03 面食い。
魔物達は、ほとんどが温厚である。けれども、彼らだけで国を一つ滅ぼせる力を持っていると思った。そこは流石、魔法の創造主だ。
人間側が滅ぼそうと考えるのは、わりとれっきとした自己防衛なのだろう。いや、逆に喧嘩を売って、返り討ちで滅びそうになっているのか。
私は順調に魔法を吸収するように覚えていった。
「アンナ様。そろそろ血を召し上がってください」
「え、ええ……そうね」
アビゴールに言われて、頷く。
琥珀の瞳がじっと私を見つめる。
「私以外の者をお呼びしましょうか?」
「いえ! アビゴールがいいのなら、またあなたの血がいいわっ。お願い出来るかしら?」
今私の部屋には、アビゴールしかいない。
一度吸った相手の方が楽だ。他の者の血を吸う度胸がない。
「はい、あなた様の糧になれることを光栄に思います」
深々と頭を下げて見せたアビゴールは、首筋を晒すためにワイシャツのボタンを外した。牙がない私のために、肌を切って血を出す。芳醇な香り。それだけで酔いそうだけれど、手を伸ばして首にかぶり付く。
ちゅう、と吸い込むと、口の中に甘い血の味が広がった。
「んっ、んぅっ」
無我夢中で吸い込み、喉に通す。潤っていく。
次第に呼吸が乱れていった。興奮でアビゴールのコートを握り締める。しがみ付いて、しがみ付いて、やっと離れた時にはクテンと力を抜く。
倒れないように、アビゴールが支えてくれた。
「……ほんと、無防備になってしまうのね」
余韻に浸って、動けない。
吸血鬼の最大の弱点。生命の維持にも必要な吸血するという大事な行為で、身動きが取れなくなる。
「我々がお守りいたします」
アビゴールは涼しい顔で告げた。
はぁ、それはどうも。
「本日は最強の盾になる魔法の習得をする儀式を行います」
「わかったわ」
皆ーー魔物に対して、敬語を使うのはやめた。というか、やめてほしいと頼まれたのだ。
抱えられていた私は、一人で立たせてもらった。
場所を変えて、玉座の広間。そこで儀式。
描かれた魔法陣の中に入って、アビゴールが呪文を唱えてくれる。それで完了。
「試しに、攻撃魔法を放ちます」
「どうぞ」
アビゴールを信じる。立って待っていれば、アビゴールが手を翳した。
黒い魔力の玉が出来上がる。それが飛んできた。
けれども、私に触れる前に私の影が伸びてきて、盾となって防ぐ。
生き物のように蠢いた。面白い。それも念じると自在に動いてくれる。
「アンナ様は、卓越しておりますね。魔法を操るセンス」
「あなた達の魔王だから、当然でしょう」
「流石です」
褒められるのは、嬉しいけれども、それはそういう人材を召喚したからだ。
これくらい当然だと思う。
「大変です!! 魔王様!!」
そこで慌てた様子でやってきたのは、青い小鬼のリセルク。
「モンスターの襲撃に遭っているそうです!!」
「モンスターの襲撃?」
「ちょうどいいです。実践で使う機会です」
「それに襲われているのなら救わなくちゃね。私は魔王で、魔物は国民だから」
「そこまで我々を思ってくださり、ありがとうございます」
魔王になってしまったのだから、当然の義務ではないだろうか。
落ち着き払っているアビゴールは、リセルクから場所を聞くと転移魔法を使った。城の玉座の間から、土で作られた建物が並ぶ荒地にモンスターらしき生き物を視認。私の国民こと魔物は、もう避難したらしい。
土の建物を踏み潰して壊すモンスターの姿は、蜥蜴にも似ている。目はどす黒くて穴のように見えてしまう。蜥蜴に見えても、建物を壊すほどの重さがある。
その蜥蜴モンスターが私達を見付けたようで、ズシンズシンと地面を踏み鳴らして迫ってきた。アビゴールが私の前に出ようとしたけれど、私がやると手を伸ばして阻む。アビゴールは「はっ」と頭を下げて、私の後ろに控えた。
噛み付こうとした蜥蜴モンスターと私の間に影の盾が出来上がる。
蜥蜴モンスターは弾かれた。
「ヴァデス」
それを唱えれば、影の盾は二つの刃に変わる。そして蜥蜴モンスターの首を刎ねた。
「ふむ、簡単ね」
「アンナ様がお強いからそう感じるのでしょう!」
「そうかしら」
リセルクが、一つの目を輝かせる。
それから避難したであろう魔物達を捜しに行く。
私は街、というより村に近いそこを見回して、顎に手をやる。
「何をお考えになっておられるのですか?」
モンスターの死骸を燃やすアビゴールが尋ねてきた。
「いえ。魔物って、こういうところに住む習性があるの?」
