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近鉄名古屋線①

以前二次創作として書いた作品をモデルにした鉄道雑学系の小説です。もしかしたら日常で役立つかもしれない鉄道やミリタリーの知識を、二人の登場人物を通して見ていきます。


なお作者は手持ちの資料やネットなどで調査した内容を書いていますが、間違いなどがありましたら御指摘の方お願いいたします。

「鉄道研究部はここで活動してるのか・・・やっぱりオタクな人なのかな?」


 今年この学校の中学1年生となった江田桜は、鉄道研究部が活動している社会科室へとやってきた。


「確か高1の男子が一人だけ・・・名前だけでもいいのかな?」


 桜は別に鉄道オタクとか、鉄道に興味があるというわけではない。この学校では、入学後何かしらの部活動に入らなければならないという校則があった。


 しかし、桜は人づきあいが苦手である。勉強も体力も平均点はあるのだが、とにかく不特定な人と付き合うのがどうも苦手なのだ。出来れば部活など入りたくないが、校則では仕方がない。


 そこで、出来るだけ人のいない、なおかつ活動してなさそうな部活を探してみた。そして見つけたのが、現在部員1人で廃部寸前のこの部活だった。


 校則では文系の部活は最低二人の部員が必要だ。だから、自分が入ればこの部活は廃部を免れる。


 名義貸しだけでも、相手にとっては嬉しいはず。


「失礼します」


 いろいろと打算しつつ、桜は扉を開けた。


「はい?」


 中に入ると、そこには一人の高校の高校生がいた。眼鏡を掛けた小柄な、平凡そうな男子だった。声の感じからして、怖そうではなかった。気が弱く、人づきあいが苦手な桜としては、少しばかり安心できる材料だ。


「あの、ここ鉄道研究部でいいですか?」


「そうだけど・・・もしかして、入部希望?」


「えと・・・はい」


「・・・鉄道に興味とかあるの?」


「え、いや、あの・・・興味はないです。ただ、どんな部活かな~て」


 桜は当たり障りのない答えを返す。すると、男子生徒は自嘲気味に言う。


「女の子が楽しめるような部活じゃないことだけは確かだね。去年までは先輩たちもいて、時々外に出かけたりもしたけど、今はそんなことないから」


「あの、もう一人入れば部が存続するって聞いたんですけど?」


「まあ、そうだけど・・・入ってくれるの?」


「名前だけでも良ければ」


「・・・ま、いないよりマシかな。ありがとう。入部届預かってもいいかな?」


「あ、はい」


 桜は名前だけの部員に慣れそうなことに、安堵しつつ、入部届を出す。そして、椅子に座ると必要事項を記入する。


「じゃあ、お願いします」


「うん・・・江田桜さん。確かに受領したよ。あ、言い忘れてたけど。部長の木藤伸きどうのびるだよ」


「はい。名前だけですが、よろしくお願いします」


 桜は入部届を出したら、さっさと帰ろうと思っていた。しかし、彼女の目に机の上に転がる本が目に入る。


「一応新入部員が来てくれるかもって思ってね。鉄道に関する話なんかを出来るように、用意したんだよ。今度勧誘のための講演もやるし。その勉強と宣伝も兼ねてるけど」


「そうだったんですか・・・ごめんなさい」


「いいよ。別に」


「・・・講演って、どんな話をするんですか?」


 桜はそんなことを何気なく聞いてみた。さすがに、このまま何もせず帰ってしまうことに、ちょっとばかり罪悪を感じたからだ。


 しかし、時に何気ない行動がその後の人生を大きく変えることもある。


「講演で話すのは、近鉄名古屋線についてだよ」


「近鉄名古屋線?」


「そう」


 木藤は地図を出して指し示す。


「近鉄名古屋線は愛知県の近鉄名古屋から、三重県の伊勢中川までを結ぶ78,8kmの路線のことだよ。さらに言うと、近鉄と言うのは近畿日本鉄道と言う日本で一番長い路線を持つ私鉄なんだ。特急列車が有名で・・・豪華特急の「しまかぜ」や、名阪特急の「アーバンライナー」が特に有名だね」


 木藤が「しまかぜ」や「アーバンライナー」の写真を見せる。自分で撮ったもののようだが、良く撮れていて格好いい。


「近鉄は大阪・京都・奈良・三重・愛知の二府三県に路線網を持つ大手私鉄で、鉄道以外にもバスやホテルなどを多角経営している日本の私鉄の典型的な会社だね。国鉄から分割されたJR九州が民営化直後お手本にしたと言われているんだ」


