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偽物魔女と幻1

 昔言われたことがある。


 私は出来損ないなのだと。だから死んでしまうのだと。


 別に納得はしなかったけれど怒りもしなかったし悲しくも無かった。だってこの村ではそれが普通。魔力がない者は『生贄』として捧げられるのが普通だったから。


 だからその日が来たとしても泣きわめかないと決めていた。絶望しないと決めていた。助けを請わないと決めていた。


「――なんで助けるの?」


 薄暗い森の中。私は横抱きに抱えられてそこを走り抜けていた。天を見上げれば満月。地を眺めれば闇が広がっている。


 魔獣が出るには格好の闇だったけれどおそらく襲われないだろうと言う事を私は分かっていた。腕に突き立てられた剣の影響で血の臭いを充満させていたとしても。おそらく誰にも襲われない。


 今私を抱えているのは上位の魔に属する『悪魔』なのだから。


 昼間の空を映し出すかのような青い双眸と光を反射するような青銅色の美しい髪。おおよそ人間とも思えぬ整った顔立ちの――青年。誰もが恐れ惹かれる美貌を誇っているのは知っていたが目の前で見ると迫力があるものだと思う。ただそれに惹かれることも魅入ることも出来なかったけれど。


 私にはどうでもいいことだったから。


 彼は不思議そうに小首をかしげる。


「そう言う契約だから?」


 何故疑問形なのか。


「――契約って誰ともしてないじゃない?」


 突っ込むとうーんと困ったように青年は空を仰いだ。


 私たちの村は魔を定期的に呼び出して――魔力が膨大に必要なので総出だが――使い魔にするという儀式を行っている。勿論特定の人間を見つくろってだれけど。その人間を出稼ぎに出して生活すると言う特殊な村だった。


 おかげで時々まずい物を呼び出してはよく滅びかかっているのだけれど、それでもやめないのは各国をはじめ需要があるからだと両親に聞いた。


 私はちらりと美麗な青年を見上げてみた。


 通常『悪魔』を呼び出せるなんてめったにないことで、どうして彼がここに居るのははよくわからない。気まぐれでも何でも皆は喜んでいたけれど、この青年は誰とも契約をしようとせず村をプラプラしているだけだった。


 彼の実力だと無理やりというわけにもいかず放置が実情。触ると村を滅ぼしかねない。


 ――そうだ。


「親父さんから守ってくれと頼まれてる? いや。おふくろさん? ――俺?」


 だから何故疑問形なんだろう。ぼんやりした頭で考える。最後の俺ってなに。大体私と――家族ともほぼ面識は無かった気がするが気のせいだろうか。喋ったことは――記憶の限りではない。見かけたことはあるけれど。