「魔法で作り上げた建物に住み着いていますが、それが何か?」
「ただ、土の建物では色々不便じゃないかと思って……モンスターにも簡単に壊されてしまったし、もっと頑丈な建物を作ったらどうかしら」
「あなた様の思慮深さに敬服いたします」
魔法で作り上げるのはいいけれども、もっと人間達のような頑丈なものにした方がいいと思うだけ。敬服するほどではない。
人間達のような、って。自分が人外になった自覚が、じわじわとする。
苦笑が零れ落ちるけれども、腕を組んでアビゴールに背を向けた。
「魔王様。直々に我々を救ってくださりありがとうございます」
「光栄の極まりでございます」
「魔王様、お美しいです!」
戻ってきた魔物達は禍々しい姿をしていたけれども、各々が笑顔で私に感謝を述べる。ついでに美しいと褒められた。
すぐにアビゴールは私の考えを伝えたから、建築が始められる。
私はまたリセルクが作った腰掛けに座って、傍観させてもらった。
それぞれが魔法を駆使して、土をレンガに変えて積み重ねたり、木を唸らせて成長させて、家の形を作り上げる。見ていて楽しいものだった。禍々しい魔物達の姿は余計だけれども。これでは毎日がハロウィンパーティーだ。それも本格的なとびっきりグロテスクな仮装のもの。
アビゴールやメデューサのように、美しい顔立ちならもっとやる気がでるのだけれどね。
私は、面食い。だから、美しい吸血鬼にゾッコンになったりするのだろう。
「アビゴールはどうして人間の姿に近いの?」
頬杖をついて、私の真横に控えるアビゴールに問う。
「人間の姿に変えているからです、アンナ様」
「はっ!?」
さらりと答えられたことに、仰天した。
「人間の姿に変わる魔法をずっと使っているの?」
「魔力の消費は、発動した時だけで済みます。維持をしているわけではありません。アンナ様を始めて目にした時、この姿の方が落ち着かれると判断しました」
「……」
私は放心してしまう。けれども、ハッと我に返って知りたいことを問い詰める。
「じゃあ魔物の姿は?」
「今お見せいたします」
魔力の気配を感じたかと思えば、じゅわっと顔が毛に覆われた。
右頭部に太く黒い角がある竜の顔を持ち、翼を持つ人に近い姿に変わる。
これがアビゴールの魔物の姿。
「もう一段階、変身できますがお見せしましょうか?」
「それはまた今度でいいわ。いつもの姿に戻って」
「はい」
じゅわり、と毛が抜け落ちるように消えていけば、右頭部に角がある美しい顔立ちの男に戻る。いつものアビゴールだ。
「好きな顔に変身出来るの?」
「いえ。普段の顔立ちから、人間の顔に変わっただけです」
私は心の中で悲鳴を上げる。
「いっ、今すぐ、皆っ、人間の姿になりなさいっ!!!」
建築が済んだ魔物達に試しにそう命令して、人間の姿になってもらった。
予想は的中。
まるで野獣が美女のキスで魔法がとけてしまったかのよう。
地獄図から一転、天国。
見目麗しい美女美男達が、私の目の前に揃った。
表情が崩壊してしまいそうなので、腰掛けに項垂れるように顔を俯く。
「ど、どうなさいましたか!? 魔王様!」
青い小鬼は、きらきらきらきらと輝きを放つ美少年になった。二つのつぶらな瞳で私を覗き込もうとする。
「いいか、皆の衆!! 人間に危害を加えられる前に、人間の姿となって欺き、身を守りなさい! これは命令だ!! 全国民に告げよ!」
「は、はい!! 魔王様!」
立ち上がって、命令を高らかに響かせた。
禍々しい怪物達から一転、煌めいた容姿端麗の美女美男が元気のいい返事をする。
可愛すぎかお前達!!
なんでも、魔物は不老らしい。ある程度で成長は止まる。
つまりは、美女美男は継続される。半永久的に。
つまりは、この美女美男は私のもの。
俄然、やる気が沸いてきた。
「……やっぱり、魔王様も、人間がいいのですが?」
リセルクが、美少年の顔を俯かせながら小さく問う。
「私は元人間だし面食いだし、やっぱり姿が似ていると安心している節はあるわね」
リセルクがアヒル口になって、しょんぼりした。
「でも私は魔王。あなた達の王よ。例え、人間達が刃を向けようと、皆殺しにしてでも、あなた達を守り抜いてあげるわ」
「ま……魔王様!」
魔物の味方だと言いたかっただけなのに、かなり物騒な発言になってしまったが、それが効果的だった。
「愛しております!!」
リセルクは大きな目をうるうるさせ、そして私のお腹に抱きつく。
はいはい。
ポンポンと頭を撫でてやれば、アビゴールが首根を掴んで引き離した。