悪役令嬢なんていなかった
リハビリで書いた
俺はアルフォンス・フェンリード。転生者である。
転生したといっても俺は別に特別な人間じゃないと思っている。というかそもそも転生の原因とかわからん。どっかのお話であるように神様にあったわけでもないし気づいたらこうなっていた。
それに前世の俺は言うなれば普通の人間であった。中流家庭で生まれ育ち友人はそこそこいて特に目標はないけど憧れはあって劇的な世界よりもいつも通りの明日を望んでいるただの一市民であったのだ。
そんな俺はある日事故であっさりと死に―――そしてアルフォンス・フェンリードとして生まれ変わったのだ。
しかも生まれ変わっただけでもびっくりなのに俺が再び生まれたのは前世とは違う国、いや世界だった。
聞いたこともない名前の国のトップには王様がいてその下に貴族と呼ばれる特権階級がいる地球で言うところの中世ヨーロッパみたいな時代背景。それでありながら衛生面はそれなりにしっかりしてるし食文化も発展しているそんな奇妙な世界。まあご飯が美味しいのはうれしい。日本人はご飯が不味いと死ぬからね。
それに実際の中世ヨーロッパみたいにギスドロしてないみたいだしこれが優しい世界というやつに違いない。
でも正直なところ俺は最初自分になにが起こったのか理解できなかった。理解する以前に恐怖しかなかった。
小さくなった己の身体、俺を覗き込み自分達が親だと言う明らかに外国人チックな男女、赤子である自分にさえ丁寧に接するメイドや執事たち。
それまでの人生とはまったく違う扱い、そして環境に困惑し怯えた。
でもそんな俺にこの世界の両親はたくさんの愛情を注いでくれた。
使用人たちは何もわからないからいろんなことを知りたがる俺に嫌な顔をせずにたくさんのことを教えてくれた。
そして5歳になる頃には弟が生まれて初めて安心した。
――なんだ、俺がいた世界と変わりはしないじゃないか。
そう全部受け入れるには五年もかかったけどそれからはこの世界の住民の一人として、そしてフェンリード家の長男としての自覚も芽生えてすくすくと育っていった。
そんな俺の生活が一変したのは10歳になったときのことだ。
そう、あれは10歳になったのを機に従妹に会いに行こうと両親が言ったのがきっかけだった。
父の妹―つまり俺の叔母にあたる人だけど他家に嫁いでからも父と仲が良好で普段から頻繁に手紙のやり取りをしていたらしい。
そんな父と叔母さんだが手紙の話題がお互いの子供自慢になると熱が入り一月に一、二回だったやり取りが手紙が着き次第返事を出すというところまで激化した。
そんなにやり取りされたらさすがに手紙代もバカにならないとお互いのパートナーに怒られそれならいっそと直接会うことになったらしい。
そんなわけで今俺は叔母さんが嫁いだリーンベル家にいる。父さんと母さんも一緒だ。なお弟はまだちっちゃいから留守番である。
リーンベル夫妻は優しいという概念が服を着て歩いているような人たちだった。意味わからんと思うがほんとそんな感じなのだ。
初対面の俺にめっちゃ笑顔で「よく来たね!」って言いながらがしがし頭を撫でてきたし。貴族にお決まりの腹の探り合いはどうしたんや。いや子供相手にそんなんするのもおかしいけども。
それはともかく俺の従妹とやらはどこだろう。一応今回の訪問の目的は俺とその子の顔合わせなんだがこの場に子供は俺しかいない。
というかさっきから騒がしくない?この部屋じゃなくてあっちの扉の向こう側が。
うん、なんか嫌ってほどでもないけど良くない予感がする。こういうときの勘って当たるんだ。悲しいことに。
