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鉄道連絡船 ④

「次に紹介するのは、関釜連絡船と同じく戦火によって消えた稚泊連絡船だね。さて唐突だけど問題。稚泊とは一体どこのことでしょうか?」


 唐突に出された木藤の問題に、桜は首を捻った。


「ええと・・・ごめんなさい。全然わかりません」


「まあ、そっち系に詳しくない人だとピンとこないのが普通だろうね。まず稚泊の稚は北海道の稚内のことだよ」


「じゃあ、泊は?」


「大泊だね」


「大泊ですか?あまり聞かない街の名前ですね」


「そりゃ聞かないはずだよ。この街は実質的に70年以上前に消滅しちゃったから。ああ、別に街がなくなったわけじゃなくて、名前が消えちゃったわけだね。現在はロシア領サハリンのコルサコフだよ」


「そうなんですか?・・・どうしてそんなことに?」


「江田さんはポーツマス条約は知ってる?」


「ええと、確か日露戦争の講和条約でしたよね?」


「そう。1904年から05年に掛けて起きた日本と当時の帝政露西亜の戦争だね。その講和会議で樺太、今でいうサハリンの北緯50度線から南側が日本に割譲されたんだ。北海道の北に浮かぶ巨大な島の樺太は、元々アイヌ人が住んでいて、どこかの国家に帰属している土地じゃなかったんだ。でも、江戸時代の頃から日本と露西亜で領有権争いが起きて、まず明治の初めに日本と当時の露西亜帝国が国境を引きなおして、一旦樺太全土を露西亜領、千島列島を日本領にする樺太・千島交換条約を結んだんだ。だから日本は一度は樺太から手を引いたんだね。でも、さっきも言った通り、日露戦争の講和条約であるポーツマス条約で新たに南樺太が日本側に加わったわけ」


「なるほど」


「で、大泊はその樺太の主要都市の一つだよ。行政の中心たる樺太庁が置かれた豊原、今のユジノサハリンスクに対して、大泊は北海道との鉄道連絡航路の寄港地になったんだ。1923年に航路が開設されたばかりのころは、大泊も稚内も埠頭がなくて、艀による連絡だったけど、大泊は1928、稚内は1938年にそれぞれ鉄道が乗り入れられる埠頭と駅が完成して、名実ともに鉄道連絡船になったんだ」


「へえ・・・でも北海道のさらに北ですか。スゴク寒そうですね」


「そうだね。樺太と北海道の間にある宗谷海峡は冬には結氷、つまり氷が張る時期もあるからね。だからこの航路を走る船には、耐氷構造を備えた船もあったんだ。特に昭和の初めに建造された「亜庭丸」と「宗谷丸」はその代表格だね。ちなみに「宗谷丸」は戦後南極観測船に改造する船の候補となったけど、結局同じ名前の元海軍特務艦の「宗谷」が観測船になってる。両方とも耐氷構造だったから、その候補に挙がったんだ」


「へえ~。同じ名前の船同士でなんて、ナンカ不思議ですね」


「そうだね。で、この航路も関釜航路と同じく、内地と新たに編入した領土を結ぶ鉄道連絡船だったんだ。もちろん、戦争中も内地と樺太を結ぶ重要な航路として運航が続けられた。けど、戦争の被害は終戦間際まで特になかったんだ。「亜庭丸」が1945年の7月に沈められたけど、それは青函航路に派遣中のことだったから。でも、稚泊航路の終わりは唐突にやってきたんだ」


「あ、聞いた覚えがあります。ソ連が攻めて来たんでしたっけ?」


 桜の問に、木藤は深く頷く。


「そう。昭和20年8月8日、中立条約を結んでいたソ連が突如として日本に宣戦布告して、日本領内へと流れ込んだんだ。もちろん、国境を接していた南樺太にもね。ソ連は中立、つまり日本とは戦わないって約束していたけど、裏では同じ連合国陣営のアメリカと密約を結んで、ドイツ降伏の3カ月後に日本に宣戦布告することを取り交わしていたんだ。でも日本はそんなこと知らなかったから、ソ連の宣戦布告はまさに寝耳に水の出来事だったんだね。で、この火事場泥棒的なソ連の参戦で南樺太も千島もソ連に占領されて今に至るけど、それ自体は今回のことと関わらないからパスね」


「うわ~。でもそうなると、樺太が占領されちゃったから稚泊航路は・・・」


「もちろん自然消滅だよ・・・それから、このソ連の参戦で稚泊航路に属していた「宗谷丸」は無事だったけど、船に関して言うと三船受難事件て言う悲劇も起きたんだ」


「何ですかそれ?」


「昭和20年8月22日に、樺太から脱出した避難民を乗せた「小笠原丸」に「第二新興丸」「泰東丸」が相次いで国籍不明の潜水艦の魚雷攻撃や砲撃を受けて、「小笠原丸」と「泰東丸」が沈没、「第二新興丸」が大破して、女子供含む1700名以上の乗員乗客が死亡した事件だよ。攻撃してきた潜水艦は白旗を掲げて停止した船に容赦なく砲撃を加えてきたとされてるよ」


「ヒドイ!」


「ただこの襲撃を行ったとされるソ連の潜水艦L19も、この翌日に日本側が設置していた機雷を踏んで轟沈したから、関釜連絡船を襲った米潜水艦の「ワフー」と同じく、因果応報の結果になったね」


「・・・つくづく戦争って嫌ですね」


「そりゃ人殺しと破壊の極致だからね・・・結局稚泊航路は自然消滅し、「宗谷丸」も戦後退役して解体。今稚泊航路を伝えるものは、稚内港にあった連絡船横付け用の埠頭の一部と記念碑だけだね。ただ最近シベリア鉄道をサハリン経由で北海道まで繋げようっていう話もあるから、もしかしたらら何十年も掛かるかもしれないけど、また宗谷海峡を結ぶ鉄路ができるかもしれないね」


「それは、夢がありますね」


「そうだね。それじゃあ次は、現在に至るも多くのエピソードと栄光に包まれた青函航路について説明しようか」


 木藤はお茶を口にして喉を潤すと、次の話へと移った。


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