青空の章 4
どうやら私には才能があったようでみるみるうちに剣術が上手くなり実戦での成果を上げ兵士から騎士へとならないかと言われた。12歳の時だった。
真新しい騎士の装備に慣れず城の新しい通路を覚えている時だった。
目の前の廊下で、ローブ姿の男が1人歩いている。
彼だ。
2年経ってやっと会えた。変わっていない。
大きめの真っ黒ローブに暖かな青空の瞳。
だから、駆け寄って尋ねた。
「どうして、ありがとうって言ったの?」
「え?」
突然よく分からないことを知らない人間から言われたら戸惑うだろう。
2年も前のことだ。覚えていないだろうと頭の隅で思いながらも、ただただあの言葉の真意を聞きたくてこの場にいる私はそう口走っていた。
彼は戸惑った顔のまま私の顔をじっと見ると、パっと表情を輝かせた。
「ああ!あの時の孤児院の子かな?兵士になったって聞いてたけど騎士に昇進したんだね。おめでとう。とっても美人になってたら気づくの遅れてごめんね」
…覚えていないだろうと、思ってた。
優しい青空は変わらず私を映している。
トクトクと心臓の音が響いた。
「…どうして、ありがとうって言ったの?」
口から零れた言葉は先程の言葉を馬鹿みたいにリピートするしかなくて。
でもその言葉に彼は答えてくれた。
「そのままの意味だよ」
「そのまま…」
「確かに君は訓練も受けたことにない子供だったし、大人に…3人の夜盗に立ち向かうのは無謀としかいえない行動だったかもしれない。でも君は君の行動で色々なものを救ってみせた」
「孤児院の子を?」
確かに私が動かなければ夜盗に見つかり何人か殺されたり売られたりしたかもしれない。でも、目の前の彼には孤児院の知り合いなんていないだろう。職員が礼を言うならまだしも。
「孤児院の子を救ったね。それに、経営者である院長さんもだ。子供を殺されたとなれば罪となるんだ。この国は今人手不足だから…殺した人も勿論罪になる。だから、その人達も救われたんだよ。そして生きる為に行動してくれた、君に」
生きる為に。
違う。私は生きていようが死んでいようが構わなかった。だって私はこの世界の人間じゃない。地球で、日本で生まれて死んで、生きて死んだ。
だからこの世界に絶望したんだ。
なのに、
「生きてくれて、ありがとう」
ただこの世界に生きていることに。
リセットされてしまった私の人生に。
一言、『この世界にいてもいいんだよ』と言われた気がして。
ようやくこの世界は私の世界となった。
それからは周りをよく見るようになった。ボンヤリとしていた私がテキパキと物事を把握し声をかけてくるのは別人かと思われるほど不気味がられた。
でも気にしない。彼に会って世界が変わったんだから。
彼はサミエルド=メイラーンという名前で、なんと私の19も年が離れていた。えらい童顔だ。5つぐらい上かなーと思ってた。
草花や自然が好きで、その好きの延長でと薬草を育てていた所スカウトされ薬学を学び優秀だと国に引き抜かれたそうだ。
お人よしでよく面倒ごとを押し付けられる。でも真面目で決めたことは曲げない。いつも黒の大きなフードを被っていて、なんでかと尋ねれば薬品の匂いがつくのが嫌だからと返ってきた。
でも多分違うかなと思ってる。彼はすぐ顔に出るから、お貴族様の相手をする時咄嗟に顔を隠す為じゃないかな。この国はとても腐っていて、貴族なんて本当に酷いものだから。人を道具としか思っていない相手に、優しい彼はよく顔を歪ませているのを私は知っていた。でも王城に薬室長ともなれば部屋があるし、貴族を無視することも出来ない。
彼の指は骨ばっていて男らしい。そして指先だけ少し色が違う。長年薬草や薬品を扱ってきたせいだろう。クルクルとした天然パーマの髪、気にしているね。私は好きだけど。
たまに城下に行って子供の検診とか市民の問診とか無料でしてあげてるの知ってる。フードの内側にいつも飴玉忍ばせてるよね。子供に内緒だよって配ってる。私もたまに貰う。
私が声をかけるとちゃんと体ごと振り返って少し屈んでくれる。真っ直ぐ見てくる穏やかな青空に心臓の音がトクトク聞こえた。
好きにならないはずがない。もしかしたら、最初に会った時からもう好きだったのかもしれない。
そして近くにいれば色々な姿を見せてくれる。初めて私が好きだと告白したのは13歳の頃。ようやく固まった表情も動かせるようになって笑顔で伝えれば、彼の顔は真っ赤に染まった。天使か。
あまりの可愛さにキュンキュンしていると「僕とコウちゃんじゃ釣り合わないよ。でも、ありがとう。嬉しいな」と遠まわしに付き合えないと言われた。
付き合おうとは言ってないんだけどな。そりゃ同じ気持ちを返してくれたら嬉しいけど。
そんな高望みはしない。好きだと、私の気持ちを知ってくれればそれでいい。
私の世界はサミエルドから始まったから。
読んでくださりありがとうございます。