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オッサン雪国から異世界へ  作者: 桜二朗
4/8

オッサン Ⅳ

 オレはミュルの荷車を押しながら飲食店が立ち並ぶ区域に入った。少し進んだ所でミュルが荷車を通りの端に寄せて停めた。


 「ちょっと待っていてくれ」


 そう言ってミュルは飲食店らしき店に入って行った。ミュルと一緒とは言えこの辺は、できれば早めに立ち去りたい場所だ。オークに料理の材料にされ掛けた悪夢が蘇る。オレが道端で挙動不審気味にミュルの荷車の番をしていると、何者かが背後からオレの背中を突いた。驚いて飛び上がりながら振り向くと、そこには見覚えのあるオークの子供が立っていた。


 「おじさん、昨日はありがとう!」

 「あ、お前!」


 オレがギガタスクルから助けたオークの子供だ。腕の傷は軽傷だったようで、既に治り掛けている。


 「腕の傷、大した事なくて良かったな」

 「おじさんが助けてくれたおかげだよ。ボクの家すぐそこだから寄って行ってよ。お礼にご馳走するから」

 「いいよ。目の前で子供が助けを求めていたら、大人が助けるのは当たり前だからな」


 あの時、ギガタスクルに追いかけられるコイツに、こっちに来るなと心の中で叫んでいたのに、我ながらよくすんなりこんな台詞が出たものだ。


 「わかった。じゃあ、せめて父ちゃんが、お礼だけでも言いたいって。少しだけ寄って行ってよ。お願い。ね?」


 オークの子供はそう言うと、無理やりオレを後ろから押して歩かせた。そんな事を言われてもオレはここで、あの店に入ったミュルを待っていなきゃいけない。ところが、何故かオークの子供はオレをミュルが入ったのと同じ店の方へと進ませる。もしかして──。


 オレがそう思った時ちょうど店からミュルが出て来た。


 「サトウ、店主には儂の方からある程度の説明はしておいた。ここなら住み込みで食事も付いて、1日1000オーロンだ。けっこう繁盛してる店だから忙しいとは思うが、他の店よりも条件はかなり良いはずだ。ここの店主は頑固で口は悪いが面倒見のいいヤツだ。後はお前さんから話してみるといい」


 そうミュルが話すと、後ろの扉からのっそりと店主が姿を現した。ミュルより一回り以上大きな体で、土色の肌に、たるんだ下腹と長い腕、豚のような低い鼻に突き出した二本の牙、左目の横には見覚えのある傷跡がある。淀んだ茶色の瞳がゆっくりとオレを見つめた。


 『コ、コイツ、いや、この方は──』何故だ。あれほど必死に逃げたのに、オレはいつの間にかこのリアル地獄に戻って来てしまったのか。


 そこにいたのは、オレがこの世界に来て最初に料理されそうになった、『マーゲン』と言う名のオークの飯屋の主人だった。


 「ん? お前どごがで──」

 「父ちゃん! この人が昨日、助けてくれた人だよ!」

 「おぉ!」


 突然、オークの店主がもの凄い勢いでオレに近付き、覆いかぶさるようにがしっと両腕を掴まれた。一瞬、死んだかと思った。


 「お前、うぢの倅の事を体をはっで助げでぐれだんだっでな! 本当にありがどうよ!」

 「い、いえ、どういたしまして……」


 近くで見ると更に顔が怖い。それにしても、昨日オレが助けたオークの子供が、まさかこの店主の子供だったとは。これはチャンスかもしれない。この機を逃してはいけない。


 「あの、流石に息子の命の恩人を料理したりしないとかは無いですよね?」

 「お前を料理? 食うって事が?」


 ここぞとばかりに浮かべたオレの作り笑顔は恐怖のあまりぎこちない。そして、オレの話しを聞いたミュルとオークの子供の顔には、解りやすい疑問符が浮び、飯屋の主人の顔には疑問と同時に困惑の表情が浮かんだ。


