっくにしているのだけれどやっぱり無理もない。ここには十八と伝えてるけどそれすら怪しいと思われているから。


 私の容姿。悲しいな。


「え? えと死にました。幼い頃にそれからは兄と二人で暮らしていて」


 『兄』は嘘だけど殆ど嘘ではないし。


 何故そんな事を聞くのかよく分からず私は首をかしげる。まぁ、正確には殺されたんだけどね――(あなたたち)に。別に恨みは無いけれどあんな事が無ければ私は普通に生きていたのかな。と思う。


「ふぅん。兄君か。まぁ、兄君には後で話しを通すとして――どうだい? 城に来ないか? それほど美人であれば城に来ることに値するよ」


「――は?」


 私は救いを求めるように寮長様を見た。バツが悪そうに眼を反らす。


「え? ――ああ。彼等はうちの子をときたまスカウトしに来るんだよ。城に――安定した就職先の一つなんだけれど……」


 本当に?


 聞いてませんし『美人』限定というのが納得いない。というより――やはり『美人』は私か。美的感覚がおかしいのだろう。きっと。


 最近知ったけど美人とはエスや目の前の人間のような人種の事を言うのだと思う。――いや、人では無いけど。


「私ここで働いているんですけど」


 冷たい目で告げれば「だよね」と言いつつははは。と笑っている。笑ってないで断って欲しい。城――政府の頼みだから断り切れないんだろうと言う事は分かる。がしかしだ。雇主なのは寮長様なので。


 ため息一つ。


「――あの。私ここが好きなので。ごめんなさい」


 さすがに城の中まで『楽しそうだから』と言う理由で行きたくない。どう考えてもすぐ捕まる未来しか見えないしエスが発狂しそうだし。


 逃げ切れるのなら逃げ切りたい。捕まるのは仕方のないことだけれど。


「そうかい? あわよくば王や王太子の目に留まって寵愛を貰う事が出来ればいい暮らしや贅沢が出来るかもしれないが」


 なにそれ。怖い。死の階段を駆け上がるようなものに思えて仕方ない。それにそんな事は露ほども欲しくない。


 はっきり言って王や王太子の顔がどういうものか知りたかったけど。話のタネになりそうだ。ほとんどの人間が知らないから。


「いえ。私は平民ですし――あの。話はそれだけであれば、私はこの辺で」


 言うと桜希は苦笑を浮かべて目の前の紅茶に口を付ける。その所作はとても優雅だった。それを横目に見つつ立ち上がると件の隊員が私の前に壁として立ちはだかった。

「な――」


「だめだよ。――君には『城』に来てもらう」


 ぞっとするような低い声だった。言葉に殺気が乗っているような。ゆっくりと振り向けばにこりと微笑みながら座っている美人の姿。


 けれど――その目は笑っていない。


 どうやら『決定事項』なのだと私は悟った。私に拒否権などは無いらしい。私は『城』に行かなければならないらしい。


 怖い。


 威圧感に押しつぶされそうになりながら私は視線を返す。


「わ、私は――」


「ごめんねぇ、カラちゃん。私も断り切れなくて。いつも彼等は『こう』なんだよ――」


 真っ青な顔。その後に何かを続けようとした寮長様だったけれど桜希の一瞥でぐっと黙り込んだ。微かに踊るその視線は恐怖を浮かべていた。


 脅されているのだな。きっと。それがどういう脅しなのかは分からないけれど。


 怖いけれど――それよりも怒りが微かに燃える。唇を軽く噛んでから桜希を睨み付けるように見た。


「私に――何の価値があると言うのですか」


「……価値ねぇ。それが無いといけないのなら言うけど――君、魔力を持っているから」


 さぁっと頭から血が引いていく音がした。


 そうだ。よく考えれば私だって相手が『魔力』を持っているか否かと言う事を感じることはできる。その力に優れた人になると性質や分量まで分かるらしいけれど。


「そんな顔をしなくても大丈夫さ。とって喰いはしないよ。人にとって魔力は貴重だからね」


 くすくすと笑う。けれど『魔女で無ければ』で私の背筋が凍り付いた。魔女とは測れないが魔女であるかもしれない。


 ――そして魔女であることを露呈させるのは驚くほど簡単で。


 私は唇を噛んでいた。どこまで、できるだろう。この部屋に結界を張って――いや。寮長様を逃がさないと。


 残念ながら攻撃魔法はほぼ使い物にならない。私の特技は『防ぐ』ことだけだ。つまり盾なのだけれど。


 ちなみに回復魔法は持っていないという情けなさ――。


「さぁて。少し痛いけれど君の血を一滴貰うだけだから」


 刹那――拒否する間もなく、ぐっと掴まれた腕に激痛が走った。


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