 私は疲れを吐き出すようにして大きく息を吐いた。


「痛いか?」


「――うん。少し」


 魔を呼び出すには生贄の血で召喚式が掛かれる。その血がすべて流れ落ち魔力を注ぐことで術は完成する。その途中で私は此処に助けられている訳だけれど。


 止血していない傷口から血は未だだらだらと出続けて地面を汚していた。少し弱々しくなってきたのは多分血が少なくなっていることを示しているのかもしれない。


 血が引いた身体は冷たくこのままでは『もたない』事は自分自身でも分かった。多分青年も気付いては居るだろうが『それ』大して行動をとることは無かった。


「そう言うふうなは見えないけどねぇ」


「名誉なことで泣いたらおかしいでしょう? 私は『何も』持っていない。だからこれは村の為。それは名誉なことだから」


 村の為に死ぬ。


 それが普通で、名誉なことだった。


 だから泣かないし悲しくなんて無い。死ぬのは怖くなんて無い。


 なのに。


 青年は私を輝く様な――宝石のような瞳で覗き込んだ。闇の中で輝く宝石。それは心の中まで見透かすようで私は視線を逸らし、口許を真一文字に結ぶ。


 それが抵抗だった。


「『生きたい』か?」


 ドクンと心臓が鳴り瞳孔が収縮するのが分かった。まるで心の奥にある『本能』に反応するかのように。


「え?」


「願えば助けてやるよ。特別に」


 心も体も疲弊しているためかそれはとても魅力的な提案のように思えた。それとも何か私の思考を停止させる力でも働いているのか。


 それでも。


 契約。という言葉が頭をよぎる。魔女契約とは対を為す魔契約。私が持つすべてを絡みとり魂まで喰らう――。


 そうすれば私は何になってしまうのだろうか。違う生き物だろうか。それが怖い。とてつもなく怖い気がした。


 私は私で死にたいと思う。


「嫌だよ」


 言うと青年は苦笑を浮かべて見せた。


「ま、だろうな。何にも考えてない子供の『魂』なんて旨くもなんともねぇし――願いがあってこそ。旨い」


「……お腹減ってるの?」


 魔は人を喰らう。血肉は身体を見たし魂は力の器を満たすと授業で習った。そう言えば村で行方不明の人間も出ていないし近隣で食い荒らされた死体も出ていない。


 青年が召喚されて一年以上になるが――大丈夫だろうか。と心配になって来た。いや、『魔』を心配しても意味などないのかもしれないが。


「まぁ、あった方がいいだろうな。気持ちの問題だけど」


「……私が死んだら体はあげるよ」


 別に意味はないし。腐るだけだし。だったら役に立ちたいと思った。まぁ、最近まともなものを食べていないので骨と皮だけども。


 言うと軽く噴き出してポンポンと私の額を叩く。


「いらねぇわ。ガキの細い体なんて――んなことより」


「?」


ゾワリと嫌な予感がした。視線に釣られて空を仰げば月が霞む代わりに淡い光が東の空を染めていた。月の位置から夜明けは遠い。


 同時に鼻を掠める焦げた臭いに私は顔を顰めて見せた。


 燃えている――しかも広範囲。あれは村の方角だと気づくまでそれほど時間はかからなかった。


「来たみたいだな?」


「なにが?」


 声が震える。自然と拳を握りしめている自分が居た。とは言っても力が入らないのでうまくいかないけど。


「――人同士の争いには興味はないが。村に軍が攻めてきてるらしい」


「ナンデ?」


 起こっていることの理解も出来なくて私は呆然と呟いていた。それに青年は軽く肩を竦めて見せる。


「シラネ。言ったろ? 興味ないって」


 『魔女』の村――そう言われていてもこの村に居る魔は脆弱だ。強い物は皆出稼ぎに行ってて留守だから。魔女も魔術師も強くはない。


 ドクドクと心臓が跳ねる。


 両親は。飼っていた犬はどうしているだろうか。逃げてくれただろうか。不安と心配で押しつぶされそうだった。


 不安で――。私は顔を上げる。焦点が定まらないまま。


 いかないと。


 言葉が脳を支配する。


「行かないと」


「死ぬぞ?」


「しってる」


 このまま何もしなければ。そしておそらく青年は何かをするつもりはないのだろう。私が願わない限り。


 ――そうか。私を喰らう為に助けたんだ。選考基準は分からないけれど。


 何となく合点が言って私は口許を軽く歪め青年の胸を押した。とは言っても子供――しかも死にかけで力の無い腕では一ミリだって動くことは無い。


 馬鹿馬鹿しそうにため息一つ。


「願えばいいのに」


 つまらなそうに青年は私を降ろす。足に力が入らずよろめいて近くの幹に寄り掛かった。どうしよう。上手く立てない。これでは村に戻れない。


 でも頼るわけにはいかなかった。


「いいもん――私は人のまま死ぬの。ママとパパの処で――逢いたい。このまま別れなんて嫌だ」


 はあっと良きを小さく吐き出すと何か口から洩れていくように思えた。生気みたいなものが。


 ずるりと何度あっても横たわる身体。手にも力が入らず情けなくて目の前が歪む。


 何度目かを試した時に背中から大きな手を回され見ると呆れたような青年の顔がある。


「まったくつまらないな――わかった、分かった。その死体俺が貰う代わりに最後の願い叶える。そのくらいであれば造作もないし。気が変わったら教えてくれ」


 それはどうやら嘘では無いように思えた。魔とは嘘をつく生き物だけれど――この青年がそれらとどことなく違って見えるのは何故だか分からない。人と言う姿に騙されているだけだろうか。


「……ありがとう」


 言うと青年は『べつに』とぶっきらぼうに返す。それがどこか同級生の少年のように見えて小さく笑ってしまった。こんな時なのに。


 魔者も案外人間らしいのかもしれない。そう思った。



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