 「いや、覚えて無いならそれでいいんです。むしろ、その方が──」

 「あぁ! お前、あの時の!」


 オレがそれならそれで、と話をまとめてしまおうとした刹那、オークの店主が何かを思い出したように声を上げた。何と言う間の悪さだ。その声の大きさに思わず身構えたオレは、再び強張る顔の筋肉を無理やり動かして笑顔を浮かべた。


 「パンツ一丁で駆け出した。あの時のヤツだ!」

 「その節はどうも……」

 「お前、大丈夫だったのか? あと後ずいぶん探したんだぞ?」

 「へ?」


 オレを料理しようとしていたオークが、まさかオレの身の心配とか。食材の鮮度が落ちるとかの心配だろうか。とにかくオレだと気付いてもすぐに襲いかかって来る気配は無い。オレはオークの子供を助けた事への思わぬ収穫に、内心で小躍りする思いだった。


 「あの後、修行の旅に出てまして──」

 「一日だけの修行の旅?」

 「そ、そう! そうです。お陰で偶然、息子さんたちの窮地を救う事ができましたよ」

 「おう! そのごどは本当に感謝しでるんだ! ぜひご馳走させでぐれ。さあ、ミュルも入っだ。入っだ」


 店主のオークは店へ入ると大声で何かを指示している。恐らくご馳走の準備を始める気なのだろう。そして、オークの子供がニコニコしながらオレたちを押して店の中へと進ませる。ミュルもそこまで言うならご馳走になろうじゃないかと言う雰囲気だ。オレだけが気が進まなかったが、この友好的な雰囲気を壊して、また食材扱いされるのだけはごめんだ。オレたちはオークの飯屋『マーゲン』へと入った。




 店内は少し薄暗く、まだ準備中だったらしく客の姿は無い。店の内装は木の板がむき出しの簡素な作りで、小さな窓が両端に一つずつ。正面にあるカウンターの奥には、調理場へ続く扉の無い出入り口が一つ見える。


 粗末な木製のテーブルが四つに、椅子がそれぞれ四脚、一番奥に大き目のテーブルが一つあり、そこには椅子が六脚あった。その他にカウンターにも四席が用意されており、店の大きさのわりに席数は多い気がする。ミュルが言う様に繁盛しているのだろう。壁に掛けられた二種類の手書きのメニュー板には、それぞれ『食べ物』と『飲み物』が書かれている。


 「さあ、ごごに座っでくれ!」


 オークの店主はそう言うと、一番奥の大きめのテーブルをドンッと叩いた。オレたちは言われるがままに席に着く。


 「ねえ、ボクの名前はボルス。おじさんの名前は?」


 隣に座ったオークの子供がニコニコしながら自己紹介をする。ずいぶんと懐かれたものだ。反対隣にはミュルが座った。これではいざという言う時に逃げ難いが、その時はボルスを盾にしてやろう。オレはそんな事を考えながら話す。


 「やあ、ボルス。オレは佐藤康成だ。ここでは皆サトウって呼んでくれてる」

 「サトウか。カッコイイ名前だね。この辺では見掛けない種族だね?」

 「オレは人間だ」

 「人間? 聞いた事ないなぁ……」


 そんな事を話しているうちに目の前にはご馳走が運ばれて来た。


 「さあ、どんどん食っでぐれ! とごろで、自己紹介がまだだったな。オレはこごの主人のドルデスだ。よろしぐな!」


 ドルデスはそう言うと大きな手をドスンッとテーブルに置いて笑った。彼には申し訳ないが、笑った顔は更に怖い。


 各自の前には雑穀の入ったスープが置かれ、中央には平らなパンのような物が置かれている。二つの大皿に盛られた肉料理はそれぞれ違う味付けで、あっさり味の方は塩と爽やかなスパイスが効いていて、コッテリ味の方は、醤油と味噌の中間のような味付けに少し辛めのスパイスが効いている。その他にも干し肉と野菜の煮物と、骨付き肉と野菜の煮物料理も運ばれて来た。どうやら、この四品が今日の料理らしい。料理はどれも美味かった。オレは久しぶりのご馳走に満足しながら、ドルデスを交えていろいろな話をした。