その瞬間、フラグを回収するかのように勢いよく扉が開かれた。回収早いっすね。
「おとうさま! わたくしのいとこというのはどなたですの? もうまちくたびれましたわ!」
「エリシア、目一杯おめかししてこら来なさいと言ったじゃないか。 可愛いお前がもっと可愛くなるのをお父さんたちは見たかったんだが」
「だってはやくいとこっていうのをみたかったんですもの! あとおかあさまのよういしたおようふくはおもいからいやですわ!」
扉の向こうで使用人なあわあわしているのを見るに抑えきれなかったのだろう。だいぶアクティブな娘だなおい。
まあとりあえずは挨拶だ。相手が子供でも大人でも関係ない。すべての関係は挨拶から始まるのだ。
「はじめまして、僕はアルフォンス・フェンリードだ」
「あら、あなたがわたくしのいとこですのね。 エリシア・リーンベルですわ。 よろしくしてあげますわよ」
ちなみに一人称だけどこの歳で俺俺いうのもなんかなー、と思ったので僕っこである。正直慣れないから後で止めよう。あと地味に上から目線だなこの娘。
自己紹介が終わると大人は大人同士のお喋りを始め子供は子供同士でという流れで俺とエリシアは別室で過ごすことになった。
はっはっは、子供同士だからって初対面で二人きりってどーなん?使用人はいるみたいだけど彼らは空気みたいなものだからね。ちくしょう。
さて、このエリシア・リーンベル。今年で9歳になった彼女は見た目はまるで人形のようにとても可愛らしいのだが甘やかされて育ったせいか大層わがままであった。
なぜかと言えば彼女の両親はエリシアを溺愛していて彼女がわがままを言えばそれを叶えてしまい、悪いことをしても娘可愛さに強く叱りきれなかったのが原因だ。
とはいえ俺は中身は一応大人。最初はエリシアがわがままを言っても苦笑する程度で流したりしていたのだがわがままがエスカレートしていくにつれドン引きし、更には使用人に物を投げつけたあたりで思った。
こいつ駄目なやつやん。これほっといたら将来的にいろいろ疎まれるに違いない。
ぶっちゃけると自分の目の届かないところで勝手に破滅するならスルー安定だが悲しいかな従妹である。
さすがに目の届くところで破滅されるのは嫌だ。そんでもってこのまま好きに生きさせていればエリシアは10年もしないうちにひどい目に逢うだろうきっと。
なので彼女を叱った。たいして歳の変わらない子供がなにやってんだと思うかもしれないけどたった一年だけだけど俺はお兄ちゃんなのだ。
そういうわけで俺は自分が両親から教わったことを必死にエリシアに伝えた。
貴族として、上に立つものとして威張っているだけでは、権力を振りかざすだけでは駄目なのだと。
できるだけわかりやすく説明したつもりだが相手は子供。そんなこと言ってもわかってくれることのほうが少ない。それはわかっていたのだが……。
「な、なんでわたくしがそんなこと気にしなくちゃなりませんの?」
そう言われた時俺は決意した。
このアルフォンスにはこの国の貴族のあり方などわからぬ。だが今のエリシアの言葉は周囲だけでなく将来彼女自身の身を滅ぼす毒が含まれていることだけは理解できていた―――みたいな感じでエリシアをなんとかせなあかん的な使命感に駆られた。
と、同時にその言葉につい怒った。というかキレた。今の身体に引っ張られて精神年齢が下がっていたのが主な原因である。まあそんなわけで注意は何時しか言い争いになっていたのだ。
そんでもってそんなことをしてれば使用人が俺達の両親を呼んでくるわけでして。
俺とエリシアが言い争いというか口喧嘩している様子にはエリシアの両親はもちろん俺の両親も大層驚いていたらしい。
