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魔女と魔女

 時々。時々『あの日』の夢を見る。私は傷だらけで倒れていて――両親は泣いている。『助けて』『どうか』『誰か』――誰でもいい。何でもあげる。『世界』さえもあげるから。どうか。だ、れか。


 この子を助けて。




 重い頭をもたげながら私は目を覚ましていた。――血が足りない。頭がくらくらする。そう考えながらゆっくりと身を起こせば見慣れない無機質な部屋が広がっていた。


 冷たい石の寝台に寝かされていた為なのか身体の節々が痛んだが、それよりも腕が痛い。一応手当はされているものの焼け付く様な痛みに私は生きを大きく吐き出していた。


「にしても」


 私は独り言ちる。


 エスもアルも大丈夫だろうか。真面目に約束を守るとも思えなかったけれど信じるしかないし、いざとなったらアルがエスを守ってくれるだろう――なんて思う。どうか考えても私たちより数段強いしね。子供に守られる大人と言うのが悲しいけどもうごめんとしか言いようがない。怒るだろうけれど。


 再び大きく息を吐き出すと辺りを見回した。


 牢獄。うん。イメージ通りだ。石の寝台にバケツ。小さな窓からは青い空が覗いている。ま。日当たりが良好なのは救いだなと私はぼんやりと考えていた。三面の壁と大きく穴があけられた正面の壁。そこには当然鉄格子がある。なんだか誰か必死になって開けようとしたのだろうかよく見ると細かい傷が無数についていた。


「――あ」


 身体を捩れば足に重苦しい感覚。それに目を向けてみれば邪魔な鎖が私の足に絡みついていた。


 どうりでさっきから何か足が重いと。


 考えながら鎖に触れれば魔力を無効化する力が働いているらしい。でもね。ふふんっと私はちょっと嬉しくなってしまった。


 こんなこともあろうかと。


 私。エスから仕込まれてるんだよね。役に立たないと思ってたけど。髪から一本ピンを抜くとカチャりとねじを回す。対魔法の為あまり精度とかは考えてないらしい。何かがずれる様な音がして私の足は簡単に解放された。


 すごい。さすが物理特化に長けたうちの子。


 開放感に足を投げ出しながら心の中で盛大に褒める。ほめちぎった後で私は小窓から空を仰いだ。


 ――天高く鳥が飛んでいるようだ。


 それを目で追いながら考える。


「――今頃何してるかな?」


 泣いてないかな。いや、泣いてるだろうな。――最近はずっと『むすっ』とした顔してたけど本当は寂しがり屋だから。


 ……。


 グレてたらどうしよう? いやでも――。


「なに百面相してるんだ。新入り」


「……」


「……」


 向かいの牢屋で手を振りつつ『こんにちは』しているのは女の人だった。黒い髪、切れ長の目が印象的な綺麗な女性。彼女の足にも私と同じ鎖が絡みついている。それに抗おうとしたのだろう。足首には血が滲んで痛々しく見えた。


 けれど彼女は私を見て嬉しそうに笑う。


「あたしは『(ニレ)』。あんたも魔女だろ? こんなところに閉じ込められるなんて相当力を持つてるのか? それも外したし」


「こんなところ?」


 普通の牢獄ではないのだろうか。私は首をかしげる。


「分かるだろう? ここはありとあらゆるところで魔力が封じられている。誰も魔力を行使できないようになってる。――下級魔女であればこの鎖だけで十分なのさ」


 楡はクックッと喉を鳴らした。それは自身をあざ笑っている様にも見えた。


 けれど。


 ――一切分からない。何故こんなところに入れられたんだろう。私。私とエス合わせても中級にもいかないのに。絶対。


「なぁ、あたしのも解いてくれないか? 鎖」


「ええと。それは無理かな?」


 手が届かないし。私が断れば明らかに不満そうな声が返って来る。


「何でだよ? 仲間じゃん? このままここに居たらろくなことにあわねぇし――使い魔も心配だし。助けてくれないのかよ?」


「いや、できなくて。手が届かないし――あ、でも待って。この扉を開ければ何とか」


 よぉし。と素手まくりをしてピンを取り出し鍵穴に突っ込んだ。腕一本で自身の体重のほとんどを差さえなければならない状態なのでとてもきつい。怪我をしているで解錠を試みているためなかなかうまくいかないし、そうでない腕はプルプルと震えていた。


