02 吸血鬼の自覚。
しまった。一般的な吸血鬼は、陽が弱点だ。
こうして陽を浴びていてはいけない。
そう気が付いたけれど、手遅れだ。
「……戸惑っていらっしゃいますね」
アビゴールが、口を開く。
「ご自分が吸血鬼だという自覚がないようですね」
「……」
自覚も何も、私は人間だ。
いや、鏡に映った自分を見たら、ちょっと自信がなくなったが。
「血をお飲みください。自覚も出来るでしょう」
「は? いや……私は……」
吸血鬼じゃないのだから、飲めない。
そう言いかけたけれども、言えなかった。
すると、アビゴールは自分の首元を爪で切る。赤い筋が出来て、そこから血が垂れた。普通はしないはずなのに、鼻に血の匂いが届く。
ーー美味しそう。
そう思ってしまった。そう言えば、血を美味しく飲む夢を見たことがあったっけ。
アビゴールが一歩近付いた。私は一歩後退りする。
アビゴールの手が、私の腕を掴んで引き寄せた。
グンッと近付いた血。衝動に負けて、私は口を付けた。
鉄のような味がする血は、甘さも感じる。舌で舐めとって、舐めとって、そのあとは傷口から吸い付いた。
「んっ、んんっ」
無我夢中に、ちゅうちゅうと吸い込む。
ーー甘くて、美味しい。
こんなのどうかしている。そう理性が言っているけれど、止められなかった。爪先立ちで、アビゴールにしがみ付いて、吸い続ける。
やがて「ぷはっ」と息を吐く。何故か自分で立っていられなくて、崩れ落ちそうになった。
その前に、アビゴールが受け止めてくれる。
「これが最強だった吸血鬼が滅んだ原因です。血に酔い、無防備になってしまうのです」
そう言って、アビゴールは私を抱えると部屋の中に連れ戻してくれた。
力が抜け切ってしまった私の身体を、ベッドにそっと置いてくれる。
「これでご自分が吸血鬼だと自覚したでしょうか?」
私は、吸血鬼。
召喚魔法のせいか、それとも元からそうだったのか。
わからないけれども、今の私は吸血鬼。
理解したと示すために、頭を揺らす。
「血を欲した時は、いつでも差し上げます。そして、お守りいたします」
そう一礼して見せると、分厚いカーテンを潜ってバルコニーにアビゴールは戻っていった。
「はぁ」とため息を零して、ベッドに寝そべる。まだ余韻が残っていた。
口の中にも甘さが残っていているように感じて、舌を這わせる。
ついでに歯並びを確認した。牙はない。元から八重歯はある。
でも吸血鬼になってしまった。陽に弱くないタイプの吸血鬼。
もう怖気付く必要はなくなった。
さて、これからどうしようか。
見た目は恐ろしくても、不憫な魔物達のために頑張ってみよう。
長女で少し姉御肌だと自覚している私は、禍々しく凶悪な外見をしているくせに、とてつもなく不憫な彼らを放っておけなかった。
召喚された通り、私は相応しいのかも。手相に親分肌線というものがある。親指の付け根の下の掌にシワがあると親分肌線。私にはある。
情に流されて、彼らを救いたがる、もの好きなのだ。
「ふぁ……」
とにかく許されるだけ、眠ろうか。
血、美味しかったな。そう思い、眠りに落ちた。
自然と目を覚まして、うんっと背伸びをする。ベッドから出ようとしたら、コンコンッとノック音が扉からしてきた。
「どうぞ」
そう入室の許可を出す。けれども、声が小さいかしら。あまりにも広い部屋だし、扉も大きいし、届かないんじゃないかと思った。
ずっといたのか、カーテンを捲ってアビゴールが部屋に入る。
「おはようございます、アンナ様」
「おはようございます……ずっといたのですか?」
「はい。お守りしておりました」
チラッと見えたけれど、外はもう夕暮れだった。
うわ、申し訳ない。
謝る前にアビゴールが手招きすると、大きな扉が開いた。
「おはようございます、魔王様。お着替えを手伝います」
メデューサさんとクリスタロさんが、一礼をして挨拶をする。
いや、着替えくらい自分で出来るのだけれども。
「お手伝いさせてください」
顔に出てしまったらしく、二人は頭を下げる。
そこまで言われては仕方がない。
頷いて見せれば、クローゼットの部屋に連れて行かれた。そのまま閉じられるけれど、クローゼットなのに真上にはシャンデリアが灯っているから明るかった。
「どのドレスになさいますか?」
メデューサさんは、目を爛々と輝かせて問う。
どのドレスも真っ黒なのだが。ゴスロリのようにフリルドレス。パーティー用のようなスリットの入ったロングドレス。マーメイドタイプのドレス。コルセット調のドレス。
「色がお気に召さないですか? ならば、瞳に合わせて赤などどうでしょうか」
クリスタロさんが、パチンと指を鳴らすと真っ黒なドレス達は真っ赤に染まった。
「それとも髪に合わせて純白にしましょうか?」
また、パチンと指が鳴れば、色は抜け落ちて純白になる。
魔法ってすごい。
「でもこれから魔法を学ぶのでしょう? 動きやすい服装の方がいいかと」
ドレス以外なものを求めてみる。
「大丈夫です。そう動く必要はありません」