 その中には衝撃的な話しもあった。オレが最初にこの店の厨房で料理されそうになったと思った時の事だ。じつはあの時、ドルデスはオレを料理しようとしていた訳ではなかったのだ。料理の途中で包丁を研ぎながら、材料の確認に来たドルデスは、食材の中に埋もれるように横たわるオレを見付けて驚く。


 とりあえず街の保安員に届け出て、オレの事を保護してもらおうと思ったら、突然オレがパンツ一丁で逃走した。ひょっとしたら頭でも打って錯乱しているのかと、慌てて従業員たちと三人で追いかけたが早くて捕まえられなかったらしい。


 「何が申し訳ながっだな──」ドルデスがそう言いながら頭を掻いた。


 なんて事だ。全て勘違いだったのか。あの時はこの国を地獄だと勘違いしていたから、何もかもが恐ろしい物に見えたのも仕方ない。それに実際にドルデスの顔は今見ても怖い。


 「サトウはどこから来たの?」


 ボルスが不思議そうに聞いた。『日本だよ』その答えを聞いた三人が、オレの顔を奇妙なものでも見るかのように覗き込む。無理もない。人間すら知らない者が多い場所で、日本を知っている者がいるとは考え辛い。それはどんな場所なのかと問い掛けるボルスに、人間がたくさん住んでいる場所だとオレは当たり前過ぎる説明をした。


 流石に日本は知らないか。オレは少しがっかりしながら、ヴォーツェルの話を思い出す。ベスティアは辺境の小国だから人間は住んでいないらしい。オレは考えた。しかしそれは、大きな国には人間が住んでいる場所もある、と言う意味ではないのか。そこまで行ければ、元の世界へ帰る方法が解るのではないだろうか。それに、10万オーロンを貯めて、ゲヘルトへ行って祈祷師に占ってもらって、その挙句に『その大国へ行けば他の人間が住んでいるので、そこで聞くと良い』なんて回答だったらどうする。アホくさ過ぎて立ち直れないかもしれない。


 「ミュルさん、ドルデスさん、ちょっと教えて下さい。ベスティアから一番近くにある、人間が住んでいそうな国はどこですか?」

 「ごの辺の国はどごも人間は住んでないな──」

 「うむ……、儂にも住んでいる国までは解らん。相談役なら知ってるかもな」

 「相談役?」


 正直、この二人がまったく知らないという回答は、オレの気持ちをどん底へ突き落とすだけの破壊力があった、ただ、オレがそこまで落ち込まなかったのは、ミュルが『相談役』という新しい希望を与えてくれる単語を発してくれたからだ。


 「ああ。街の相談役だ。とても博識なうえに街に関する様々な情報を知っている」

 「おぉ! たしがに相談役なら知っでるがもな!」


 その相談役に会う事ができれば、どの国に行けば人間に会えるのか解るかもしれない。そして、他の人間に会って聞けば、元の世界に戻れる方法が解るはずだ。オレはどん底から一気に明るい世界へと飛び立つ思いでその話しを聞いていた。


 「サトウは目を覚ました時に、父ちゃんの店にいたんだよね?」

 「ああ。そうだ」

 「何で店にいたのかな?」


 ボルスがオレの顔を見ながら不思議そうに聞いた。そんなのオレが知る訳ないだろ、そんな言葉が喉元まで出掛かった。しかし、それと同時にオレはボルスの問い掛けを心の中で復唱した。何故だ。オレが最初に意識を取り戻した時には、当然、コイツらがオレをここへ連れて来たものだと思っていた。でも、そうじゃなかった。


 「おお! その事ならオレも不思議に思っで、あの後、うぢの従業員たじに聞いてみたんだがよ。何でもあの日は、いづもの配達屋じゃなくで、別のヤヅが来だらしい。運んで来た食料ど一緒にサトウがいだっで事は、そいづらが何か知っでるんじゃねえが?」

 「配達屋?」

 「おお。注文しだ食料を仕入れ先がら運んで来でぐれるのさ」


 あまりの急激な話の進展に、一瞬、目の前が眩むのを感じながらも、オレはこの機を逃してはいけないと思い、必死で話に食らいついた。


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