魔女と使い魔2
魔女の本分は――欲望のまま生きることだ。地位、名誉。美しさ、称賛。永遠の命。ありとあらゆるものを欲し、手に入れる。その欲望のまま。国さえも傾ける事をいとわない彼女たちはもはや人ではないのだろう。国は荒れれば荒れるほどいい――人は汚れるほど血肉のうまみが増す。魔女が傾けた国には必ず『魔』が跋扈する。
そんな彼女たちが追われるのは当然で仕方ない。私はそう思うが、正直まっとうに生きている魔女には迷惑な話だった。
それがどれだけいるかは知らないが、もうそんなにいないだろうなと考える。悲しいことに『魔女狩り』はそんな力のない者から狩られるから――。
さぁ、私も時間の問題だ。
私は隠れていた森を離れ街に来ていた。使い魔を撒いて。
実はというか絶対に私は街に来てはいけないことになっている。魔女とばれれば即捕まって拷問。そのまま火あぶりだから。
その様子を私は絶対に見せてもらえなかった。将来の私だと言うのに。覚悟はしておかないといけない。そう思ったんだけど。
まぁ、それはともかくとして、成人のおお祝いを買う為に街に降りてきてる。多分死ぬほど怒るけれど無事に帰れば問題ないとそう思うんだ。
だってサプライズは相手の喜ぶ顔が欲しくてするものでしょ?
「いらっしゃい、何が欲しい?」
果物屋さんを覗きながら私は赤い果物を指さした。林檎はみずみずしく甘そうだ。小銭ばかり持ってきた為おつりを考えることなく私はその林檎を買い口に含んだ。
シャリ。と一口噛めば甘い香りが口いっぱいに広がる。つまり美味しい。もう一つと思ったが――いや私のお財布の中にはそんなにお金が入っていない。これで何が買えるだろうかと少し悲しくなるくらいだった。エス自体はちまちまと小銭稼ぎしているくせに。と思わず恨み言が漏れる。
まぁ、仕方ない。私は役立たずの魔女だから。
でも気持ちよね。気持ち。
前向きに考えることにして。
「ねーちゃん。何が欲しいってんだ?」
露店で小さなアクセサリーを売っている所を見かけた。銀細工だろう。それは大雑把でどこか男性的だ。
私は身を屈め覗き込むと亭主は『誰にあげるってんだい』と楽しそうに言ってくる。
「あの、ええと。今年で二十歳になる私の――兄に」
少し無理があるかもしれない。どっちかっていうと私おかーさんだし。でも言うと怪しまれるのでさすがに言わなかった。
「成人か。めでてぇなぁ。くぅ、良い妹じゃうねぇか。じゃあこれなんかどーでぇ?」
何やら勝手に感動したおじさんは銀のイヤーカウスを取り出した。中心にはラピスラズリのような石が存在を主張していた。
「それな。魔力を弾くんだぜ。魔獣なんかに会っても怖くねぇのさ」
「……え?」
さぁっと血が引いていくのが分かる。魔力を弾く。それは魔力を持っている者を示すものであって。
魔力を持った人間も『魔術師』として存在しているけれど私はどう見てもそれには見えない――。
なるべく動揺を隠すようにして『それは』と次のもの――リングを指さした。ここから立ち去らなければ。けれどどうやって。
なるべく普通に立ち去るために頭脳をフル回転――したら頭が痛くなった。そんな私をよそにおじさんは続きを話ている。
「付けてみるか? これはペアなんだぜ? まぁ将来の義姉ちゃんに贈ってやんな。調節は――」
「そうだね。それいいね」
「……」
どっから湧いて出てきたんだろう。この人。と考えながら私はし中に生温かいものが向流れ落ちるのを感じていた。
ニコニコといつの間にか青年が隣で座っている。今は黒髪と黒目に代えているけれどその容姿は間違いなくエスだ。うん。エス。私終わった。オーラ―が怖い。
睨まれた。おじさん助けて。って言ってもこっちすら見てないし。
言い訳を。言い訳をするんだ。私。
「わ。わたしわるくないもん」
語彙力皆無だった。
「ふぅん? そうだね。――そんなことより買ってくれるんだろ?」
棒だ――。
怒りが収まるなら指輪でも何でも買わせていただきます。そしてごめんなさい。と心の中で何度も謝っていた。『わるくない』そう言った割には小心者です。
目が合わせられない。
「へぇー美人兄妹だなぁ。眼福眼福。ホラよ。持ってきな。俺からの祝いだ。――ニーちゃん成人するんだってな」
美人……。エスって美人だったのかぁ。ああ。だからみんなこっち見てるって。
え。でもこれって。ダメな気がする。この指輪に触ったら。特にこんなに目立っている状況では――あたふた考えていると私の隣からエスはすっと立ち上がった。
「ありがとう。主人」
一言にこりと艶やかに微笑んで踵を返す。その笑みにおじさんは『いいねぇ』とほれぼれした声を出していた。
「え?」
貰うのではと考えている私の掌にことりとペアリングが落ちた。一瞬まずいと心臓が跳ねたが何ら反応することはない。
