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魔女と占い師2

 あれから。あの街が魔獣に襲われてから幾度かの季節が廻った。結局私たちは旅と言うものを選ぶことにした。とは言っても少しの年月街に滞在してまたどこかに流れると言う旅。ゆっくりと旅をしながら世界を回ろうと思う。


 ――お金が許せばの話だけど。まぁその辺は何とかなるとエスが言っていた。何をどうするのかは聞かないけれど。何となく怖いから。


 そんな流れで私たちはいま『王都』に滞在している。まぁ、私たちにとって一番危険があるのだけれど人が多すぎてここは『森』のような処だし。灯台下暗しとも言うし。


 何より私はこの国、この世界一番と言われる街を見てみたかったから。


 当然エスはすごく反対したのだけどね。捕まったら捕まったで仕方ないと思うんだ。私もう『それだけの事』はしているような気がするし。


 ともかく押し切って三か月ほど滞在しているが未だ変わったことは無い。


 変わったと言えば私、孤児院の手伝いを始めた。お金も稼げるし。そんな事で疲れていたんだけど。


 まぁいい訳にはならないか。


「カラちゃん。つかれたの?」


 言われて私は顔を上げていた。足元には大量の芋が乗った籠。それを洗おうとして外に出てたんだっけ。目の前には井戸。そこから水を汲もうとしてぼんやりしてしまったらしい。


 私は心配そうに覗き込む小さな友達に笑いかけた。


 この国では珍しい蜜色の髪。エスよりも浅い水色の双眸は心配そうに揺れている。この孤児院に大体私と共に入所してきた子供だ。


 両親が魔に襲われて亡くなってしまったらしい。――目の前で。そんな子供はこの孤児院に沢山いた。


 まだ五歳だというのに。


「――ん。少しね。どうしたの?」


「お手伝いに」


 言いつつその右手の本は何だろう。少し苦笑を浮かべて芋を少年――アルに手渡した。大きな目をぱちぱちさせて私を見ている。――可愛い。


 どこかの誰かもこんな純粋な子供だったのに。どうしてああなったんだろう。誰が育てたって――私かと乾いた笑いが漏れる。


「じゃあ競争。早く終わったら本読もうか?」


「うんっ」


「じゃねぇ―よ。ガキんちょ」


 降りて来た声と共にアルの身体がフワリ浮いた。いや、正確には小脇に抱えられているんだけど。――声の主、エスはむっとした顔で少年を見つめている。


 本日の髪色は黒――私以外にあの綺麗な髪色を見ることはなかった。まぁ目立つし、『人』が持っていない髪色だったし。


「おとこのしっとかっこわるい」


「るせぇ。んな事より華羅。子供に手伝いさせちゃ駄目だろ?」


 なぜだ。何故私が怒られているんだろう。そして天使が俗世間の言葉をどうやって覚えたんだ。納得いかない面持ちで私は口を開いていた。


「そんな事寮長さまから言われてないし。手伝いは強請しているつもりなんてないし」


「ご本を読んでもらいたかったんだもん」


 落していた本を私は拾っていた。童話だ。この世界でとても有名な昔話。私も小さい頃に両親にせがんで読んでもらったことがある。


「ああ。『城の魔女』の本」


 主人公は魔女。魔女は王子様に恋をし、『魔』を裏切って立ち向かったんだっけ。国の英雄『炎の将軍』とともに。だけど魔女は結局裏切られる。人間に。処刑されてしまうんだよね。そして霊魂となって今でも世界を呪い続けている――恋愛ものと見せかけていかに魔女が怖いかと知らしめる嫌な本だったりする。


 そしてこの本はほぼ実話で歴史の一つ。魔女にとっては人を信じてはならないって教訓だった。


 人、恐い。


「……本ねぇ」


 ペラペラ捲る前にそれをエスが取り上げた。本にあまりいい感じはしていないらしい眉を潜めている。まぁこれを昔読んであげたら泣いていた号泣した子だし。


 可愛かったな。うん。私は現実から逃避するようにして思考を遠くに飛ばそうとしてしまう。それを踏み止まりながら口を開いていた。


「そんなことよりも。今日は忙しいんじゃ?」


 そうそう。用事があるって。すこし小奇麗な感じがする。


 エスは此処で働いてはいない。収入が無いかと言えばそうではなく――一体どこから稼いでくるのか森に居た頃から謎の一つであったりする。


 おまけに私から滅多に離れることは無いので――本当にいつ稼いでいるのか――今回のような事はすごく珍しい。


「でーとってきいたけど」


 そう言ったのはアルだった。平然と言い放つアルにエスが冷たい――凍える様な視線を送ってるけど……アルは悪びれた様子もなくニコニコしている。気付いていないのか心臓が鉄なのか。ともかく子供(アル)ってすごいなーと感心した瞬間だった。


「何故、知っている?」


「あ――デートだったの?」


「……」


 何故恨めしそうに睨まれるの。そんなに恥ずかしかったのだろうか。よく分からない。というか最近この子よく分からない。成人したのに反抗期って――いつまででしょうか。泣きたい。


「ま、まぁ。女の子には優しくしないと。あの街のようなことがあってはダメだし――嫁に来るなら」


「カラちゃん」


 何かを感じ取ったらしく慌てたアルの声。――あ。これはダメた。だめだね。射殺しそうな目で私を見ている。よし。後でご機嫌取りにアップルパイでも持って行くか。レモンパイとどっちがいいだろ。


 エスはふうっと息を付いた。感情を吐き出すように。トンっとアルを地面に置くと本を手渡す。


「……そんな事より寮長が呼んでたぞ?」


「そうなの?」


「ガキに呼びに行かせたんだけど――来ないからって俺に」


くいっと事務所がある方向に指を差した。なんだろう。私に直接用事とは珍しい。いつもは主任を介して伝言が降りてくるのだけれど。私は首を捻って――まさか首かな。と考えて頭を振る。特に何かしたつもりはないし。


 考えを遮るようにアルの小さな手がスカートの裾を掴んだ。その目は微か不安に濡れている。それがどういう意味だったのか私には分からなかった。


「……ここにいようよ」


「?」


 寂しいのかな。――一緒に行く? と問えばフルフルと首を横に振った。私は慰めるように視線を合わせるとにっこり微笑みかける。安心させるように。


 できればここに居たいのだけれど。雇主を無視するわけにもいかない。一応早めに切り上げようと考える。


「……大丈夫。すぐ戻るし。 エスと本を読んでて? ね?」


 何で俺が。抗議の声を無視しつつ、私は身を翻した。まぁブツブツ言いながら『お願い』は聞いてくれるので問題は無いだろう。問題は無いけれど。振り返ってみれば殺伐と睨み合っている青年と幼児に少し胃が痛くなる感じがした。



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