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魔女と魔女3

 がたん。大きな音がして大男が膝から床に崩れ落ちる。それを見ながら可憐で小さな少女はふぅと愛らしい唇で行きを漏らす。それを壁の隅にもたれ掛りながら私たち――楡と私はぼんやりと少女を見つめていた。


「――強いな。あの使い魔……物理が」


「うん。私たちは魔力が少なくて。こっちにしか伸びしろが無かったんだよね」


 こっちにも『私』には伸びしろなんて無かったのだが。まぁ懇切丁寧に教えようとエスはしてたみたいだけど――運動が嫌いなんだ。逃げまくってこのありさま。もう少し真面目にしていたら役に立てたのかもとは思う。


「魔力が少ないのに、この牢獄に来たのか?」


 何故。という表情をされても。私が分からない。思い当たるとすれば天使(アル)の事だと思うのだけれど――関係あるだろうか。直接の使い魔ではないのだし。


 うーんと首を捻っていると『どうした?』とエスに覗き込まれた。


「いや、お前どこに向かってんだって話。出口と言うか中央に向かってないか?」


 楡がいうとエスは近くにあった小窓から目をことに向ける。釣られる様にして外に目を向ければ広場らしきところで人が右往左往しているのが見えた。


 何かを怒鳴っているようだけれど、ここは遠くそして彼らの位置からはるかに高いので良くは分からなかった。


「今外に行っても無駄だしな。あんたの火力がどれほどか分からないけど此処の枷は少し外に出ただけじゃはぎ取れないだろ? 捕まるのはごめんだ。燈芽も俺も」


 ため息一つ。楡は続きを促すようにエスを見上げた。


「で?」


「『中央』を叩けばいいだろ? ――確かそこに『制御』している奴がいるから。それを倒してほしいというガキの依頼もあるし」


「アルが?」


 うんとエスは頷いて見せる。


 にしても何者なんだろうか。――元使い魔って言っていたけど。本来『魔』なんて他人に興味を示すことはない生き物だ。それは使い魔も、エスだって例外ではなく……アルがなぜ助けてくれたのか、ここを出るのことに協力してくれているのか分からなかった。


 しかも何故『此処』を知っているのだろうか。


「考えない方がいいと思う。俺もそれは放棄した」


 うんざりした様子でエスは軽々と楡を持ち上げる。


 そうかもしれないと思う。大体考えることは不得意なので考えても無駄だろう。『そだね』そう独り言ちた。


「そんな事より中央に行って制御している奴を倒せると言う算段はあるのか?」


「無いな。俺もこの身体だし。でも倒さないときつとここから出れない――お前は此処での『拷問』を受けたいのか?」


 無いのか。私がそう突っ込む前にさあっと楡の顔から血の気が引いていくのが分かった。見開いた眼は微かに恐怖を映している。薄い唇から震える声で言葉を紡いだ。


「知っているのか」


「当然だ。でないと言わない。カラを死体になっても連れて帰るなんて」


 いや。殺してでもって言っただけで死体とは言っていない――ではなく。そんなにひどい拷問なのだろうか。いや、拷問がいまいち何をするのか現実的ではないのだけれど。そこはことごとく情報をエスによって遮断されてきたし。


 知っているのは死よりも痛くてつらいと言う事。


 目をぱちぱちしていると楡と目が合った。今までにない昏く深い闇が移っている様に見えた。


「知らないんだな」


「知る必要はない。カラには必要ないことだ」


 言うとククッと笑みを漏らした。嘲笑うかのように。それに苛立ったのかエスの子供扱いに苛立ったのかそれとも――話しに入れないことに苛立ったのか自分自身でもよく分からなかった。


 ともかく知る必要が無いなんて、無い。そう思う。


「いえ、教えてください」


「カラ」


 諌めるような声を覆い隠す様に声を発した。


「そんなこと自分が決める――邪魔をしないでよ。エス」


 一瞥にエスはぐっと喉元に出かかった声を押し戻したようだった。口許を固く結び少しだけ恨めしそうに視線を私に向けた。

 言う事を聞かないのはお互い様だ。そんな表情は無視をする。


「こんな時だけ主従がはっきりしてんだな。お前ら。反対みたいだったのに」


 愉快そうに笑う楡。


「でも聞かない方がいいとあたしは思うけどね。この使い魔の言った通り知らなくてもいいことだけどな」


 その割には面白そうな顔でまぁ――私の反応が楽しみで仕方ないみたいなそんな感じ。魔女らしくもあるけれど。にしても楡を支えている手は今にも落とさんばかりにプルプルしている。止まるわけにもいかないので話しながら歩いている訳だけれど何かがプツリとエスの中でキレて窓から落としてしまったらどうしようかと考えてしまう。


 そんな事の無いように祈るしかない。


「大丈夫で――」


 声に被るようにして『いたぞ』と騒ぎ立てる声が聞こえた。この廊下は一本道で狭い。おまけに誰が作ったのかは知らないが曲がりくねっている。後ろから声は聞こえど姿は見えない。前からは光の加減で負っての影だけが゛見えている状態だった。


 『ち』エスの舌打ち一つ。当然のように前に向けて走れば数人の男たちと鉢合わせをする。先ほどの監守と同じ制服。監守の一人なのだろう。『こっちだ』騒ぎ立てて居るけれど人ひとりぐらいしか幅のない通路で身動きは大して取れない。それが大柄の男たちであればなおさらだ。


 必然的に一対一。


 エスは楡を持ったまますっと足を延ばしまず一人目の顎を蹴る。頭が下がったところでぐっと男の肩につま先を掛け、踏むようにして次の男の顔面を蹴った。それでは弱いので膝を折り曲げて後頭部を打撃。持っていた剣を片手で奪うと次の男を切りつける。ただ不安定な態勢だったためそれは宙を切ったが。


「おおっ。男だったら惚れる。絶対」


 スカートをふわりはためかせて降りる少女は美少女であるのだけれどやっている事はえげつない。


 止まることなく剣を振り上げて襲ってくる男。だけれど『それ』でエスが負けるはずはない事をよ私は知っている。


「殺さないでね」


 にこりと笑えば『この状況に』と独り言ちて柄で殴った。


 ガタンと倒れるのを見届けずエスと私たちはその場を走り抜ける。


「後ろの奴も倒せばいいのに」


「悪いが体力が足りない。今はこいつの残っている魔力で体力を底上げしてもらってるだけだ」


「すげえな。この状況下で魔法使ってんのか。あたしでさえ流すことすらできないのに」


「出来が違うみたいだな」


 ふっと馬鹿にしたように笑うエスと無表情な楡との間に深い溝が出来ているように見えた。おまけに吹雪く嵐が。寒い。そう感じたのは気のせいではないだろう。


「と、ともかくそんなことを言っている場合じゃないよ。まだ追ってきてるし」


 一本道。いつまで続くんだろうか。そろそろ私も走るのが辛い。血も足りないし――。考えていると真っ直ぐな少し広い道に出ていた。壁には扉があり等間隔で部屋があるようだ。突き当りには大きな扉があって出口なのかエスの言う『中央』なのかは分からなかったけれど、ともかく警備が当然のように控えている。


 今は壁越しに隠れているのだけれど。


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