理由はきっと今まで声を荒らげることなどほとんどなかった息子が激しく言い争っているのに驚いたんだろう、と思っていたけど実際には微妙に違った。
後日両親に聞いたところ、どうしたんだろうという気持ち半分、うちの息子おとなしいと思ってたけどあんなに元気に声出せるんじゃんやったねという気持ち半分であったらしい。
うちも大概親バカだね。……弟がわがままになりすぎないように気を付けよう。
それはともかくエリシアと言い争いというか口喧嘩をしていた俺はリーンベル夫妻に気づくとエリシアをデコピンで黙らせ彼らに駆け寄った。
「お宅の娘さん倫理観ガバガバじゃないか! 教育とかどうなってるの!? というかしてるの!?」
話変わるがこの国では成人と認められるのは16歳と早い、がそれでも10歳はまだ子供である。
そんな子供がよくわからない表現だったとはいえ教育を語る。これにはリーンベル夫妻呆然であったに違いないというか呆然としてた。
まあ十歳児がいう言葉じゃないよね。気を付けないと。今更だけども。
それはさておきこのわがまま娘を放置なんてできやしない。
「きっとこのままじゃ酷いことになるだろうから僕が見ていてあげる。 エリシアがやっちゃいけないことしたらそんなの駄目って言ってあげるよ」
そう言うとリーンベル夫妻は悩んだようだった。ちなみに俺は勢いに任せて言い切った直後に正気に戻ってなに言ってんだ俺と頭を抱えてた。
しばらく悩んでいたのだが結局娘を甘やかし過ぎていたことは自覚していたようでリーンベル夫妻は俺の提案を受け入れたのであった。やっちまった感がある。
それからというもの俺とエリシアは会うことが多くなった。具体的にいうと3日に一回ぐらいのペースで会うようになった。
それで二人で会って何をするのかといえばだが特には決まっていなかった。
ある日はお喋りをして過ごし、またある日はおやつを食べたりするだけだったりするのがほとんどで勉強はたまにする程度だ。
もちろんエリシアが度の過ぎたわがままを言えばそれを叱る。時には、いや割と手も出たりした。
途中で手でぶっ叩くのは流石にまずいと思ってこの世界初のハリセンを作ってみたりしたが教育に痛みが伴う方針だけは変えなかった。多少痛くなきゃ覚えないのだ。
そんなエリシアだが意外なことに俺に会うことを嫌がっていなかったらしい。むしろ叔母さんの話ではいつも会える日を楽しみにしているみたいだ。一人っ子だし人との交流に飢えているのかもしれないな。
そういうわけで始まった俺とエリシアの関係は途切れることなく何年も続いて行くことになった。それに関しては不満などまったくない。
でもこの時の俺はまだ知らなかった。
この世界が前世に存在していたとあるゲームにそっくりであること。そしてゲームでのエリシアの役割は悪役令嬢であることに。
初めてエリシアに会ってから数年が経った。たった数年のことだが密度はとても濃かったように思える。
この数年でエリシアの性格はかなり改善された。昔のように使用人に八つ当たりすることはなくなったしわがままもかなり減った。
あった当初は偉そうな態度が鼻についたが今では必要以上に偉ぶらずそれでいて卑屈さもないちょうどいい感じに落ち着いた。
それに昔はどちらかというと屋敷の中に籠りがちだったのだが今では――
「いい天気ですわーーー!」
と、こんな感じで朝から庭に出て太陽光を全身に浴びながら叫ぶようになりました。身体も丈夫になっているに違いない。
まあそのかわり少々アホの娘になってしまった気もするが。……頭叩きすぎたかな?