「今日はこちらのドレスはいかがでしょうか?」
メデューサさんの発言の次に、クリスタロさんがスリットのドレスを手に取った。
うん、もうそれでいいわ。
私は諦めて、その黒のドレスを着させてもらうことにした。
ノースリーブだから、ロングの手袋も作ってもらう。
そして、ニーハイブーツもその場で作ってもらった。中々高いヒールである。転ばないように気を付けなければ、無様に転んでは格好がつかない。
私は魔王だ。しかも最強の吸血鬼という位置。
気丈でいなければいけない。
顔をクレンジング。そして化粧水をペタペタとつけられて、クリームで整えられた。やってもらうって、なんだか新鮮だ。お嬢様にでもなった気分だ。
いや、魔王なのだけれども。
ブラシで髪をとかしてもらって、準備は完了。
クローゼット部屋から出ると、アビゴールとリセルクが揃っていた。
「力と魔法を学ぶ時間でございます、魔王様」
リセルクは無邪気そうに笑うのだけれど、牙が並ぶから邪悪に見える。
「……魔法と力、どう違うのですか?」
「吸血鬼は、念力というものがあります」
「念力……」
超能力のことだろうか。
アビゴールが手を差し伸べたので、手を重ねる。そのまま手を引かれたかと思えば、バルコニーに出た。すっかり夜に染まった空の下は、鬱蒼とした森が広がっている。抱えられて、その地上に降り立った。
アビゴールの後ろにあったのは、古城だ。
大きくて、古びた黒い城。魔王の城って感じだ。
「城が気に入りませんか?」
「……いえ、別に」
「魔王様のお好きなように変えますよ」
「大丈夫です」
リセルクがまた笑いかけるけれど、城が気に入らないからって外装を変えろとは言わない。気に入っているわけでもないが、どちらでも構わなかった。
夜だから、二人がポッと淡い光の玉を作り上げて、その場を照らす。
「念じてくだされば、地を抉ることも割ることも出来るはずです」
ざっくりとした説明だけされる。リセルクもアビゴールも、私から一歩二歩と離れた。
念じるだけで地を抉り割るとは、最強か。
あ、最強の吸血鬼だった。
私は目を細めて、荒地を睨むように念じる。スパンッと地が割れた。案外、簡単。スパンッとまた切ってみる。
これはこれは、ちょっと楽しいぞ。
標的を定めるために、手を翳してみる。木を両断してやろうと思ったけれど、植物も生きているのでやめておく。手で宙を切り、地面を抉る。抉った岩を宙に浮かせていれば、目眩が起きた。
岩を落として、額を押さえる。
「一休みしましょう」
アビゴールが提案した。
リセルクは両手をついて、腰掛けにいい岩を作り上げる。そこにローブが敷かれた。アビゴールのものだ。徹底してくれている。
「念力が使えていれば、問題なさそうですね」
「問題ないとは?」
「魔法は簡単に言えば念力と同じです。それに手を加えるのは、魔法陣と呪文です」
リセルクの説明に、相槌を打つ。
「アンナ様自身の能力を上げる魔法を施して、儀式も行います」
アビゴールが言ってきた。
儀式もするのか。私は召喚された儀式を思い出す。
裸にされなければいいけれども。
「……空気が綺麗ね……」
禍々しい光景に反して、空気は澄んでいた。
空を見上げれば、無数の星が瞬いている。はっきりと見える上に、今にも降り注ぎそうな瞬きに思わず、ポツリ、と漏らす。
「汚すものがありませんので」
「……」
にへらと笑うリセルクに、言いたくなった。禍々しい魔力とか瘴気とかあるのではないのか。
でも見た目だけで、雰囲気や魔力には禍々しさはない。
「私の世界では、魔物は瘴気を放つ存在だと認識されているけれども、そういうのは?」
「瘴気を纏うモンスターなら、います。そういう山も存在しておりますが、大丈夫です。魔王様に害する瘴気はないです! そういう保護の必要もないです! 吸血鬼ですから、毒には耐性があるのですよ!」
魔物自体は、瘴気を持ち合わせていないのか。
リセルクは、興奮した様子で教えてくれた。
一つ目の小鬼を撫でたくなったので、手を伸ばして頭に触れる。
「な、なんですか? 頭を撫でてくれるのですかっ? 光栄ですっ!」
青い小鬼なのに、頬を赤らめた。リセルクは、見た目に反して無邪気だ。
ふと、アビゴールを見上げてみれば、ポーカーフェイスが崩れていた。ちょっとむすっとしていて、羨ましそうだ。
え? アビゴールも撫でてほしいの? そういうことなの?
私の視線に気が付いたアビゴールは、空の方へと視線を放った。
「アビゴール」
「はい。名前を呼ばれるとは、光栄です。覚えていただけたのですね」
「ええ……」
名前を呼べば、アビゴールは胸に手を当てて頭を下げる。
その下がった頭に、手を置く。青い髪をポンポンと弾ませる。
「……」
「……」
「……ありがたき、幸せ」
アビゴールが、更に頭を下げた。
よければ、顔を上げて崩れたポーカーフェイスを見せてほしい。
覗こうとしたら、顔が上げられた。涼しい顔になっている。惜しい。
「さて、続きをやりましょうか」
ドレスの裾を持ち上げて、私は立ち上がった。