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 母が私にとってどんな存在かっていうと……それはもう、恨みの対象でしかないわ。


 まず、らぶという名前。ホント、バカ丸出し、ってカンジでしょう? もう、我が母ながら呆れるわ、ってカンジよ。『らぶ』よ? ら・ぶ。


 私がこの名前を付けられたことによって、どれだけ辛い思いをしたのか。母は知らないのでしょうね。いかにもかわいらしい、といったこんな名前で、でも私が着ている服はどれもボロばかりで、ホントみすぼらしかった。みじめだったわ。指差されて、陰口叩かれて。先生が出席をとる時、私の名前を読み上げるたびに、アイツら聞こえよがしにクスクス笑うのよ。私は外からは見えないように、口の中を噛んでこらえたわ。……屈辱だった。生き地獄だった。口の中では、毎朝血の味がしてたは。これは全て、母のせい。私がアイツの元に生まれてきたからなんだって。思ったわ。


 かつて戦争があった時代があった。飢饉で民が苦しんでいた時代があった。今現在でも貧困や、紛争に泣く子ども達がいる。……でも、この現代の日本にあってね。生まれてきた私でも、家庭環境によってこんなに苦しめられるだなんてね。ホント、笑っちゃうくらいの不運よ。なんでだろう……どうして。理不尽だとは思わない? どうしてアンタの元に生まれてきてしまったの? どうして私を産んでしまったの? ……どうして! どうして堕ろしてくれなかったのよ‼︎


 ……普通に考えれば、わかるようなことじゃない? 十八歳でね。子どもを一人産んでね。高校を辞めて。それで家を出て、って。無理でしょう。無茶でしょう。子どものことを考えたら、そんなことできる? 十四歳の私でもわかるわ。そんなの、無理な話なのよ。


 母は自分の今までの境遇を感情たっぷりに私に繰り返し聞かせたわ。悲運のヒロインぶってね。……確かに、同情できなくもない話よ。でも、考えがなさすぎなのよ。無計画にセックスして、まだ一人前の人間にならない内に子どもつくってさ。バカじゃない? しかも、さみしくって私を産んだみたいなこと言うけどさ。……じゃあなに? 私はアンタのさみしさを紛らわすために生まれてきたっての? なにそれ。私は赤ん坊に模したおもちゃじゃないのよ。私は一人の人間なのよ! 無責任すぎるのよ! 自分勝手だわ。ちゃんと普通に育てることができないのなら、赤ちゃんなんて、生命なんて産んではいけないの。私は当事者だからわかるのよ。それって、悲劇よ。悲しみしか産まないわ。


 常にお金が無くって、みんなが持ってるものも私は持ってない。みんなが夏休みに旅行に行ってる時、私は毎日、図書館に通って本を読むしかなかったわ。なにしろ、タダだからね。ランドセルもおさがり。みんなが持ってるようなカッチカチのピッカピカじゃなくってね。ボッロボロのクッニャクニャで恥ずかしいヤツなのよ。もう、小一の途中から背負わなくなった。屈辱でね。でも、持ってないと先生に怒られるから、手に持っていくのよ。せめてもの抵抗だったの。


 色褪せた、クタクタの服ばっかり着てた。母がスナックで働いていることもあって、そんな理由でいじめられたわ。仲間はずれにされて、「クサイ」とか陰口たたかれてね。名前のラブリーさと見た目のギャップも、さぞかしおもしろかったのでしょうね。でも、どうすることもできなかったわ。小学生に子に何ができるっていうの? ……何もないわ。何にもできなかった。ただ、耐えることしか。幸いなことに、ヤツらは暴力的なことはしてこなかった。無視とか、影でコソコソ言うことばっかりでね。だから、私はひたすら本を読んでた。



 ある日、私は図書館で、一冊の本と出会った。「夜明けを待つ」という邦題のついたその海外小説は、私に衝撃を与えたわ。主人公のリリィな貧乏な家に生まれた娘で、いじめられたり、苦しめられながら育つ。でも、彼女は強く信じていた。「いつかきっと、みんなを見返してみせる。自分の力で、幸せを掴んでやる」と。女性差別の強かった時代にあって、彼女は知性と教養を磨きながら成長し、大人物となる……。読んでいた私はどんどんその本に、リリィに惹かれていったわ。私はその本がきっと私の人生を変えるんだと思い、その本を借りずに、盗んだわ。そして、何度も何度も、何度も繰り返し読んだ。きっと私も、リリィのように……。私の中にポジティヴな力が湧いてゆくのを感じた。


 それからというもの、私は勉学に励んだわ。独学であらゆるものを学び、あらゆる本を読んだ。なんらかの資格試験を受けるだとかは、受験料が必要になるから受けなかったけれど。


 だから、きっとこのままじゃ終わらない、って。強く思ってるの。きっと……自分自身の手で。幸せになってやる。掴み取ってやるんだ。

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