しかも両親や使用人にわがままを言うことは少なくなったのだがどういうわけか俺には遠慮なくわがままを言ってくる。どういうことだ。
まあその度にハリセンが振るわれるのだが……ん?もしかしたらこれ悪循環というやつかもしれない。
それはともかくである。
俺はこのたび学校に通うこととなった。学校に行くのは実に15年ぶりである。
この国では貴族は15歳から三年間学校に通うことが義務付けられているのだ。目的はたぶん貴族同士の交流の一環だろう。
なにせ貴族間の交流はそう多いものではない。月に何回かある社交界以外では余程家同士で仲が良いか兄弟姉妹の誰かと婚姻していなければ会うことはないのだ。なお俺とエリシアは例外中の例外である。
本格的に社交界デビューする前に子供だけで顔合わせをしておく意味合いもあるのだろう。よくは知らないけど。
そんなわけで始まった学校生活の最初の一年は特に問題らしい問題も起こらぬまま過ぎていった。家柄とか関係なく友達もできたし勉強のほうも順調。ハリセンも使われることなく埃を被った。
いや実際にはなんか騒動があったらしいのだが蚊帳の外だったのでスルーした。わざわざ首突っ込むとか嫌ですし。俺は可能な限りのんびり平和に生きたい。
しかしのんびりした学園生活もここまでだろう。なにせ今年は学園にエリシアも入学したのだ。
一年の頃は学業が忙しく家に帰ることも少なかったし、帰っても家族と過ごしていたのでほとんど会う機会がなかった。その間にわがままに戻っていないか心配だったが杞憂で済んで良かった。
ちなみに俺とエリシアの再会シーンはどんな感じだったかというと
「ひさしぶりですわお兄さま! ひさしぶりの再会を祝してわたくしの頭をなでなでする権利を差し上げますわ!」
「そう。 なら受け取ろう」
エリシアの頭をガッと掴む。どうみてもなでなでするのではなく頭をわしづかみにしているだけである。
「お、お兄さま!? 違いますわ! これはなでなでじゃありませんわ! 少なくともわたくしの想定したなでなでではありませんわ!」
「大丈夫だよ。 人間の頭蓋骨はとっても丈夫なんだ」
「突然なんの話を……あれ? 掴む力強くなってきてません? えっ、ちょ、離して! 離してくださいですのー!」
と、こんな感じだった。
いや、なんかいきなりどや顔してきたからつい……。
……うん、まあそんなことがあったが大体平常運転であった。なにも問題はない。いいね?
そんなある日のことである。
「お兄さま! ストーカーですわストーカー!」
「朝からどうしたの? あとストーカーストーカーって連呼しない」
「はい、お兄さま! 追跡者ですわ!」
「そういう意味ではない」
話を聞くとどうも何日か前から誰かがエリシアの様子を伺っているらしい。視線に気づかれるとかどんだけガン見してるんだろう。
それはともかく、エリシアの態度からしてそこまで悩んでいる訳ではなさそう。困っているというより気になるのだろう。まあストーキングなんてされたら誰だって気になる。俺だって気になる。
実害は無いようだけどこのまま放置もなぁ……何かあっても嫌だし可愛い……かわ、いい?妹分のためだ。一肌脱ぐとしよう。
というわけで誘きだし作戦および捕獲作戦を実行することにした。
作戦の中身は簡単。エリシアには普通に過ごしてもらって周囲に怪しい人物が現れれば俺が捕まえるだけのシンプルな作戦だ。シンプルイズベスト。
問題はそのストーカーとやらが何時来るかだけど、まあ気長に待つとしよう。
それから数日後、結果から言うと作戦は成功した。
そのストーカーの名前はミリナ・タリステル。エリシアと同じく今年入学したばかりの一年生の女の子だ。
うん、ここまではいいんだけど……なんと驚くことに彼女も転生者なのだという。転生なんて体験したの俺だけかと思っていたけどほかにもいたんだな。
どうしてそんなとこまで聞き出せたかなんだけど発端は彼女を捕まえようとしたところまで遡る。
作戦の通りエリシアを囮にする感じで怪しい人物が来るのを待っていた時のことだ。
エリシアをじっと見つめる少女を見つけた。まあ彼女がミリナだったのだが怪しさ満載だったのでとりあえず話を聞いてみようとして声をかけたんだけど逃げようとしたのだ。
流石に逃がすのはいかんと思って咄嗟に追いかけようとしたんだけど慌てたせいか足がもつれ……その結果、ミリナの目の前、顔すれすれの壁に掌底を叩き込む結果になってしまった。意図せぬ壁ドン(最新版)である。
それでミリナが腰を抜かしたことで逃走不可となりあえなく捕獲、事情聴取となったのだがその際にパニックになったのかミリナが色々と口走り、「あれ? こいつ中身日本人?」となり事情の把握に至る。
「えっと、つまりこの世界はゲームの世界でエリシアはそのゲームの悪役。 だからあんたは様子を見ていたってこと?」
「ええ。 信じられないと思うけど少なくとも私の知識ではその通りよ。 この世界はそのゲームの世界に似すぎているの」
ゲームの世界ねぇ……転生したってだけでもびっくりなのにそこがゲームの世界にそっくりとかどうなっているのやら。
「転生した身としては信じられなくもないけど……エリシアが悪役? うーん、確かに初めて会ったときはわがままが酷いと思ったけど今はそうでもないぞ?」
「その辺の事情は私も知らないから何も言えないけどあなたがいたからじゃない?」
俺が?なんでよ。
「きっと私が知っている彼女はあなたみたいな人がいなかったのよ。 設定じゃ友達もいなかったはずだし」
おおう、まさかかつて感じた予感が的中していたとは。人間の第六感もバカにできないね。
しかし設定か……なんというか、こう心にくるものがあるな。まあその設定とやらぶち壊した時点で気にすることでもないかもだけど。
……むしろ考え方によってはこの世界はゲームの世界じゃなくてよく似た世界という証明にもなる気がする。
「どうしたの?」
「……いや、なんでもない。 世界には不思議なことがあると思ってただけだ」
ほんとにね、と同意するミリナにはわからないだろう。最初からゲームの世界だと知っていた彼女にはこの世界でなんの疑いもなく生きていた者の気持ちは。
だからちょっとだけ意地悪するぐらいはいいよね!
