田辺の二戦目
放課後のグラウンド。
「どういうことか説明してもらおうかしら」
ご立腹の藍野。
「本当に俺が勝ったらこのマネージャーとご飯を食べてもいいんだな!?」
「あぁもちろんだ!」
ゴール前で制服のまま立っている清水に、少し離れたところにいた俺は言った。
「何がもちろんよ。誰の許可を得てるのよ」
そんな俺の隣でやっぱりご立腹の藍野。その藍野の隣には西岡もいる。先輩たちはまだグラウンドに来ていない。今日は一年のほうが授業数が少なく、二年生は六時間目まである日だった。
「藍野。これは部員獲得のための大事なことなんだ」
「だからって」
藍野の言葉を遮るように西岡が口を開いた。
「藍野だって桜井をフィールドプレイヤーとして含めたうえで、11人の選手でのシステムとか考えたいだろ?」
「……田辺くん。負けたら次試合するときはキーパーよ」
「いつから藍野が監督になったんだよ!」
ペナルティエリア内にいる田辺が叫んだ。
そう。グラウンドでこれから行われるのは、以前行われたサッカーバトルだった。
清水の相手は田辺。昼休みにチキチキ校内鬼ごっこで、見事清水を捕まえた田辺に交渉させて今に至る。
バトル内容は、前回と同じくPK。
田辺には『清水はキーパー経験者だけど大丈夫なのか?』と尋ねてはみたのだが、『俺が全部入れれば勝てる』と、相手のミス待ち作戦で勝てると自信満々で言っていた。何か策はあるのだろうか?
とはいえ、田辺がPKを外したところはあまり見たことがない。だがしかし、前回桜井に負けているのに、この自信はどこから湧いてくるのかが少し気になるところだ。
「よし。ルールはサドンデスだからな」
「望むところだ! あんな清楚な人と食事ができる機会なんて滅多にないからな! 本気で行かせてもらうぞ!」
清水の友人から聞いた話だと、清水は『黒髪で少しキツメの眼鏡女子』がどストライクでタイプなんだそうだ。
そんなどうでもよくサッカーに何にも関係ない事柄だったのだが、俺の頭の中では完璧なソリティアが展開されていった。
そんなこんなでこの状況に至ったのだった。
藍野をエサにし、サッカーバトルを仕掛け、勝つ。
ここまでは完璧。あとは勝つだけだ。
「翼ぁっ!」
「はいはい」
威勢のいい田辺に呼ばれ、指を口に付けて指笛を吹いた。
「スタートー! ピィイイイー!」
先行は田辺。
前と同じように、数歩ほど下がった位置から走り込んで、ボールを蹴った。
「おりゃぁあ!」
無駄に気合いの入ったボールがゴール右上の隅に飛んでいった。
とてもいいコースだった。
「ドラッシャァアアア!」
しかし清水も負けず劣らずの奇声を発し、これを見事左手一本ではじいて防いだ。
「なにぃっ!?」
「ドヤァッ!」
「クソォッ!」
「オリャアッ!」
奇声ラッシュやめろ。
ひとしきり奇声で会話をした後、田辺がキーパー、清水がキッカーへとチェンジした。
「オラァッ!」
「バッチコイヤァ!」
勢いだけで会話すんのやめてくれ。ツボにハマったのか、西岡が顔を背けて身体を震わせていた。西岡のツボはよくわからん。
後攻。
清水が今まさに助走をつけて蹴り出そうと一歩踏み出す時だった。
「実は藍野は男だっ!」
「なんだとぉぉおおおおっ!?」
田辺が叫び、清水が叫び、ボールはゴールの枠を超えて遥か彼方へ飛んでいった。
「それは本当か!?」
「あ、間違えたわ。女だった」
「良かった。間違いか」
そしてさりげなく交代する田辺と清水。
なんだこの不毛な戦いは。心理戦を持ち掛けるとは、田辺にしては頭を使った方だろう。
だがしかし、そんなバカげた策にひっかかる清水も清水だ。
もうバカ同士の戦いだ。
そしてそんなバカみたいな戦いも5回戦目に入った。
田辺のキックをすべて止める清水に対して、清水がキックする前に精神攻撃を仕掛けてミスを誘う田辺。最初の『全部決めたら勝てる』とか言っていたのはなんだったのだろうか。
そしてついにその均衡がやぶれようとしていた。
「イヨッシャァッ!」
「ウォォオオオッ!」
田辺が左隅に蹴ったボールが、清水の手の先わずか数センチを通り抜けて、ゴールネットを揺らしたのだった。
互いに奇声をあげ、交代する。
そのすれ違い際に、田辺が清水にボソボソと何か言った。すると清水は顔を跳ね上げて清水を見て、こっちを見た。正確には藍野を見た。藍野は気持ち悪そうな顔をした。
そして清水がキッカーポジションにつくと、もう一度藍野を見た。
田辺のやつ、何を言ったんだ?
「い、行くぞ! 田辺くん!」
「バッチコイヤー! デストロイヤー!」
声は大きいものの、完全に勢いが無い清水。
ゆっくりと小走りでボールへ走ると、インサイドでそれはもうゆっくりとしたボールを田辺の正面に向かって蹴った。
田辺はパス練習のように清水にボールを蹴って返すと、俺に向かって親指を立てた。
「やったぜ!」
「負けてしまったぁ!」
膝から崩れる清水。頭を抱えて心底悔しそうにするが、チラッチラッと藍野に視線を向けているのを見ると、やはり田辺が何か言ったことがわかる。
バカにはバカが効果的ということか。一つ勉強になった。
いっつしんりせん




