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偽物魔女と少女1

 悲鳴が聞こえるのは毎度のことだった。


 また誰かが召喚に失敗したのだろうと思った。いつものように村の魔術師や魔法使い総出で追い返せる。そう思っていた。いつものように全てが終わったら平和になると。


 だから目話伏せ耳を閉じ、何も無かったように就寝する。


 だけれど。


 炎の海は消えなかった。






 ――ここだよ。


 その声に私は我に返っていた。


 目の前に広がるのは何だろうか。霧。しかも黒くて禍々しい。それが街らしき影を塗りつぶしていた。


 その霧を前にして手をこまねいているのがいつか見た『追撃隊』の姿がある。彼等は私たちに気付くと険しい顔で誰かを呼びに行った。


 捕まるのだろうか。それは困ると考えていれば『大丈夫』と隣に居たアルがにこりと微笑んだ。


 そうなのか。と納得して歩みを進めてみれば――案の定止められたんですけれど。後ろを振り返れば燈芽と楡が肩を竦めていた。その表情は『想定内』と言う様に変わらない。


「魔女か」


「あのぅ、通してほしいんですけど」


 おずおずと言えば大きな体育の男に睨まれてしまった。元々彼等が『魔女嫌い』と言う事もあってその視線は異様に冷たい。思わず『ぐっ』と喉を鳴らす。


「魔力を持つ者は一切入ることはできない。入ることができる者は人の身だけだ」


「で入ったら入ったで即死にしてしまうってか? だから、んな所で手をこまねいてる、か。噂の追撃隊も大したことないな?」


 煽る楡に内心『やめて』と叫ぶ。こんなところで捕まりたくも殺されたくもない。尤も後ろ二人は強いのだろうけど。逆に人間の皆様が心配だ。


 そんな事を考えていると微かな笑いと共に軽い足音が響く。こちらへ向かってくる足音。視線を向ければ薄い口許を弧に結んだ男か、女か――中性的な美貌を持った人間が歩いて来る。


 それはいつか見た――いや、鮮やかな記憶と共に名前が蘇った。


 桜希。


 ぐっと唇を結び私は身構えていた。忘れられるはずもない。最大限の敵意を私とエスに向けた人物。未だに恐怖が心の中に張り付いているようだった。


 そんな私に『何もしない』と手を振るが信じられるはずもない。

「大丈夫だよ。――何もさせないから」


 そう呟くアルは私の手を握りしめてくれた。小さな手。でもその手は温かい。


「――君。退きなさい」


「久しいことで」


「生きてたんだぁ。すげーな。うん。かんしんする」


 大してそんな事も思ってい無いようにアルはにこりと微笑んでから口を開いていた。ピクリと桜希の眉が跳ねる。苛立たしく思ったのだろうか。


「それは――どうも。相変わらず小さい元使い魔君だ」


「……」


 どうやら――その言葉は禁句だったらしい。私もエスも言った事など無いので気付きなどしなかったのだけれど、ピクリとアルの口許が痙攣するように反応した。すっと冷える空気。ちらりと後ろの燈芽を見れば視線をずらしている。


 知っていたらしい。


 ともかく、言わないでおこうと心のメモに書いた。


 そう言えばこのところのごたごたでアルが何者かを聞きそびれているような。


 ……いや。


 何となく知りたくない。嫌な予感しかしない。


「そんな事よりも。中に入るつもりか? さっきも言ったようにそもそも『魔力』を帯びている者は通れないのだけれど――それとも捕まりに来たの? 確かこうなった『元凶』はお嬢さんでしたよね?」


 いや、それはそもそも捕まえるから――などと言い訳を考えていれば横から口を開くアル。


「ん。そんな趣味があったらいいんだけど。……ま、今回はちがうよ? カラちゃん自体は魔力ないし。纏っているのはにーちゃんの物だから」


 こてん。子供らしく首をかしげるが言っていることは子供らしくない気がする。いや、外見は天使なのだけれど。


 だけれど――魔力が無いと言うのは改めて聞くと悲しい気がした。魔女失格だろうな、とはどこかで思っていたけれどもはや魔女ですらない――エスの契約者ですらない私は一体何だろうと考える。


 ただの願いの形――か。


「魔女でない――『契約者』か?」

 考えながら不躾な視線を私に向けると『違うな』とため息一つ。


「――聞いただろう? 入っても死ぬだけだと。か弱いお嬢さんに何が出来ようか?」


「大丈夫だよ。死なないから」


 ま。そうなのだけれど。簡単に言う。しかも軽々と。死なないけど痛いのも苦しいのも苦手なんだけどな。後怖いのも――。確かに考えないでここまで来たのはいいけれど考えると怖い。


 げんなりしているとポンッと燈芽に肩を叩かれた。励ますように。


「大丈夫です。貴女の盾は最強ですよ。それに『馬鹿』が速攻で来るはずですから」


 馬鹿……馬鹿ってまさか。なんかエスの事が最近雑になってきている気がする。本人が聞いたら怒り出しそうだけど。


「居場所なんて私分からないんだけど」


「力が流れてるって言ったよね。その位置で分かるんだよ。にーちゃんの力だしねぇ。糸を手繰り寄せればいいだけのはなし」


 アルが言うと桜希は軽く面白そうに喉を鳴らして見せた。


「なるほど。生き残る自身があると? 良いでしょう。入ることを許可します」


 しかし。部下らしき男が言うのをゆったりとした動作で制する。


「まぁ、魔女だし――魔女が生きようが死のうがはっきり言ってどうでもいいって言う事で」


 魔女ではないと言ったのだけれど魔女として処理したいらしい。まぁ『一般人』を見殺しにしたと言う気分よりはいいのだろうか。


 あまりこちら側としては気分はよくないのだけれど。


「あ。そう言えばこの状況が打破できたらこの国はカラちゃんに何をくれる?」


「え?」


 何故そんなことを言い出すのだろうか。考えてみなかったことに私は小さく声をあげていた。


「何とかできるのかな?」


「するよ――」


 どうしてそんな自信が……魔法を使えない偽魔女と物理攻撃のみしかできない使い魔で一対何ができると言うのだろう。


 にこりと笑うアル。けれどその雰囲気はピリリとしている様に感じた。


「何がしてほしいのかな?」


 すっと目が開く。笑っていない冷やかな双眸が桜希を見つめる。子供らしくも無く――人間らしくも無い。今まで見たことも無いアルが――『魔』がそこに居た。


「――いい加減解放しろ。あの監獄にあった装置は偽物だった。本物を解放しろ」

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