心理戦の裏事情
「いやーよかったよかった! これで11人そろったってことで、先輩たちも褒めてくれるんだろーなー! ジュースとか催促しちゃうぞー!」
先輩たちがまだ来ないので、身体を動かすということで、今さっきやってきた菊池も入れて、二人ずつに分かれてパス練習をすることにした。
清水は職員室に入部届と教室にジャージを取りに行っている。
ペアは俺と菊池、西岡と田辺。
パス練習の中で、非常にご機嫌の田辺がヘラヘラと笑いながらボールをリフティングしていた。よくあることなので、西岡もあまりツッコもうとしなかった。
「その清水ってやつは上手いの?」
「なんていうか……バカ?」
「お前が言うな。田辺のPKを何本も止めてたんだから、やっぱり上手いんだと思われる」
「翼が言うなら上手いんだろうな」
「ふーん」
菊池は少しつまらなさそうな顔でパスを返してきた。
俺もパスを返すついでに質問を投げかける。
「やっぱり自分よりも後に入ってきた奴のほうが上手いと面白くないわけ?」
菊池もパスと質問を返す。
「面白くないっつーか、自分より上手いやつのほうが多いわけだし、高校からサッカー始めるやつなんてそんなにいないっしょ。まぁでも面白くはないかな」
「なんか、悪いな」
「いいって。もし誰もキーパーが入ってこなかったら、俺がキーパーやろうと思ってたし」
「できんの?」
「やっぱさ、試合には出たいじゃん。だったらキーパーでもいいかなって考えてたわけ」
でもやっぱりキーパーをやりたくなかったのか、菊池は『その清水ってやつが入ってくれて良かったと思ってる』と付け加えた。
そんな菊池になんて声をかけたらいいのかよくわかんなくて、田辺に話を振った。
「そういや最後はなんて言ったんだ? 清水がめっちゃこっち見てたんだけど」
「ふふふ。聞いて驚け。いや、驚くなよ?」
「どっちでもいいよ」
この答えによっては、さっきからこちらを見ている藍野の評価が下がるということを、田辺は知らない。
「俺は考えたんだ。清水が勝ったら藍野とご飯を食べれる、っていうのが景品というか賞品というかだったわけじゃん? だから俺はそこをついたんだよ」
「ふんふん」
「俺はあの時、『部活に入れば毎日藍野とご飯食べれるぜ』って言ってやったんだよ!」
「あー……」
「どうだ! 見事な作戦勝ちだろう!?」
なんていうか、えっと、うーん……
「ホントどうでも良かった」
「なんでだよ!」
「もっと言うなら聞かなきゃよかった」
完全に俺の勧誘方法のミスじゃねぇか。
最初から『藍野とご飯食べたければ部活に入れ』と言っておけばあんな不毛なサッカーバトル(もといPK)を繰り広げることもなかったのだ。
「俺が先行をとったのはその切り札があったからなのによー」
「じゃあ最初から言ってやればよかったじゃん」
サッカーバトル自体を見ていない菊池がツッコんだ。
言わないでやってくれ……。
「はっ! そうじゃん! そしたらサッカーバトルしなくて済んだのに!」
「サッカーバトル? そんなんしてたん?」
「そっか。菊池はサッカーバトル初心者だったな」
「何それ。初心者とかあんの?」
「もちろんあるさ。俺は中級者くらいかな。翼と西岡は……初心者じゃね?」
「ランクがあんのか」
「田辺は中級者だけど、無勝の中級者だからな。ペーパードライバーみたいな」
「ぐっ……」
アハハハと笑っていると、
「おー。遅くなって悪かったなー」
小笠原先輩を筆頭に、先輩たち五人が揃ってやってきた。
「おはよーざいまーす」
「おーっす」
そんな先輩たちに田辺が走って近づく。
「先輩! 俺を褒め称えてください!」
「お前すげぇじゃねぇか! さすが田辺だな! さすが篤志だな!」
「淳先輩ってば、全然わかってないでしょ」
「いきなりそんなこと言われてわかるやつがどこにいんだよ。で、何やらかしたんだよ」
「部員を入部させました!」
「ハハハハ。ウケるー」
小笠原先輩は冗談だと思って笑い飛ばした。
「冗談じゃないッスからね! もう少ししたら……」
「たのもー!!!」
素晴らしいタイミング。
「一年三組! 清水豊! 今日からサッカー部に入部させていただきます! よろしくお願いしまぁす!」
素晴らしい声量だった。時々聞こえてくる演劇部かどっかの発声練習よりも大きい声だった。
「ビックリしたぁ。えっ、ホントに部員連れてきたわけ?」
「なんで嘘言わないといけないんスか」
「また篤志の夢かと」
「俺がいつ夢の話したんスか」
「どうも清水ッス。なぁ田辺、部長さんはこの人?」
小笠原先輩と田辺の間に割って入ると、清水は部長の所在を尋ねた。
小笠原先輩が石見先輩を指さした。
「あっ、どうも。僕が部長の石見です」
「よろしくお願いします! 清水ッス!」
「白岩だ。よろしく頼む」
石見先輩と白岩先輩がそれぞれ挨拶をした。
俺の位置からは聞こえなかったが、清水が挨拶をしたあとに、石見先輩が白岩先輩に何やら言っていた。きっと『声の大きい人だね』とかそんなことを言っていたのだろう。推測だが。
「なんにせよ、これで11人そろったってわけだ!」
似鳥先輩が言う。
これでフルメンバーで試合ができる。
「あれ? 桜井は?」
「あっ」
似鳥先輩の質問に、桜井が来ていないことに今更気が付いた一年組であった。