これは普通のなのだろう。私はホッと生きを小さく吐いていた。私はリングを両手で包み込むとぎゅっと胸まで持ち込んだ。
嬉しいと素直に思う。私が買ったものでもないけれど私が『エス』に対して何かできることはとても嬉しかった。
だっていつだって何もできないから。何かしようとするとなぜか怒られると言う始末で。何故あんなに怒りん坊になったのかもはや分からない。
昔は――以下省略するけど。
「おじさんありがとうございます」
おじさんは嬉しそうに目を細める。
「かまわねぇよ。でも照れやの兄さんはいっちまったみたいだぜ」
「照れ屋――」
照れ屋。誰が、ど考えて首を捻っていた。
「早くいきな。お前の兄貴他の女に取られちまうぜ。あんな色気ただ漏れなんだ。女でなくても寄っていくだろうね」
「はぁ」
意味が分からないけれど。私はおじさんに促されるようにして店を後にした。当然お礼は何度も言ったしおじさんもいいよといってくれたけど少しと言うか有り金すべておいていった。感謝のしるし――というか足りないかもだけど。値段を聞いていないので何とも言えない。
ともかく後にして先に行った筈の『兄』を探してみれば――人だかりに生温い感情を覚えていた。
「あれか」
人だかりを見ながらぼんやりと呟く。
「お名前教えてよ」
「あっちにいい店があるんだけど」
「私――っていうのよ」
「結婚してください。お願いします」
「一晩で、一晩でいいから」
最後のは低い男の声だけど――。一晩ってなによ。乾いた笑いを浮かべながら私は近くにあった木箱の上に腰を掛けていた。
以外にモテるんだな。うん。と考えながらカバンに忍ばせておいた林檎を取り出して齧る。おかーさんとしては誰を選んでも構わないけれど優しくて可愛い子がいいなぁ。私をのけ者にしないような。
孫。孫かぁ。
ふふ。かわいいだろうなぁ。
妄想にふけっていると頭から声が飛んできた。不服そうに。
「何を、考えているんだろね。華羅さん?」
「孫がね。孫」
「……」
ペチンと軽く頭を叩かれる。痛くはないけど――酷い。私はおかーさんだし主人でもあるのに。そして何故さらに怒っているのか私にはよく分からない。とりあえず持っていた林檎を差し出した。齧ってあるけど反対側ならきれいだから。
ため息一つ。エスは林檎を取ると私の齧った後なんて気にすることなくサクサク食べる。
『あ』と思わず口にした言葉に冷たい視線に口を紡ぐしかなかったんだけど何だろう――。艶めくリンゴの赤と薄い唇。艶めかしく見えて見えて、すごく恥ずかしい。
――思わず視線をずららすしかなかった。
これが噂に聞く『色香』なんだろうか。っていうかおかーさんに色か振りまいても仕方なくないと思う。
「孫って――何故子供が居ないんだよ。馬鹿なの」
「あっそうか。まずはお嫁さん」
ペチンとまた叩かれた。何で。にしてもさっきまで取り巻いていた女子の視線が怖い。何で。あれはエスを見ていると言うより私を睨んでる。
あ――魔女だとばれ……。
「ふっざけんな。なにあの女」
「つか、ガキじゃん。ロリコンかよ。あの男」
「しかもブスじゃんか」
「もうその子込みでいいから。その子も俺はタイプ――」
違った。違う意味で怖い。
特にきぎぎと爪を噛んでこっちを黙って見ている女が一番怖い。なんか私たちより禍々しい。怖いってば。
そんな事より、と私は小さく息を飲む。
――これは少しまずいかな。と思った。
『魔』を呼ぶ触媒は『負の感情だ』強ければ強いほど魔は惹きつけられる。その魂を喰らう為に。満足できなければ周りの魂ごと持って行くのが常だった。
魔力を持っていなければ『運』次第。低い確率。魔力を持っていれば高い確率で襲われる。そしてどうやら魔力を持っている様に感じていた。
下手すればこの街がつぶれる。
「エス。あの子になにしたの?」
「ん――元カノだと思う」
思うってなに。思うって。
元。私が知らない間に付き合っていたと言う事だろうか。――おかーさん寂しい。では無くて。元と言えば別れたんだよね。
恨まれるような事をしたと言うわけで。
聞きたくないけど。私はため息一つついた。
「……私そんな子に育てた覚え無いけど? ともかく謝つた方がいいよ――このままではまずいよ」
「確かにまずいけど――睨まれてるの華羅じゃん」
ニコニコ。ニコニコ。笑顔が怖い。ナニソレ。私が謝るの? 何で? というか何を謝ればいいのだろうか。
む、息子がごめんなさいでいいだろうか。いや――私こんな姿だし。あ。『兄』でいいのか。
ったく。と小さく呟いて私はペタペタと女の前に出た。怖い。目が吊り上がってる。角生えそうなんだけど。
シャー!
猫の威嚇が聞こえた気がした。
エスの中で元カノは遊び相手と読みます。
容姿はなんとなく華羅に似てます……うわぁ…。
華羅は鏡を見ないので自分の姿を記憶してない人です。