黒歴史
『そんなに長い話じゃないんですが』と言って、桜井はあれよあれよと昔の話をし始めた。
中学一年の春。
一番最初の公式戦でのことだった。
中体連と呼ばれるインターハイの予選みたいなもので、その話だった。
その大会の選手登録の締め切りの前日。
監督がスタメンからベンチメンバーまでを発表する日だった。
練習後、いつもよりも早めに終わった練習の後、校内の教室に集められた部員たちは、適当に席に着き、監督の話を聞いた。
「これからユニフォームを渡すやつを発表する」
そう言った監督は、キーパーから順に発表していった。桜井の通っていた中学も名門……というかうちの中学にとっては強豪校だったこともあって、レギュラー争いはあったらしい。ウチほどではないけれど。
まぁ案の定というか、一年でつい先日まで小学生でなんの実績も右も左もわからないようなやつがいきなりレギュラーになんてなれるはずがない。基本的に二・三年の部員が選ばれた。
その時だった。
「監督!」
大人しく座っていた桜井は立ち上がって監督を呼ぶと、こう続けたそうだ。
「俺を試合に出してください」
まぁ受け入れられるはずもなく、周りからは嘲笑が聞こえるほどだったそうだ。
それが桜井の無駄な競争意欲を刺激してしまったようで、桜井はとある条件を提示した。
「俺が試合に出て勝ちます。もし負けたら、これからの三年間は試合に出れなくてもいいです」
これがマズかったのだ。
『名門』やら『強豪』やらと言われていたその中学で、遠まわしに先輩たちをディスったかのような発言。当時の桜井はなんとも思っていなかったらしく、ただの強がりのようなものだったらしい。もちろんあとで思い返してみると『最悪だった』と頭を抱えたのは言うまでもない。
要は調子に乗っていたのだ。
そして監督は桜井のビッグマウスを『一応』信じてみようということになり、二年生一人を登録名簿から消して、桜井の名前を書き込んだ。
そして試合当日。
スタメンとして出場した桜井は、中学生初の試合に出た。
しかし成長期の終盤である中学生の先輩方の当たりは酷く強く、まだ成長期の前半であった桜井は太刀打ちどころかまるで空気扱いだったそうだ。だが、桜井はあれだけの大口を叩いてしまったため、引くに引けない状況が続き、前半だけで二点、後半で一点返したものの、追加点で二点。桜井が交代させられた時には「4-1」という残念な結果になっていた。
そして桜井がベンチに戻って、元のベストメンバーがピッチに揃った瞬間、爆発的な攻撃力で逆転して試合には勝ったらしい。そんな中、ベンチに戻った桜井を待っていたのは、監督には聞こえないほどの愚痴や嫌味だった。
もちろんその後はベンチの中でも空気扱いされ、部内でもあまり相手にされなかった。
大会自体は決勝で負けてしまい、惜しい結果となった。
それから桜井は、部内でいじめ、とまでは行かないが、他の部員からは悪い意味で一目置かれる存在となっていた。
そして二年になり、部活の更新書を書く際、桜井は『サッカー部』とは書かずに、その紙を丸めて捨てたんだとか。
そんな感じの話だった。
俯く桜井と、下を向く両隣の先輩。
なんだか重苦しいような重苦しくないような……。
そんな中、似鳥先輩が口を開いた。
「つまりさ、お前の自業自得じゃん?」
「えっ、いや、まぁそうですけど……」
「散々言いにくそうにしてたからもっと重い話なのかと思ってたら、言葉通りの黒歴史だったな」
あきれ顔を浮かべてそう言う似鳥先輩。
俯いていた桜井は、コップの水を一口飲んだ。
それを見たのか、小笠原先輩も少し震える手でコップを持ち、口をつけて、盛大に噴き出した。
「ぶばぁっ!」
「うわっ! きたねぇ!」
「おしぼりおしぼり!」
噴き出し、顔が水なのか鼻水なのかよくわからない液体にまみれた顔を拭きながら、爆笑し始めた。
「アハハハハっ! マジダセェ! 超ダセェ!」
「ちょっと淳くん! かわいそうでしょ!」
石見先輩が注意したが、一度笑い始めると止まらないようだった。
「だってよ、だってよ、めっちゃ大口叩いてたくせに負けてんだぜ? 滑稽すぎるだろ! ぶはっ!」
小笠原先輩が今度こそ飲めると思ってコップに口をつけたのだが、また噴き出していた。やめろよ。
「げほげほっ。石見だってそう思うだろ?」
「いや、僕は別に……」
「似鳥はどうなんだよ」
「俺も激しく同感だ。自業自得なんだから、それで凹むなんてダメだろ。でも噴き出すのは汚ねぇ」
確かに桜井のビッグマウスっぷりには驚かされることもあるが、まさかそんな前から発症していたとは……。そして懲りずに高校でもまた同じようなことを言ってからに……。もう病気の類だろ。じゃなかったら怨霊の類だろう。
「じゃあ田辺はどうよ」
「でもそれって、先輩たちも酷くないっすか?」
「まぁ手を抜いてたんだろ。だっていきなり年下にあーだこーだ言われて『俺がいれば勝てます!』なんて言われて本気出すやつがいるかっての」
うはっ。おい桜井、言われてんぞ。
「まぁその割には淳先輩も本気出してましたけどね」
「俺はまだ本気出してねぇし」
「いや、あれはお前の全速力だったね」
「その話はもうやめろよ! 気にしてんだから!」
小笠原先輩を茶化した似鳥先輩は、桜井に向かって言う。
「まぁ気にすんな。高校でまた頑張ればいいじゃん。昔のことは水に流そうぜ?」
俯いていた桜井はテーブルに突っ伏すように頭を抱えた。
「だから言いたくなかったんだ! 俺だってめっちゃ気にしてんだっての!」
いつもと違う桜井の言動に驚いた。
皆も同じようだったが、そんなに桜井の過去に興味のなかった藍野は、新しいおしぼりをおばちゃんに貰っていた。
「第一、人の黒歴史を掘り返して楽しいのかよ!」
「うん。超楽しい」
「人の不幸話聞くのとか超ウケる」
うわぁ。この人たち最低だ。
「石見とかもそういうの超好きだぜ?」
「えっ!? こっちに振るの!?」
「だってこの話を聞き出したいって言いだしたのは石見が発端だからな。さすが部長は違うなー」
「僕はそんなつもりじゃなくて!」
「石見。俺はすこしお前のことを勘違いしていたようだ」
「光一まで何言ってんの!?」
「秋田もこういうの好きだろ?」
「すごい好きだ。録音しておいたから、来年の部活紹介の時は役に立ちそうだな」
「鬼畜っ!」
アハハハハハと笑う二年生。
「おっ! なにやら楽しそうだねぇ! 若い子は元気が一番さ! ほれ、お食べなさいな」
おばちゃんが持ってきた料理をテーブルに並べると、全員で口をそろえて言った。
「いただきます!」
もちろん精神攻撃を受けまくった桜井は除く。
あいつ、大丈夫か?
※黒歴史
誰にでもあるものですよね。
ちなみに僕の黒歴史は、中学生の頃、イヤホンで大音量で音楽を聴きながら、大音量で熱唱しながら街中を歩いていたことです。
スカウトされたらどうしようとか思ってました。
大人になったら笑い話にできる物。
それが黒歴史。
プライスレス。
皆さんの黒歴史は何ですか?




