逆転
前半25分。
「右だ! もっとボールを動かせ! サイド動いてボールもらえ!」
DFがパスを回している中、センター付近で激を飛ばしている敵10番。
そして自分がパスを受け取れるスペースができたら、そこへパスを要求し、受け取って周りへ捌いている。きっとこれが本来の彼の仕事なのだろう。ゲームメイクと前線とDFの中間管理職。俺の役割と似ているが、パスを回すのは小笠原先輩の仕事なので、どちらかというなら小笠原先輩寄りの仕事と言えるだろう。
そんな俺たちは、まさに攻められていた。
俺たちの先取点により、俺たちの見方を変えたのか、火がついたように猛攻を繰り返してきた。
ゾーンでの守りの練習はしてきたとは言えども、さすがにこれだけの連続攻撃を受け続ければ、集中力も途切れてくる。
守り切ってからの攻めのテンポも悪くなってきているようで、石見先輩がずっと前線に上がっていけていないのがその証拠と言えよう。クリアしてもクリアしてもすぐに跳ね返されてあの10番の元へとボールが集まってくる。
小笠原先輩も守備に回って、10番へプレスしてくれるのだが、正直なところ力不足だ。技術ではひけを取らないのだろうが、パワー勝負になってくるとどうしようもない。負ける度に似鳥先輩から『だらしねぇぞ!』と言われているのだが、それへの反論も少なくなってきた。きっと余裕がないんだと思う。かといって、俺がそちらのフォローに行ってしまうと、それこそ敵の思うツボなので、ヘルプに行くに行けない状況が続いている。
そんな時だった。
『スキあり!』
そんな声が聞こえたような気がした。
「しまった!」
油断していたわけではないのだが、10番からのボールが俺の足元を抜けて、後ろに走り込んでいた敵の7番へと渡ってしまった。
ゾーンの幅を狭めていたとは言えども、西岡と石見先輩はサイドのFWの警戒をしていたせいもあって、どうしても一歩出だしが遅れ、結果白岩先輩と7番の1対1になってしまった。
西岡が慌てて白岩先輩が抜かれたときのためのカバーに入ろうと動いたが、それが逆効果で、二人の隙間を裂くようなパスが西岡の警戒していた8番の前のスペースへと出され、キーパーの桜井と1対1になってしまった。
桜井!
心の中でそう叫んだが、コースを塞いだ桜井もメインがキーパーでない以上、8番が放ったシュートはあっさりと後ろのゴールへとボールが吸い込まれていった。
「くそっ!」
完全にゾーンの隙を突かれたゴールだった。しかも崩れたのが俺のところからだった。こればかりは言い訳のしようがない。
「気にするな。まだ同点だ」
「すんません」
近くにいた白岩先輩が声をかける。
それに返答したものの、なんとも言えない感じだ。
ゴールからボールを取っている桜井が俺を見た。何か言いたいことがあるようだったが、さすがにこの距離では伝えきれないだろうし、伝わらない。
俺は桜井から視線をそらし、追加点を取ってこの状況を打破することに集中した。
しかし現実は厳しかった。
「やりぃっ!」
その5分後。
あっさりと追加点を許してしまい、逆転されてしまった。
今度は菊池がドリブルで突破され、俺がチェックに向かっているところを、俺が抜けたことでできたスペースに10番が侵入し、そこからパスを繋がれて、桜井がはじいたシュートを10番が押し込んでの得点だった。
また俺が動いたことでの失点だった。
俯く俺に、西岡が声をかけてくる。
「下を向くな。まだ負けてないだろう」
「あぁ。悪い」
そうだ。点を取られたことなんて山ほどある負けたことだってある。俺のせいで点を取られたことなんて山ほどあるんだ。
前を向こう。顔を上げよう。
気持ちの切り替えが一番重要だ。取られたら取り返す。
だからまずは……。
……心の中でそう思っていても、さすがにその奥では『人数不足』というワードが浮かんできてしまう。
俺が飛び出したスペースにもう一人いれば。
チェックに行く選手がもう一人いれば。
そう思っている自分がいる。
そして前半終了間際。
ベンチに座る藍野から『残り2分』と合図が送られ、厳しい前半からやっと解放される。
そう思った矢先だった。
左サイドの秋田先輩が敵の9番へのパスをカットした。残り時間を見てもこれが前半でのラストチャンスだった。
「上がれっ!」
小笠原先輩が後ろを見ながら声を張り上げた。
DFは一気に最終ラインを押し上げ、白岩先輩を残して全員が敵陣内へと攻めあがった。
左サイドでは石見先輩がボールを呼び、中では似鳥先輩と田辺がDFをかき乱すように動き回ってパスを要求する。また右サイドでは体力が落ちてきていた菊池を後ろめに位置取りさせ、西岡が代わりに駆け上がっていた。俺は小笠原先輩の斜め後ろでボールをロストしないように位置取っていた。
「西岡!」
秋田先輩からボールを託された小笠原先輩が、サイドを上がる西岡へ長めのパスを出した。
少し長いパスではあったが、西岡はこれを1トラップでコントロールすると、敵DFの隙をぬってクロスを上げた。
上げたクロスはキーパーと最終ラインの間という際どいところに上がり、あとは誰かがワンタッチするだけでゴールへ入るところだった。
そこへ飛び込んできたのは、西岡のクロスを何度もゴールへ入れてきた田辺だった。ダイビングヘッドの体勢で飛び込んできた田辺の頭にボールが当たる。
いけっ!
心の中でそう思ったが、そのボールが田辺の頭に当たることはなく、直前で敵10番が足を伸ばしてカットしてしまった。
そして一気に前線へと飛んでくるボール。
DFには白岩先輩と、スタミナ切れの菊池しか残っていない。
俺は急いで戻るが、敵のFWも二人残っており、時間を遅らせようとした先輩のディフェンスもむなしく、あっさりとコンビネーションで抜かれてしまい、桜井も何もできずに追加点を決められてしまった。
そしてここで前半終了のホイッスル。
1-3で前半を折り返すこととなった。
※中と外
ペナルティエリアの外と中という意味。