「あ、そうだ。 エリシアにストーカー捕まえたから大丈夫って伝えないと」
「ストっ……!? 待って!待って、ねえ! ストーカーとして伝えるのはやめて!」
「いやでも兄貴分としてエリシアに嘘つきたくないし」
「そこは転生仲間として譲歩して!?」
そういうことでミリナは「エリシアと仲良くしたいけど話しかけられなかった」という体で紹介することになった。
エリシアを前にしたミリナは知識のせいか緊張しているように見えた。実際に会って話すまでは疑念はきえないのだろう。
でもまあエリシアの方は能天気なものである。
「まあ! そういうことでしたら遠慮せずに話しかけてくださればよかったですのに! わたくしってば罪な女ってやつですわー」
正直この娘悪役になれないと思うんだ。ぼっちを拗らせることはあるだろうけど。あと罪な女って使い所間違ってる。
「それはともかく……ミリナさん、あなた平民ですわね?」
と思っていたら突然貴族っぽいこと言い出してめっちゃびっくりした。乙女ゲームなど嗜んだことすらない俺でも知っているようなテンプレのごとき発言だ。
「……そうですが。 それがなにか」
ミリナの表情が固くなった。敵意のようなものも滲み出ているように感じる。
俺の方にもどういうこと?的な視線が飛んでくるが俺に聞かれても困る。
「この学園は本来貴族のみが通うものですわ。 平民であった貴女がいた世界とは違いますの。 ここにいるには相応の振る舞いと品格が必要となるのですわ」
「…何が言いたいんですか」
空気が重くなる。正確にいうならミリナ側の空気が重い。
だけどもこいつはエリシア・リーンベル。優しすぎる両親からの愛情を一身に受けてきた上に歪みそうな部分には幼い頃から俺のハリセンによって(結果的に)矯正されてきた。
そんな彼女が理由もなく他者を侮る真似をするわけがないのだ。
「ですからこのエリシア・リーンベルが貴族の振る舞いというものを徹底指導して差し上げますわ!」
「……へ?」
うん、まあそうだよね。知ってた。
「ご安心なさい、三ヶ月もあれば人前どころかパーティーにだって出ても恥ずかしくないようにしてあげましょう!」
「えと、あの」
「さあ! 善は急げですわ! すぐに始めましょう! お兄さま、そういうことですわ。 また後程!」
「ま、待って……って見かけによらず力強くない!? ねえアルフォンス君!? 待って! この子止めて! 穏やかな笑みを浮かべて手を振らないで!?」
ああ、ミリナがドナドナされていく。でもまあ礼儀作法とかはエリシアの得意分野だし大丈夫だろ。
頑張れミリナ、その試練を乗り越えたら君はもう立派な貴族の一員だ。でも警告するの忘れてごめんね?その娘礼儀作法だけは素でレベル高いんですよ。
たぶん教える相手にも高いレベル要求してくるけど頑張ってほしい。差し入れとか持ってくから。
数ヵ月後、そこには立ち振舞いが貴族のものとなったミリナの姿が!でもそのかわり代償は大きかったらしい。
差し入れ持っていった時も酷かった。死んだ目でお菓子かじっていたときは心が死んだのかと思った。
でもその直後に「逆ハー作るまでは死ねない!」って復活してたから案外余裕なのかもしれない。
エリシアとも仲良くなってたし
それから時が経ち、そろそろ俺も卒業を意識するようになった頃。
