魔女と魔女2
「……はい?」
俺。可愛らしい唇から洩れたのは『俺』と言う一人称。それが信じられなくて聞き返していた。小鳥のように愛らしい声だというのに。
「勝手に決めて、勝手に死に向かって。――あの『占い師』を生かすことなんて無かったんだ」
泣きそうな顔を一瞬だけ見せた後でぐっと口を一文字に結んだ。
というか占い師の事を――私の事情を。と考えてすうっと気が遠のく気がした。いや、違う。チャンスはまだある。こんなところに、こんな姿で『居る事など』できない筈だし。
大丈夫。
言い聞かせながら引き攣った顔で女の子を見れば私の内心を見透かしたように絶対零度の双眸が降り注いだ。
私は心の中で小さく悲鳴を上げる。
「バカじゃねぇの? って言いに来た」
腰に手を当てて私を見下ろすように立っている女の子――にはもはや見えなかった。その向こうによく見知った人物が透けて見える。
……。
……うわぁ。これ。お別れしたはずの使い魔だ……。何がどうしてこんな姿になってここにきているかは分からないけど。
「そ、そんな事の為に来たの?」
「うん」
それが何か。という顔をされても。ここは牢獄なんだけど。そんなところに自ら乗り込んできて何してるの。この子。
「危ないじゃないこんな所まで」
咎めてみれば盛大にため息をつかれた。
「危ないことさせてるのはカラだけどな。――頼んでねえとかいうなよ。考えたら分かることだ。知ってるだろ」
ごめんの言葉を飲み込んで私は視線をずらした。
「やめて、って言った――し? ええと、主人の言う事は聞くものだよね」
「はぁ?」
弱い。私弱い。盛大に言われてびくびくと身を縮めてしまった。いや、私魔女だよね。そして目の前の女の子は使い魔だよね。
いつも思うけど――何で?
泣きそうな顔で目を晒すと助け船のように声が響いた。
「なぁ、ソイツ、使い魔なのか?」
そう言えば牢の鍵を開けている途中だった。私は『ごめんね』と呟いてからスルスルと自分の牢を抜ける。
「え、ああ。うん。エスだよ。 あ。私の名前はカラって言うの――」
「……へぇ。でもその身体は――魔女だよな?」
「借りた。これは『魔女 燈芽』。丁度ここに連れてこられる途中だったし。『いい』っていうから」
そんな簡単に。
ガチャリと音をたてて牢の扉が軋むように開いた。
「そんな事できたっけ?」
ほぼ魔法らしい事は出来ないはずだと思っていたけど。眠らせることだけ唯一できる事だったりする。可哀想で涙が出るわ。
「クソガキが何とかしてくれた――てか、こんなところでべらべら喋っているじかんはねぇんだけど? どうせあんたも出るだろ?」
「ああ。もちろん」
言うと楡は立つが辛そうだ。ここを出るのにどれほど歩くのか分からないけれど大丈夫だろうか。支えになって一緒に歩くけれど私もあまり血が足りていないしふらふらする。
どうしようか。小さい魔女には頼めないし。
考えているとふわりと楡の身体が浮いた。
「……すげぇ光景だな。おい」
うん。少女が大柄の女の人を軽々とお姫様抱っこ――身長が足りないので楡の足がぎりぎり地面に付きそうだったけれど。
どうやら持っている力はそのまま受け継いだらしい。なんて便利な――じゃなくて少し申し訳なく感じる。
「ありがと――ごめんね」
言うと可愛らしい顔が朱に染まる。それをごまかすように舌打ち一つ。なぜだろうか。不機嫌な顔をする。
まぁそれも少女の顔なので可愛らしいのではあるけれど。
「どうせこいつが出なければ出ねぇと言い出すだろ?」
「――うん。けど私は残るよ。自分で『ここに来ること』を選んだんだし」
『あ゛』
絶対零度で睨むのをやめようか。私は心の中で小さく悲鳴を上げていた。
そうなんだよね。私別にここから出たいとは思ってない。生きていればこの先こんな事は何度だって起こるだろうし――私はいろんな人に対しての罰を受けなければならないとは思っている。痛いのはやっぱり嫌だけど。仕方ないか。
私はへらっと笑う。
それに呆れたように楡がため息一つついた。
「変わってるなぁ。お前。――まさかマゾだったとは。特殊性――むがぁ」
口許を小さな手ががっつりと押さえている。睨み付けながら。黙れと言う事なのだろうな。そんな事より『マゾ』って何だろうか。と私は考えていた。
「殺してでも此処から出るけど?」
酷い。そして怖い。
本気だと言う事はまっすぐに向けられた目を見て分かった。その奥で怒りがユラユラ揺らめいているき気がした。
負けそうな心をぐっと奮い立たせる。
「そ、それに意味があるの?」
意味はない。無い気がする。言うとエスは眉間に深い皺を寄せた。
「まぁ、無いな。――てか、何度も言う様にそんな事言っている場合じゃねぇのは分かるだろ。カラ。このままだと、こいつ捨てるけど」
言うと楡が勢いよく顔を上げる。
「……それは困る。カラ。お前『行く』と言って。そしたらあたしが出られるからさ」
基本楡を助ける道理はエスには無い。しかも危険を冒してまで。『人』らしくあるのは上辺だけでこの根底は『魔』。多分ここで楡を捨て置いても後悔もしないし良心の呵責にさえなまれたりもしない。
そしてそれを負担するのは――私。楡を置いておくと言う事は見殺しにすることでそれはとても出来なかった。
多分『魔女』であると言うだけで捕まった人だから。
それを全て分かっていて言っているだろう言う事が腹立たしく感じた。
「卑怯。私、おかーさんなのにそこまでする?」
育てたのにと呻く私に涼しく答える。
「なんとでも――俺は使い魔だ。何でもするさ」
コツコツと歩き出す少女の背中。それはとてもか細い。しかしながら大きく見えるのはやはりエスが憑りついている所為だろうか。そう、思った。




