体力
後半8分。
敵10番からのパスを受けた敵14番が、菊池と一対一を仕掛ける。ボールを跨ぎ、ドリブルで左右へフェイントを二つ入れ、それに釣られた菊池のふんばりが効かなくなったところを、14番が抜き去った。
言っちゃあ悪いが、俺はこうなるだろうと思って先にカバーへ走り込んでいた。誰の目から見ても菊池のスタミナは、もう底をついているように見えた。後半開始直後なのに、あの踏ん張りの無さはそれを表している。元々経験者ではない菊池が前半走り回り、後半開始直後もあそこまで全力で走ったのだ。普段運動していないのがばれる程度には疲れるだろう。疲れていないと頭は思っていても、身体はスタミナ的にも大丈夫だと思っても、足には疲れがたまってきて、乳酸がたまってきて、結果足を攣ってしまったりということが起きる。
抜かれた際のカバーリングの動きにも、菊池にはスピードと力はなさそうだった。
俺はそんな抜かれた菊池のカバーに入り、14番のドリブルのスピードを落とすことには成功した。
しかしすぐに中へ折り返されてしまい、俺がいなくなったことで空いたスペースに、敵10番が走り込んでくる。その10番には俺のカバーに回っていた小笠原先輩が、正面から向き合う。
ハーフタイム以降、小笠原先輩は10番との向き合い方を変えたようで、パワーで勝てずに前を向かれてパスを出されてしまうという状況が続いていた。そこを小笠原先輩なりの対策なのか、『前を向かれるなら向かせてしまえ』というような、背中へ張り付くようなディフェンスから、前へ回り込んでの向かい合ってのディフェンへと切り替えた。
前を向かせないだけのディフェンスとは違い、向かう合うディフェンスは、いろいろと駆け引きが多くなってくる。この場合は抜かれないことが最優先になるのだが、相手側は選択肢が増える。パスやドリブルなど、小技を挟むことによってその選択肢はいくらでも増えていく。よってボールを通されてしまったり抜かれてしまう可能性が多くなるのだが、あえてその守り方で挑んだ小笠原先輩。
腰を落としてじっくりと10番と向き合う。
ちょんちょんと細かくタッチする10番の動きを見ながら、足を出すタイミングをうかがう。
抜かれないように、パスを出させないように。
そんな気持ちが伝わってくるような気合いの入ったディフェンスだった。
そして、今の小笠原先輩を抜くのは無理だと判断したのか、10番は逆サイドの9番へとボールを回した。
つまり事実上小笠原先輩の勝ち、と見ても良かったと思う。
そんな空気がチーム内に流れた瞬間、小笠原先輩の後ろ辺りにいたトップ下の7番が急にギアを上げて動き出し、9番からダイレクトで中へとボールを受け取った。
『マズい』
俺がサイドへ流れてしまったことによって生まれたスペースに小笠原先輩がカバーに入ってくれたとはいえ、数的不利は変わっておらず、結果今のパスによって白岩先輩・石見先輩・西岡の3人と、敵の7番・11番・8番の3人という形での3対3となってしまった。こうなるとDF側は後手に動くしかなくなってしまう。
白岩先輩は、7番がパスを受けたのを見るなり周りを見て左右の11番と8番のポジションを確認した。
「先輩! 右っ!」
桜井の指示が聞こえたかと思うと、西岡のマークの8番が白岩先輩と西岡のスペースに走り込み、それに合わせたボールが7番から放たれた。グラウンダーのボールだったが、白岩先輩の足の届かないところへ出されたボールで、白岩先輩にはどうすることもできなかった。
そしてペナルティエリアへと入った8番の足元に吸い込まれたかと思うと、一気飛び出してきた桜井が、トラップ直後のボールを大きくサイドへと蹴り出した。そのボールはハーフラインを越えて相手陣内でタッチを割った。
助かった。
心の底からそう思った。
「桜井ナイス!」
「すまん」
「気にしないでください! 切り替えて!」
いろいろと声が飛び交う中、DFがラインを押し上げる中、菊池が桜井の元へと駆け寄っていく。
そしてあと数メートルというところで立ち止まり、桜井の名を呼んだ。
「桜井。交代だ」
「交代?」
さすがに首を傾げる桜井。
菊池は続ける。
「俺と交代だ」
「ちょっと待て。交代って、俺と貴央が、か?」
「俺がキーパーをやる。だから桜井がフィールドプレイヤーとして出ろ」
この状況に全員の動きが止まっていた。敵のスローインも始まらず、審判さえも催促の笛を吹こうとしなかった。
そして二人でいくつか話したかと思うと、桜井がキーパーグローブを外し始め、それを菊池に渡すのが見えた。