とか言っても別に卒業試験とかある訳じゃないし将来も家継ぐぐらいだし就活やらのプレッシャーなんてなかった。しいて言えば弟との関係が心配なぐらいか。ちょっと前に会った時やたらツンケンしてたし。
昔はお兄ちゃんお兄ちゃんと後ろを付いてきて可愛かったのに。あれか、思春期か。
それでこの二年間だが……俺としてはあんまり特別なことは無かったように思う。
ミリナは予定通り攻略対象とやらの男共と交流を深めたらしい。らしいというのは実際にその現場を見たわけではないからだ。
いやだって男に好意持たせようって行動してる人とほかの男が一緒にいるわけにはいかんでしょ。
「邪魔がないと攻略っていうかメンタルケアがすごい楽。 むしろちょろい」とはミリナの言である。かわいい顔してゲスいこと言いなさる。
そんなミリナの愚痴やらを聞きながら恋愛対象からそんな風に思われているのも不憫だなぁと思ったりしていた。
いや実際ちょろいとか言われるの可哀想。各々が抱えていた不安とか悩みをスナック感覚で解決されていくのを見てると……あ、涙が出てきた。
エリシアに至っては通常運転だった。
今まで通り一緒に過ごして騒いで調子に乗りすぎたらハリセンが振るわれて。もはや語るべきこともないありきたりな日常だった。
とはいってもミリナと過ごす時間が増えた分昔ほどべったりではなかったのだが。まあこの話はいいだろう。
結局邪魔者や話をややこしくするライバルとやらがいなかったおかげなのか思春期男子共の悩みは拗れることもなくミリナが言っていたような学園全体に関わる大事件に発展することもなく解決されていった。
それにともない俺の学園生活は平穏なまま穏やかに幕を閉じた。やったぜ。
その裏で作業の如くイベントを消化された男どもの存在があったなんてことはない。あっても知らないことにする。
「あの、お兄さま……」
「ん? どうした?」
珍しいことにエリシアがおずおずと話しかけてきた。いやほんと珍しい。普段はやたらテンション高めだからね。
「そのですわね、わたくしも一年後には卒業しますので……それまで待っていてくださいませんか?」
「うん? 待つってなにを?」
「ええと、色々と…その。 と、とにかく一年は今まで通り過ごしていてくだされば」
やたら言葉をぼかすな。
「その頃には準備も万全になっているはずでしょうし……」
「準備ってことは何かやるの?」
「ええまあ。 わたくしにとって一世一代の大プロジェクトですわね」
うーむ、よくわからんけどまあ、エリシアのことだからきっと悪いことにはならないだろう。
「よくわからないけど待ってればいいんだね?」
「ええ。 きっと…いえ、必ず後悔はさせませんわ」
いつになく自信に溢れた物言いだ。いやよく考えたらエリシアは割りといつでも自信たっぷりだった。
「アルくーん、エリシアー。 そろそろ送別会が始まるわよー。 特にアル君あなた主役の一人でしょー!」
「あ、ミリナさんですわ! 行きましょうお兄さま。 このわたくしがお兄さまの門出を全力で祝わせていただきますわ」
ミリナの元へと走っていくエリシアを見ながら思う。
きっとこれから先どんな未来が待っていようと彼女との縁は決して切れないだろうと。
それも悪くない。少なくとも退屈だけはしないだろうから。
遠くから聞こえるエリシアとミリナの声に耳を傾けながらこれから先もこんな日々が続くことを願って空を見上げるのだった。
あとでおまけで追加の小話でも書こうかな。
後日談的なのも書きたい。