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魔女と嘘4

 もう少し。それはどの位の事なのだろうか。いや、待てないわけではない。けれど――もう少しと言われてからかなり時間が経過した気がする。報告と言うよりは――雑談に近くなってきているのも気のせいだろうか。『こないだミツバチの巣に――』などと何の話なんだろう。もはや関係ない気がするのだろうけれど。


 どうしようか問おうとして、後ろを振り向くと――燈芽はお茶を入れていまったりしてるし。アルに至っては床に座って子供らしく絵本を広げてる。


 どう考えても『報告』という名の『雑談』に飽きている模様だった。そして止める気はないらしい。そして話す気も無いらしいのは分かった。


「ええと――楡?」


「ああ。悪い――楽しくてさ。ええと。なんだっけ?」


 楡は漸く気付いた様に私に向いたが小首をかしげる。どうやら本気で最初の話題を忘れてしまったらしい。


 可愛いけども――何故。


「報告を聞いたんだよね?」


「ああ。そうだった。そうだった」


「奇跡的に『ほとんど』の人間が消滅都市で生き残ってたそうですよ。私たちは消える前に逃げて来たから知らなかったけれど――今は隣の町に避難してるってその使い魔さんは言ってらっしゃいます」


 何故今更口を開くのだろう。ことんとティーカップを机に置いて燈芽がにこりと笑う。当然面白くないらしく楡は燈芽を一瞥した。


 ため息一つ。少し美しい眉を寄せて見せる。足元から這うような嫌な予感を覚えた。それが何かと言う事までは分からないけれど、たぶんいい知らせではない。


 悪い知らせだろうと言う事は何となく分かった。


 一体何があったのだろうかと私は眉を寄せて見せる。


「でも、さ隣町も芳しくは無いみたいだ――少し前から入る者は拒まず、出る者は拒む状況らしいぞ」


「それってどう言う事? 皆そこに避難してるんでしょ」


「今思うと避難だったのか――何だったのか分からなくなるよな。せっかく助かった命――」


 私の質問に返したわけではなくそれは独り言のようでもあった。憂いを帯びた双眸が床に落ち大きなため息一つ吐き出した。


「あたしは人なんてキライだけれどそれでも、な。きつい。魔女だって元々人間だからな」


「どういう事?」


 アルに聞くと少しだけ困ったように眉尻を下げたけれどそのまま小さくアルは口を開いた。今までより数段小さく低い声で静かに言葉を紡ぐ。


「あのね、隠してもしようのないことだから言うけど。簡単に言うと『調理』してるんだよ――人の命を。調理すればするほどおいしいから。でもいっぺんに調理なんてできないし。だから町に留め閉じ込めてる。面倒なので外から入ることも出来ないようになってる」


「……ちょうり」


 理解できなくて私は言葉を辿った。魔は――人を喰らう。その血肉は『恐怖』や『憎しみ』負の概念を纏う事によりうまみを増す、と聞いた。そのために拷問まがいの事は平気でするらしい――のだけれど実際行われた事はあまり聞かなかった。大抵の場合『魔』はその場で喰らい尽くして去るのだから。


 調理――もう一度心の中で転がすとすうっと全身の血が引いていく感覚。


 私は頭を押さえていた。

 

「エスが? 人を――」


 声が震える。ドクドクとなる心臓の音がうるさくて耳を閉じたかった。音を吐き出すように私は大きく息を吐く。そんな事をしても意味がないのだけれど。


「カラちゃん」


 小さな手が慰める様に私の背中を撫でる。


「人を――食べる?」


 どうしよう。理解できない。想像できない。何もかもすべてが停止していくようだった。私が必死に助けようともがいていた裏で――。


 走馬灯のように流れていく記憶。そのどこにも『魔』らしきものは見当たらなかった。そんな事の片鱗もあの小さな子供には見当たらなかった。


 吐き気がする。なんだろう。エスがそんな事を隠していた事実ではなく――そんな事にも気づかなかった自分に吐き気がする。


 助けて。そう言ってみたかったがすがる者はどこにもない。


「それは違うと思います」


 昏い思考を突き破るような凛とした声に私はゆっくりと顔を上げていた。そこには心配そうに覗き込むアルとまっすぐ視線をそらさず見つめている燈芽。困惑してオロオロしている楡がいた。


「あのね、僕も違うと思うんだ。第一、力をカラちゃんに全振りしているから基本出来ることと言えば物理攻撃くらいだし――それに」


 少し考えて楡が思い出したようにポンッと手を叩いた。


「ああ、そだ。ま、そいつかどうか分からないけど強い人間が居るって、で、そいつ人を助けてるって言ってたよね」


 言うと鳥が甲高く鳴いて私の周りをくるくると回る。『だから、大丈夫』と言っている様だった。アルはにこりと柔らかく微笑んで私の手を取る。


 暗い心まで絡めとる様に。優しく温かな手だった。子供の手とは思えないほどに。


「多分だけど。街を消したのも、今閉鎖しているのもにーちゃんじゃないよ。多分。だから初めから関わっているとしか言ってないし」


「でも――」


 そうしたら誰が――考えて私はぱっと顔を上げていた。そう言えば、『いた』。もう一人。何故無意識に除外していたのだろうか。それが自分でも分からなかった。


「ビア!」


 ――ご名答。そう言ったのは誰だったか。その言葉に私の心は少し軽くなった気がした。



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