敗けても
「おい」
ホイッスルが鳴り響き、センターサークル付近で並んで礼をした後、あの10番に声をかけられた。隣にいた桜井も興味本位なのか、こちらを見ていた。
「お前、名前は?」
「えっ?」
「名前だ。お前の名前だ」
「……城戸。城戸翼だ」
「城戸か。覚えたぞ。次もしも当たる機会があれば、その時はちゃんとフルメンバーでかかってこいよな」
「ちょっと待てよ。お前の名前も教えろ」
俺がそう言うと、10番は深くため息をついた。
「あのな。俺の方がどう見ても先輩だろ。敬語を使え」
「…………」
たしかに。言われてみればこいつ、年上だもんな。
「すんませんでした。あなたのお名前はなんですか?」
「なんかムカつく言い方だな。俺は米田啓二だ」
「米田、ね」
「米田『さん』だろ」
……敵なんだから別に覚えなくてもいいと思うんだけど。でもこの10番、もとい米田『さん』が上手いのは確かだ。前半は小笠原先輩を、後半は桜井を完全に封じ込んだんだ。まぁ桜井には好き勝手やられてた気もしたけど。
「これだから若いやつは嫌いなんだ」
「米田さんだってそういう時期があったんじゃないですかねぇ」
「クチの減らないやつだなぁ。まぁそのくらいの威勢がないと全体をまとめるなんてことはできないのかもな」
「まとめる?」
「ん? 違うのか?」
「いや、まとめてたのは俺じゃなくて、こいつっス」
隣にいた桜井を見ると、なんともドヤァといった顔でこちらを見ていた。なんなんだ。
桜井を見ると、思い出したかのように米田さんが桜井に食って掛かった。
「そうだ。そうだ、お前だ。なんでキーパーなんてやってたんだよ。勿体なさすぎるだろ」
「桜井恭介です。ウチのチームはキーパーがいないんで。消去法で俺が」
「桜井な。覚えた。キーパーがいないって……もしかしてこれで全員なのか?」
「はい」
また深くため息をついた米田さん。
「そうか。そういうことだったのか。てっきりあと何人かいるが、事情があって来られないとかっていうことかと思ってたわ。そうか。キーパー不在か。……うちの佐々木やろうか?」
「おい啓二! 聞こえてるからな! 自分のとこのキーパーを売るってどういう神経してんだ!」
米田さんの背後で、佐々木と呼ばれた黒いキーパーのユニフォームを着た人が怒鳴っていた。
それを楽しそうに笑ってごまかす米田さん。
この人、案外いい人なのかもな。
思い返してみれば、最初の俺の挑発に乗ってきたものの、熱くなりすぎてプレーが雑になることもなかったし、桜井が煽った時も、ラフなプレーに走ることもなかった。それにファウル自体も少なかった気がする。
「あー……じゃあまだ11人そろってないってことなのか?」
「そうですね」
「じゃあよ、11人そろったらウチと練習試合でもなんでもしようや。監督は俺が説得するからよ」
「マジすか?」
「嘘ついてどうするんだよ。その時は全力で最初っからお前らを潰すからな」
「こっちも手加減しませんからね」
「言ってくれるじゃねぇか」
そう言って笑った米田さんは、『じゃあな』と言ってチームの元へと向かっていった。
俺と桜井もチームの元へと向かい、ベンチから荷物を撤収し、待機場所へと戻った。
そしてここでようやく一息ついた。
ここに来るまで、先輩方を含め、ほぼ全員が無言で戻ってきたのだ。どうにも空気が重い。やはり負けてしまったのだから、落ち込むか……。
と思っていた。
「ヘヘヘ……」
「ちょっ、どうしたんスか。晃先輩、気持ち悪いっスよ」
「篤志! 先輩に向かって気持ち悪いとはなんだ!」
「そうだぞ家具屋。大人しく家具を扱ってろよ」
「誰が家具屋だ。そういうお前の顔もヘラヘラしてんじゃねぇよ」
ニヤニヤヘラヘラしながら悪態をつきあう似鳥先輩と小笠原先輩。その向こうでは、石見先輩たちもニヤニヤヘラヘラと笑みを浮かべている。
「って、先輩たちどうしたんスか? なんか変ッスよ?」
心配した面持ちで田辺が尋ねると、代表してか似鳥先輩が話した。
「やっぱし試合はいいな。超楽しかった!」
「試合?」
「ちょっと前まで試合だレギュラー争いだしてたお前らと違ってよ、俺たちは一年間もお預け喰らってたんだぞ?」
「あ」
そうだった。すっかり忘れてたけど、先輩たちにとっては久しぶりの試合なんだ。
「でも負けちゃったけどねー」
「負けていても正直楽しかった。負けるのは悔しいがな」
「もうちょっとで勝てたのにな。どっかの誰かさんがシュートを外さなければ同点になってて、もしかしたら勝ててたんじゃね?」
「どこの誰だろうな?」
「お前だよ!」
「お前だってパス出してやってるのに全然取れてなかったじゃねぇかよ!」
「うっさい!」
「なんだこのやろー!」
睨みあいをする先輩二人。仲が良いのか悪いのか。
そんな二人を笑って見ている他の先輩たち。
勝っても負けても楽しかった。そう言いあえる仲間がいるのは良いことだ。そんなことを思った。
「おーブラボーブラボーブラブラボー。オメデトー。でも負けてんじゃんね」
そんな雰囲気の中、拍手をしながらこちらにやってきた一人の男。どう見ても日本人だし、俺たちと同い年くらいだ。
さっそく小笠原先輩がつっかかった。
「何だお前? ケンカ売ってんのか?」
「いやいや。ごめんなさい。そんなつもりはないんです。ちょっとそこのビックマウスくんに用があってね」
そう言った彼の視線の先には、桜井の姿があった。
「……黒井」
「久しぶりだね、恭介くん」
なにやら気まずい空気が流れたのがわかった。