「まって。もう少し」


 少し傷口が開いた気がする。ジワリと包帯が赤く滲んだ。


「物理……盗賊か? お前魔女だよな?」


「――一応は」


 開いた。すごい。エスすごい。褒めたい。大好き。


 私はスルスルと扉から出ると楡の鉄格子の前に立った。


「ちょっと、そっちから外しますね。痛いだろうし」


 扉よりも足の方が先かなと考えて私は足を差すと楡は少し驚いたような顔で『うん』と言う。素直に差し出した足はやはり皮膚がめくれ上がって血が滲み腫れていた。


 私は軽く眉を潜める。


「私に回復魔法があればよかったんだけど」


 困ったように少し笑う楡。


「――使えないだろ。殆どの魔女は。それにそんなものがあってもここでは無意味だしな」


「そうですね」


 一度聞いた音がまた響いて簡単に枷は外れた。何か手当てするものを探したが当然無いので服の裾を破ろうとした。しかしながら楡はその前に自身の裾を裂いて足首に当てた。


「じゃあ、開けます――」


 と言った所で言葉を切った。足音が聞こえる。『戻れ』楡が小声で言うと私は慌てて自身の牢に戻る。当然足枷は付けたフリで自身の足に置いた。


 ゴクリ。息を飲みこんでから近づいて来る足音を待つ。


「……」


暫くしてそこに現れたのは兵士らしき――多分此処を管理する守衛だろう――男が一人の少女を抱えて現れた。


 黒い衣服を全身に纏った女の子はぐったりとして動きもしない。多分気を失っているのだろう。長い睫はピクリとも動かなかった。


 年の頃は――十代前半に見える。見えたところで年齢は私のように意味はないのだけれど。


「おい。そいつは? また新入りかよ。こんなところに今日は客が多いな」


 不愉快そうに楡が言うと男は喉を鳴らす。


「『出た』奴が多いんでな。補充はしねぇと――って。アンタ起きたのか。ろくな手当されてなかったんで死んだかと」


 ようやく気づいたらしく男は女の子を抱えたまま私に目を向けた。嫌な視線だと思う。人を見下すようなそんな視線に私は顔を顰める。


「魔女はそう簡単に死ねねえよ」


 吐き捨てるように言うのは楡。

「そりゃいい。手ごまが増えるのはこちらとしても喜ばしいことだし」


「手ごまって――なんに使う気ですか?」


 処刑されるのではなかったのだろうか。拷問とか受けて――いや。魔女と認めているから拷問は無いのか……。それはそれでありがたいけれど。痛いの嫌だし。


 処刑ってやっぱり定番の火あぶりだろうか。――誰だ。そんな処刑法考えたの……人間って怖いな。


 考えながら男を見れば肩を小さく竦めて見せた。その口許は微かに歪む。愉しそうに。


「ここから出れ――っ?」


 言葉のすべてを紡ぐことは無い。男は低いうめき声をあげて倒れたのだ。――持っていた女の子に顎を蹴りあげられて……。


 あ。この子もかわいい。首を振るとツインテールがフワリと舞う。――じゃなくて。何故睨まれているんだろう。記憶の中を探っても出てこないし、大体かわいい子だったら覚えているはずだし。


 女の子は睨んだまま、ガチャリと牢の扉を開けるとまっすぐに私の元に歩いてきた。その様子に躊躇や戸惑いなど一切感じられない。


 殺気……が。子供なのに怖い。


「ええと?」


 謎の汗。楡は『お前何かしたのかぁ』などとのんきに話しかけているが、私は本当にこの子を知らない。半眼の双眸に既視感を覚えて私はさっと目を反らしていた。


「ええと――」


 どうしたら。


「俺は――怒ってる。すげぇ、怒ってる」

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