「へえ~」


「で、話を近鉄名古屋線に戻すね。この近鉄名古屋線、実は歴史がかなり複雑でおもしろいんだ」


「どういうことですか?」


 最初は立っていた桜は、話を聞くために椅子に座る。


「この名古屋線の前身を辿ると、三重県の桑名から伊勢神宮直近の大神宮前までを開通させた伊勢鉄道、電化後は伊勢電気鉄道に始まるんだ。ただしこの伊勢電の区間で現在名古屋線になっているのは桑名から途中の江戸橋までの区間で、それ以外の路線は参宮急行電鉄と関西急行鉄道が開通させた路線なんだ」


「どういうことですか?」


 いきなり聞いたこともない鉄道会社や地名を連発されても、桜にはわからない。そこで木藤は地図を出す。古い路線図と現在の路線図だ。


「ごめんごめん。わかりにくかったね。これが伊勢電の路線図で、こっちが参急の路線図ね」


 桜が見ると、伊勢電は三重県の桑名から県庁所在地の津、新松坂を経由して伊勢神宮に近い大神宮前と言う路線だったことがわかる。一方参宮急行は津からより内陸部を、伊勢中川、松坂を経由して宇治山田までの路線となっている。並行する形で二つの路線は走っていた。


「参宮急行は、現在の近鉄の源流となる大阪電気軌道の姉妹会社で、大阪電気軌道ていうのは奈良と大阪を結んだ鉄道なんだ。大軌は伊勢と名古屋方面への延長を考えて、姉妹会社の参宮急行を設立した。そして、奈良の桜井を経由して伊勢中川を分岐駅にして伊勢と、名古屋の二方面への延伸を企てた。このうち伊勢方面の路線は、現在の近鉄大阪線と山田線に当たる路線だね。一方名古屋方面へも伊勢中川から津を経由する路線で建設を進めたんだ」


「そうなると、さっきの伊勢電と競争になりますよね?この津からお伊勢さんの間で」


「その通り。参急が伊勢市駅、そして伊勢電が大神宮前駅に乗り入れたのはともに昭和5年で、両社は三重県内で国鉄の参宮線を交えて、お伊勢参りのための路線として競争することとなった。そして名古屋方面への延長の野心を持ったのも一緒だね。しかしながら、この競争で伊勢電は大きなハンデを負っていたんだ」


「ハンデ?」


「さっきも少し言ったけど、伊勢電は三重県の桑名から伊勢神宮までの路線。対して、国鉄も参宮急行もそれぞれより遠方の名古屋や大阪と直に路線が通じていたんだ。つまり、伊勢電は三重県内でしか集客が期待できなかったのに対して、他の2社はより遠方の、しかも大都市からの乗客を期待できたんだ。それが伊勢電にはできなかった。そもそも伊勢電は三重県の会社だから、国が運営する国鉄と大阪に本社を置く近鉄とは比べ物にならなかっただろうけどね」


「伊勢電は大都市からのお客さんを呼び込もうとしなかったんですか?」


「さっきも言った通り、名古屋への路線延長を図ったんだけど、名古屋よりも先に桑名から神宮への路線を開通させたから、経営が悪化しちゃったんだな。これがもし名古屋へ先に路線を伸ばした後、順繰りに伊勢神宮へ向かっていれば、違う結果になったかもしれないね。桑名は三重でも有数の都市とは言え、名古屋とは比べ物にならないほど小さな街だから」


 桜も名古屋と桑名の地名くらい聞き覚えがあったが、確かに名古屋は大都市と言うイメージだが、桑名は三重の街の一つとしか知らない。


「それで、伊勢電は大丈夫だったんですか?」


「大丈夫じゃないよ。結局経営に行き詰って、最終的には競争していたライバルの参宮急行に買収されちゃったんだ。そして、伊勢電が得ていた名古屋への延長免許も、参宮急行が設立した姉妹会社の関西急行電鉄に移ったんだ」


「じゃあ、名古屋に入ったのは?」


「最終的に関西急行電鉄、つまりは参急と大軌だね。昭和13年のことだよ。それも元々伊勢電が持っていた免許を使ってね」


「皮肉ですね」


 ライバルに買収され、自分が得ていた免許を利用されて野望を成就されたのだから、皮肉以外の何物でもなかった。


「まあ、伊勢電の経営がいけなかったのもあるけど。伊勢神宮への延長って言う目先のことに目を向けすぎて、安定的な経営を後回しにしたのは大きい。結局それで会社も線路も失ったんだし」


「それで、伊勢電が持っていた線路はどうなちゃったんですか?」


 いつの間にか、桜は話に引き込まれていた。


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