ストップ ザ ロック
台所で食器を洗っていた彼女が、急に叫んだ。
「その喧しい音楽を止めて!」
そして、二人で選んだお気に入りのパスタ用の皿を、床に叩きつけて割った。僕は突然の出来事に呆気に取られてポカンと口を開けてしまった。
一体どうしたことだろう?突然怒り出した彼女。涙をぼろぼろ流しながら、自分の部屋にこもってしまった。
「一体何があったんだい?」僕は戸越に彼女に、出来るだけ優しく語りかけた。
「全部、あなたが悪いのよ!」彼女はそう言ったきり沈黙してしまった。
状況が全くわからない僕は、タバコを吸おうとした。しかし、タバコを切らしてたことを思い出した。次第に僕までイライラして混乱してきた。
小銭を握りしめて、近所のコンビにまでサンダルを履いて出かけた。
「セブンスターひとつ下さい」
「・・・・。」店員は沈黙した。
「あのセブンスターを・・・」
「あなたに売れるものは当店にはありません!」
「え?・・・」
「だって、あなたが悪いんだもの」店員はキッパリとした口調で言った。
視線を感じて振り返ると、店内の客や他の店員の誰もが、僕をにらむように見ていた。
僕は状況がわからず、混乱したまま店を出た。
「お前が悪いんじゃ!」
杖を突いた老人が吐き捨てるように僕に向かって叫んだ。
「あんたが悪いんだよ!」
学校帰りの小学生たちが、少し離れたところから僕に向かって叫ぶと走って逃げていった。
見渡すと誰もが僕をにらんでいる。婦人たちはお互いに何かを耳打ちしながら言い合っている。
やがて、どこからか警官が遠くからやってくるのが見えた。きっと警官なら、この事態を何とかしてくれるだろうと、哀願するように見つめていたら、警官はおもむろに腰に下げた拳銃に手をやろうとしていた。
僕はもうだめだ・・・!
一体僕が何をしたというんだ?!
僕は必死に走り出した!警官が追ってくる。銃声も数発聞こえてきた。僕はこのままでは、理由もわからず殺されてしまう。路地を駆け抜け、大きな通りへ飛び出したところに・・・
トラックが突っ込んできて僕は跳ねられた。
・・・と、体をビクッと、すくめて目を開けると、それは夢だった。台所では彼女が何事もなかったかのように食器を洗い続けていた。ステレオからは相変わらず、ガンガンのロックが流れていた。
僕はソファから転げ落ちるようにして、ステレオのスイッチを切った。部屋は穏やかな午後の静かなときを刻むように静まり返った。
「全部、僕が悪かったよ・・・。」
「どうしたの? 急に」彼女はクスクスと笑った。
「いや・・・ただ、僕がしてきたことが悪かったって思ったんだよ」
「あら、何か悪いことでもしたの?」
「うん・・・。君が嫌いなロックをかけてた」
「うふふ、そんなのいつものことじゃない。今更どうしたのよ。でも、まぁいいわ。よくわからないけれど許してあげる」彼女は笑いながら、子供をあやすように僕のおでこをそっと撫ぜた。
「よかった・・・。」僕は何だかホッとして胸を撫ぜ下ろすと、彼女が入れてくれたコーヒーを飲んだ。
不意にチャイムが鳴った。
「あら?誰かしら」
「僕が出るよ」僕は彼女に微笑むと玄関を開けた。
するとそこには、さっきの警官が拳銃を構えて立っていた・・・。