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押し込むだけ

 ピーっというホイッスルと共に、後半戦が始まった。

 田辺が似鳥先輩へとボールを転がし、それを後ろの小笠原先輩へと落とす。受け取った小笠原先輩は、相手の8番が詰め寄ってきたのを確認すると、もう一つ後ろの俺へとボールを落とす。俺はそれを右DFの西岡へと預け、止まらずに突っ込んできた8番が西岡の方へと向かうが、俺が少し動いて西岡のパスコースになり、センターラインとペナルティラインの間ぐらいでボールを受け取った。

 顔を上げて前線を見ると、小笠原先輩には10番がついていた。と、その奥で左サイドを駆け上がる秋田先輩の姿が見えた。

 俺はプレスをかけに来た7番を避け、秋田先輩の元へと長いボールを蹴った。少し目測を誤り、手前気味になってしまったせいか、秋田先輩が少し戻るような形でそのロングボールを受け取る。そのトラップも少し跳ねてしまい、3タッチくらいでのキープとなってしまったせいで、攻めの勢いは落ち着いてしまった。

 ドリブルに行くかパスを出すか判断していた秋田先輩の元に、敵右DFの6番が詰め寄ってくる。そして自軍に戻るような形で敵右MFの9番も迫ってきていた。

 似鳥先輩が下がってボールを貰いに来るが、敵のDFの5番も一緒に付いてきてしまい、パスを出すにはむずかしくなり、振り切ろうと足を使って動くが、それでも振り切れないでいた。

 

「信也くん!」


 と、その中、戻り始めていた9番の後ろから追い抜くような形で、ライン際を石見先輩が駆け上がっていた。それに気が付いた秋田先輩は、敵DF6番が『石見先輩を使うのか、囮にするのか』という判断で一瞬止まったのを見逃さず、6番の横をゴロのボールで通した。

 それを追いかけてキープした石見先輩は、ドリブルで上がっていく。似鳥先輩に付いていた5番が石見先輩のチェックに向かうが、似鳥先輩がフリーになってさらに前へと抜け出したのを見て、それに合わせて縦パスを出した。ほとんど動き出しとパスのタイミングが同時で、やはり二年生のパスワークは阿吽の呼吸なんだということを思い出させた。

 ついにペナルティエリアへと走り込んだ似鳥先輩へ、正面からキーパーと横から敵DFの2番が寄っていく。キーパーは大きく手を広げ、2番はシュートコースを消そうとゴールと似鳥先輩の前から回り込む。

 似鳥先輩はちらりと横を見たが、前線へと上がってきているのは田辺だけ。少し後ろに、パスを出したばかりの石見先輩と、今まさにペナルティエリア前に来た小笠原先輩がいる。そして小笠原先輩の少し後ろに俺が走っていることになる。

 マイナスのボールかマークの付いている田辺か、それともシュートか。

 この選択肢が多数ある状態で、似鳥先輩がとったのは、ふわりとしたボールを逆サイドへ蹴ることだった。

 

「逆サイッ!」


 敵の誰かの声が聞こえ、似鳥先輩のいる左サイドの反対、右サイドを見てみると、田辺の頭を越え始めていたボールの先に、菊池が走り込んできていた。

 その菊池に向かって後ろから大きな声が飛ぶ。


「押し込めっ!」


 菊池はボールを見ながらゴールへ向かって走った。ボールの高さは腰辺りで届きそうで、押し込むにはベストな高さだった。身体のどこかに当てればゴール。

 菊池はボールの落下位置に身体を到着させ、ヘディングの体勢をとる。

 そして頭に当たったボールは、誰もいないゴールへと吸い込まれていき、ゴールネットを揺らした。

 一瞬だけ静かになったフィールド内で、似鳥先輩と田辺が菊池へと走って行く。

 

「菊池ー!」

「貴央このやろー! 美味しいところ持っていきやがってこのこのこのー!」

「痛ってぇ! 痛てぇって!」


 頭をボカボカと叩く二人から頭を守るようにしている菊池。

 そしてその攻撃も止まり、こちらへ戻ってくる菊池に小笠原先輩がハイタッチをし、周りからも声を掛けられていた。


「菊池くんナイッシュー!」

「菊池のくせによくやったな」

「ナイスだ」


 俺も肩で大きく息をしているが、嬉しそうな菊池へ声をかけた。


「ナイシュー。この調子で頼むぜ」

「だいぶ疲れたけどな。できるとこまでやってやるぜ」


 菊池とタッチし、ニッと笑みを浮かべ合った。

 そして菊池は後ろを見て、右腕を大きく上げた。その視線の先を負うと、桜井も腕を上げていた。やっぱりさっきの声は桜井の声だったのか。あのヘディングも桜井と練習をしていたのだろう。ホント、どれだけ詰め込んで練習してるんだか。

 こちらが点数を決めた余韻に浸っていると、相手の10番の罵声が聞こえてきた。


「何あいつをフリーにさせてんだ!」

「す、すまん」

「すまんで済むなら誰にも言わねぇよ! 疲れてんなら交代しろ! たるんでるぞ!」

「わりぃ。次は気を抜かねぇよ」

「当たり前だろ! しっかりいけ!」


 本来菊池のマークだった14番に対してだったらしい。今の罵声のおかげで余韻に浸っていた気持ちもどこかへ行ってしまい、どこか背筋が伸びた気がした。

※シュートコースを消す動き

守っているときに、前を向かれたりカバーに入る際に最初にしなければならないこと。


基本的に前を向かせないのがディフェンスをするときの約束であるが、もちろん前を向かれてしまうこともあれば、フリーでパスを渡してしまうこともある。

そういう時にこの動きが必要になる。

相手とゴールの間に身体を入れ、シュートするコースを限定、または失わせること。

これをするとキーパーは楽だし、攻めている選手も攻めにくくなる。そして何より、ゴールの枠内へのシュートの数が減る。

これによって点数を入れられる確率がぐんと落ちる。

上手い選手はシュートコースを塞ぎながらパスカットをしたり、隙あらばボールを奪ってしまう。


普段目立たないDFは、割と頭脳と心理戦の塊なのです。

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