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偽物魔女と少女2

 『本物』がなんだと言う事は詳しく聞かせてもらえなかった。魔女二人は常に目線を反らしているから知っているのだろうけれど。桜希は『検討してやろう』と上から目線で言っていた。


 いや――頑張るの私なんだけど。私の得はどこにと言う目で見てみたが『にーちゃんが居るよね』と良い笑顔で送り出された。


 それはどういう意味だろう。


 ――まあ、いいか。


 にしても。


 私は夜でもないのに薄暗くて埃っぽい街の中を歩いていた。街には人影一つない。動くものすら見受けられなかった。


 街そのものが死んでいるような。


 破壊された家。火事が起こったのだろうか、まだ煙がくすぶっている家。その中に視線を移せば嫌な『臭い』が鼻を突く。


 血塗られた壁。その下は見ないようにして家から目を反らす。


 やはり慣れているとはいえ少し厳しい。見ることは憚る。それにと私はため息一つついた。


「――やっぱり来るのかな」


 独り言ち、私は身体の仲に漂っている『魔力』を練る。借り物とはいえ使い慣れた魔力。使うのは簡単だった。


 ピリリと流れてくる殺意と何かが腐った様な嫌な臭いに私は顔を顰める。それはどんどん近づいて来るのがよく分かった。


 当然エスではない。ここに入ったらすぐに来るなんて事は絶対嘘だし期待などしていない。守ってもらう事を期待したことは一度も無かった。


 だから自分の身は自分で守らないと。


「――くる」


 小さく空気が響く様な音をさせて私は魔力を掌で展開させる。現れたのは『魔法陣』だ。それは光の盾となって私の前に立ちはだかった。


 ゴクリ唾を飲み込んで『それ』を待つ。


 ――けれど。


 静寂の中で現れたのは小さな子供だった。


「え?」


 ぼろぼろで血まみれ。――一瞬『魔』と疑ったが私を見た刹那顔を破綻させて泣きじゃくりながら走って来る子供にどうしてもそう思えなかった。


 甘いな。


 きっとエスは笑うのだろうけれど。


 私は『盾』を消すとその子に迷わず駆け寄っていた。見れば見るほどぼろぼろで手と足は針金のようだ。目はぎょろりとしていて栄養不足が浮かんで見える。それは悲惨な程に。


 けれど。


 経った数日でこんな事になるだろうか。それは――そう『普通』の人間が魔力を無理やり行使した時の症状に似ていた。


 そんな本来は出来るはずなど無いのだけれど『魔』が間に入れば行使はできないこともない。


 務めて笑顔を見せる。


「大丈夫?」


「う、あ……ひ……と?」


 乾ききった唇。血と汗と埃で汚れた顔。それを持っていた布でふき取る。――一体どんな目にあったのだろうか。


 夢中だったのかぽろぽろと泣いていた顔はようやく私に気付いたかのように顔を上げた。


「うん。も、大丈夫だよ」


「――つよい?」


 え。突然、なんていう質問だろうか。それには正直に答えた方がいいのだろうか。安心させるためには嘘をついた方がいいのだろうか。


 とりあえず顔を引き攣らせたまま後者を選ぶことにした。


 エスから真面目に護身術覚えておくんだったと後悔しながら。


「……ええ、まぁ」


 上擦る声。嘘は苦手なんだけれど。


「だから――ええと」


 よく考えればここに残しておくのは非常にまずい。どうしようか考えているとグイッと手を引っ張られた。ただ本人は力いっぱいなのだろうが、私は袖を軽く引っ張られている様に感じた。


 子供なのもあるけれど、ほとんど体力も残っていないのだろう。


 けれどその泣きはらした眼は真っ直ぐに中央付近を見据えている。中央辺りに『魔』が住んでいるのだろうか。


 にしても『何とかする』って何をすればいいのだろうか。倒せるとは到底思えないし。


「おにいちゃん助けるの」


「――おにいちゃん?」


 訝し気に言った刹那。何かが――何か背をはいずるような感覚に私は顔を上げていた。失念していたと私は独り言ち子供を守るようにして前に立った。


 忘れていた。


 『魔』が来ている気配はあったのだ。


 ざっと地面を踏みしめたのは私。そして目の前で唸っている魔獣――そんなに大きくはない、大体中型犬よりも少しだけ大きい気がする――は赤い目を狂ったように輝かせ犬のように『ぐるる』と低く唸っていた。


 一匹――二匹……。なんか沢山。五匹目から数えることをやめたけれどたかが『人』二人にそんなに必要だろうか。と思う。


 尤もここにきている『物』は知性が低いのでそんなことを考えるなんてことはないだろうけれど。


 困ったな。


 私は心の中で転がしてから目の前に盾を展開する。


 持久戦に持ち込むのはいいけれど――多分こっちの体力が早く無くなるだろうなと思う。大体向こうは沢山いるのだし、諦めてくれそうにも思えない。


 どうしようか。


「おねいちゃん」


 不安そうな声に努めて笑顔を作って見せた。


「大丈夫。私の傍に居る限りは安全だから」


 くぼんでいるが大きな目が私を覗き込む。なにもかも見透かすような目で。それはうそつきの私を咎めている様に見えたけれどそれは考えすぎだろうと思う。


「――もしかして」


「……うぐ」


 何を聞こうとしたのだろうか。痛いところ聞かれそうで私はぐっと顔を強張らせていた。だが子供は私に何かを問う事もなく、何かを握りしめる様にして拳を宙に突きだした。


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