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オッサン雪国から異世界へ  作者: 桜二朗
6/8

オッサン Ⅵ

 ラオフェンはオベールに何かを指示する。そして、自分は急いで部屋に戻ると、細長い筒と鳥の羽が付いた針の様な物を持ち出した。そして、ラプトルタスクの近くの物陰へと移動する。


 オベールが反対側の少し離れた場所から、ラプトルタスクたちの気を引く様に独特な掛け声を出す。次の瞬間に、ラオフェンその構える筒から『プシュッ』という小さな音と共に何かが飛び出す。見るとラプトルタスクの尻には鳥の羽が着いている。針が上手く刺さった証拠だ。ラオフェンは静かに場所を移動し、更にもう二頭へも針を拭いた。二頭の尻の辺りに鳥の羽が見える。命中だ。針の刺さったラプトルタスクたちは次第に落ち着きを取り戻し、端に寄ってゆっくりとその場へ座り込む。その姿を見た従業員たちが胸を撫で下ろす。


 すると最後の一頭が前脚で土を掻き、鼻息を荒くして怒りを露わにする。そして、ラオフェンを目掛けて突進した。ラプトルタスクはそのままの勢いで、ラオフェンが身を隠す木箱に衝突し、辺りにボロボロになった木箱とその破片が飛び散った。


 咄嗟に身をかわしたラオフェンが、舌打ちをしながら別の物陰へと身を隠す。だが、その小さな木箱は身を隠すには不十分な大きさだ。しかも、近くには他に身を隠す場所が無い。


 「ラオフェンさん! 大丈夫ですか!」

 「ああ。なんとかな──」


 心配そうにオベールが声を上げる。先程までのラオフェンが来たならもう大丈夫だという雰囲気から、一転して再び緊迫した空気へと戻る。


 その時、何者かがフラフラとその場へ進み出た。そいつはラプトルタスクに向かって、奇妙な節を付けた口笛を吹きながらゆっくりと近寄る。ポルチだ。オレは目を疑った。さっきまでオレの後にいたポルチが、怒り狂うラプトルタスクへと少しずつ近付いて行く。アイツ気でも狂ったか。


 やがて、ポルチに気付いたラプトルタスクが向き直ると、ポルチはゆっくりと両手を上げて前へ伸ばし、両人差し指を立てると、その手をゆっくりと奇妙な口笛に合わせて動かす。指同士をゆらゆらと揺らして近寄らせて、ゆっくりと離す。それを繰り返しながらラプトルタスクと一定の距離をとってその動きを繰り返す。何故かその不思議な動きに釘付けになった様に、ラプトルタスクは頭を傾げながらその場から動こうとしない。その刹那、『プシュッ』という音と共にラオフェンの拭いた針がラプトルタスクの尻に刺さる。


 しばらく鼻息を荒くしていたラプトルタスクも、次第に落ち着きを取り戻し、大人しくその場に座り込んだ。どうやら沈静効果のある吹き矢が効いた様だ。物陰からラオフェンが姿を現わすと、すぐにオベールがラオフェンの元へ駆け寄る。


 「ラオフェンさん、怪我は無いですか?」

 「ああ。ポルチのお陰で助かったぜ! ポルチありがとうよ!」

 「怪我が無くて良かったっス!」


 オレはポルチのまさかの行動に唖然としながら、何事もなかったかのように落ち着いて座り込むラプトルタスクに近寄る彼を見つめる。優しく鼻さきを撫でているうちに、調子に乗り過ぎてラプトルタスクに尻を甘噛みされて大泣きしていた。やはりコイツはよく解らない。


 ラオフェンが半壊状態の厩舎に近付いて、ラプトルタスクたちが入っていた場所で何かを確認している。オベールも並び立ち一緒に何かを確認している様だ。


 「この餌をやったのは誰だ?」

 「オ、オレたちです──」


 そっくりな見た目の二匹のコボルトがおずおずと前に進み出た。新人のリュメルとモッぺルだ。モッぺルの方は先程の騒ぎで腕を擦りむいたらしく血が滲んでいる。


 「腕は大丈夫か?」

 「はい。かすり傷です」

 「リュメル、モッぺル、お前らこれが何か解るか?」


 そう言ってオベールがラプトルタスクの餌入れから取り出したのは、干し草などに混じった小さな赤茶色の木の実だ。


 「そ、その赤い実に何か問題が?」


 オベールの問い掛けにリュメルが問い掛けで返すと、一瞬、オベールが眉間に皺を寄せ露骨に不機嫌さを露わにする。すると、ラオフェンがオベールの肩にポンッと手を置き話しの続きを買って出る。


 「リュメル、モッぺル、これはクラ―ジュの実だ。餌の一種だが普段は与えてはならない。唯一、レザーデクトの疲労が抜けきらない場合にのみ使用する特殊な餌だ。オレらが口に入れても酷い下痢で済むが、ラプトルタスクにだけは絶対に与える事はない」


 ラオフェンの話を聞いたリュメルとモッぺルの顔に不安が過る。


 「もしかして、さっきの暴走は──」

 「そうだ。これが原因だ」


 リュメルとモッぺルから血の気が引く。ようやく自分たちの仕出かした事の重大さに気付いたからだ。


 「も、申し訳ありません! オレたちそんなの知らなくて──」

「だろうな。解らない事はこれから覚えればいい。オレはそんな事を咎める気は無い」

 「オ、オレたち──」

  

