呼び出し
「桜井。ちょっと面貸せ」
朝一で、学校に来た桜井に言った。我ながらこんな大胆な行動に出ることになるとは思わなかったが、高校デビューということで許してほしい。遅くなるようであれば、藍野が先生にいろいろとごまかしてくれるらしい。
桜井は少し驚いた顔をしていたが、なんとなく予想の範囲内だったのか、カバンを置くと、立ち上がって黙って俺に後ろについてきた。
そしてやってきたのは西階段の踊り場。L字型になっている名波坂高校は、基本的に玄関と教室が並ぶ北と南の階段が使われることが多い。西階段は移動教室ばかりのため、滅多に使われることはなく、主に屋内スポーツのトレーニングで使われているらしい。先輩方の情報だ。
そんな場所に桜井とやってくると、俺は桜井と向き合った。
「まぁ何を言われるかはわかるだろうけど」
俺はそう前置きをして切り出した。
「なんで部活に来ないんだよ」
桜井は実につまらなさそうに目を背けた。
それに対する答えを準備していたように口を開く。
「俺が入ったって勝てないんだし、どうせ大口叩くやつだとか言ってバカにしてるんだろ?」
「いつどこで誰が言ったんだよ」
「口にしなくたってわかる」
「お前、相当メンタル弱いな」
「ははは。そうかもな」
ちょっとイラッときた。俺はそこまで冷静な方じゃないし、気が長いほうでもない。イラついてもあまり表には出さないだけだ。
「誰もお前のせいで負けたとかなんて言ってなかったじゃん。言ってたのはあの……なんとかってやつだけじゃん。先輩たちなんて『試合で来て楽しかったー』とかしか言ってなかったじゃねぇか」
「でもあれだけ豪語しておいて負けたんだ。恥ずかしすぎる。しかも自分の黒歴史をぶっちゃけさせられて平気なやつがどこにいるんだよ」
まぁ……たしかに。
ごもっともだ。ごもっともだが、そのくらいで部活に来なくなるのはダメだ。
俺は深くため息をついた。
「あのさ、中学のころ、部内がレギュラー争いとかでめっちゃギスギスしてたって話したろ?」
「なんだ、急に」
「まぁいいから聞けって。でさ、二年になってもレギュラーは取れなくて、練習試合くらいしか出てなかったんだよ。サッカーといえば試合が一番楽しいのに、試合に出れないとか部活に入ってる意味ないし、もう辞めようかなって思ってた時期があったわけ」
正直、昔の話はしたくない。
ただ、これも桜井のためだった。
目には目を。歯には歯を。黒歴史には黒歴史を、だ。
「そんなある日さ、俺はクラスの、えっと……か、楓ちゃんっていう子を好きになったわけ」
桜井が実に謎めいた目で俺のことを見てくる。そんな目で俺を見るな。恥ずかしいだろ。
「めっちゃかわいかったんだぞ? チア部で、サッカー部の応援とかにも来るんだけど、その時に見せパンがチラッと見えるんだけど、女子としては恥ずかしくないんだろうけど、男子としては見せパンだろうがなんだろうが、スカートの中身が見れて嬉しいっていうのはあるだろ?」
「フフッ。そうだな」
「いやいや……そうじゃなくてだな。その楓ちゃんって可愛い子がいたわけ。んで、部活で声を出す練習があって、大声を出すのが恥ずかしくないようにするって練習な。毎回お題みたいのがあって、それを言うってやつなんだけどさ、その日のお題が『好きな人を叫んで告白』だったわけ」
桜井の顔には少し笑顔が戻っており、若干ニヤニヤしているようにも思えた。
俺はというと、恥ずかしいを通り越して逆にぶっちゃけてやろうと思って話していた。
「で、その日のトップバッターが俺な。お題はお題だし、楓ちゃんという好きな人がいたわけだし、後のやつらも言うんだから言うしかないと思ったんだ。楓ちゃんはグラウンドにはいないから良いとか思ってたんだろうな。んで叫んだわけよ。『楓ちゃーん!』的なことを。まぁそしたらなんでか知らないけどタイミングよく楓ちゃんがグラウンドに来てたみたいで、本人は逃げるわ、他の部員からは『こいつマジで告白しやがった』みたいな冷たい目で見られるわ超恥ずかしかった。その練習だってさ、芸能人の名前を叫んで適当に告白すれば良かったらしくて、俺みたいにバカ正直に言うことなかったんだってさ。で、結局楓ちゃんには避けられるわ、部室内で変なやつ扱いされるわで超恥ずかしかった。羞恥プレイじゃん。で、その日から俺はサッカーに恥ずかしさをぶつけるように練習して、三年が引退する最後の試合では、二年生ながらレギュラーをとってたって話」
桜井に向かって『どうよ、俺の恥ずかしい過去』と言わんばかりに話し切った。
一通り聞いた桜井も、さすがにクスクスと笑っており、俺の恥ずかしさは増すばかりだった。
「まぁ、その、なんだ。恥ずかしかった過去は水に流してさ、高校からは新しい自分ってことで頑張ろうぜ」
「フフフ。そうだな。うじうじ悩んでた自分が恥ずかしいな」
「ホントにな。あれだぞ。絶対に他のやつには言うなよ?」
「フリだろ? 押すなよ、的な」
「フリじゃねぇよ」
「ハハハ」
どこか吹っ切れたように桜井は笑い、最後にこう言った。
「悪かったな。わざわざ恥ずかしいことまで話させて」
「いいさ。これでウチの手間のかかるキャプテンが戻ってきてくれるってんなら、安いもんさ」
「そうか」
「教室戻ろうぜ。朝のHRが始まってるだろうし」
「あぁ」
おまけ
教室に戻ってこない桜井と城戸のいいわけを先生に説明する藍野。
先生「城戸と桜井は休みかー?」
藍野「先生」
先生「ん? どうした藍野?」
藍野「城戸くんが桜井くんに告白するために呼び出していたんで、少し大目に見てあげてください」
ざわ……ざわ……
先生「は? あいつら男同士だろ?」
藍野「先生、そういうことです」
先生「あっ……そうか。そういうことなら仕方ないな」
ガラガラ(桜井、城戸遅れて登場)
桜井「すみません。遅れました」
城戸「すんません」
藍野「どうだった?」
城戸「成功した」
クラス内「おぉー!」
城戸・桜井「?」
先生「城戸。桜井。世間の風当たりは強いが、頑張れよ」
桜井「?」
城戸「はぁ……何が?」
おしまい