 ラオフェンは何かを探す様に見回すとオベールに尋ねる。


 「ところでコイツらの教育係を任せたブルメンはどこだ?」

 「そう言えば……おい、リュメル、モッぺル、ブルメンはどこだ!」

 「ちょっと前までその辺にいたんですが、食料が何とか言ってオレたちに餌をやっておくように言い残して──」

 「あの野郎、またサボりやがって。最近まったく仕事に身が入ってねえ。今日は流石に勘弁できねえ!」

 「まあ、待てオベール、とりあえず今はここの片付けが先だ」

 「はい。ラオフェンさん」


 ラオフェンたちは手分けをしてボロボロになった厩舎の片付けを始めた。半壊状態の箇所は一度、綺麗に取り外し修理が必要だ。これは見た目以上に時間の掛かる作業になりそうだ。こうなると話を聞くどころではない。成り行きでオレとポルチも作業を手伝う事になった。


 作業はそのまま夜まで掛かり、どうにか一通り片付いたところで、オベールが大量の料理と酒を運んで来た。


 「皆、ご苦労だったな。さあ、一杯やってくれ!」


 その言葉と共に修復された厩舎の前で宴会が始まった。濁酒のような酒と、果実の酸味を感じる酒が大きな壺ごと端に置かれ、中央には様々な料理が並ぶ。流石にラプトルタスクの目の前で、ラプトルタスクの睾丸の網焼きなる料理を食う無神経さはどうかと思うが、どの料理も本当に美味いし酒に良く合う。


 ここは宴会部長の出番とばかりに、オレは四十八の必殺技の一つであるドジョウすくいを披露した。しかし、何を勘違いしたのかラオフェンとオベールたちは、オレの踊りを宗教的な行事の一種だと勘違いしたらしく、神妙な顔つきでじっと見守っていた。こんなにやり難いドジョウすくいは初めてだ。ポルチだけはまったくお構いなしに、バクバクと料理を食い続けて、咽た拍子に鼻から食い物が飛び出していた。やはりコイツだけはよく解らない。


 「今日は悪かったな。お前たちにまで手伝わせてしまって」


 隣に座ったラオフェンが頭を下げる。


 「いえ。ちょうど居合わせたご縁ですし──」

 「そう言ってもらえると助かる。たくさん飲んで食っていってくれ」


 思った通りラオフェンは見た目に寄らず気持ちの良い男だ。ラオフェンに限らずこの世界の住人は、見た目は総じて人間のオレには少し抵抗があるものの、人間以上に人間味がある良いヤツらばかりだ。それなのに、ここでは完全によそ者のオレの方が、彼らを外見で判断していた事に恥ずかしさを感じる。


 「ところで配達の件だが、その時に配達したのが、ブルメンとリュメルとモッぺルの三人だったんだが、ブルメンのヤツは相変わらず戻って来ていないから、良ければリュメルとモッぺルに話してみたらどうだ?」

 「いいですか?」

 「ああ。もちろんだ」


 オレはラオフェンに会釈をすると、食事に異様な集中力を発揮するポルチを引きずって、リュメルとモッぺルの隣へと移動した。


 「こんにちは。リュメルさん、モッぺルさん、隣いいかい?」

 「ええ。もちろんです。どうぞ」


 オレとポルチはリュメルとモッぺルを囲むように両隣に座った。コボルトの年齢は見た目では解り難いが、おそらくこの二人はかなり若い青年期なのだろう。


 「今日はご迷惑をお掛けしました」

 「あれは驚いたよ。でも、怪我も大した事ないみたいだし良かったね」

 「本当にすみませんでした──」

 「その事はいいんだ。それより聞きたい事があるんです」


 口々に謝るリュメルとモッぺルを制して、オレは話しの本題へと入る。ドルデスの店に食材を運んだ際の事だ。


 「ドルデスさんの店──」

 「あ、リュメル、あれじゃないかな!?」 

 「え?」

 「ほら、あの大きな!」


 モッぺルが何かを思い出した様にリュメルの顔を見る。


 「あ! あの荷物か!」

 「大きな荷物?」

 「はい。布に包まれたすごく大きな荷物が一つあったんです。ブルメンさんに言われてドルデスさんの店で降ろしました。中身は絶対に見るなって」

 「何かブルメンさんの様子が不自然だったんで、後で二人で話してたんです。あの中身は何だったのかなって──」


 それだ。間違い無い。


 「その大きな荷物はどこから運んで来たのかな?」

 「山の中を通った時に、途中で寄った洞窟から運び出しました」

 「その洞窟に案内してもらえないだろうか?」

 「ええ。もちろん。ただ、明日は朝から配達がありますし──」

 「なら、今からならどうだろ? 山の中ならそんなに遠くないのでは?」

 「ええ。確かにここからそんなに遠くないです」


 リュメルとモッぺルは顔を見合わせた。


 「どうするモッぺル?」

 「オレたちのせいで遅くなったんだし──」

 「そうだな。サトウさん、ポルチさん、案内させてもらいます!」

 

 ポルチが驚いた顔でオレを見る。


 「え? オイラも行くっスか?」

 「当たり前ですよ。お願いしますよ。

 「いや、でもオイラまだ食休みが──」

 「ドルデスさんのげんこつって硬いんでしょ?」

 「あ、そうだ……行くっス! オイラも行くっスよ!」


 そんなやり取りを済ませたオレたちが、ラオフェンに事情を伝えると店の中からランプを四つ持ち出し、気を付けて行って来いと送り出してくれた。そして、今夜はここに泊れるように寝場所は準備しておくとも言ってくれた。


 そしてオレたちはラオフェンの運送屋を出発した。


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