サッカーバトル
桜井は、目の前で目を丸くしているキャプテンから視線を外さない。むしろ先にキャプテンのほうが目をそらしてしまったまでである。
「キャプテン。いえ、石見先輩。ダメですか?」
「いや、ダメってわけじゃないけど……」
他の先輩の様子をうかがう石見先輩。しかし他の先輩方も対応に困っているのか、互いに顔を見合わせている。
と、横にいた田辺が桜井の横までずかずかと歩み寄った。
「お前。なんて名前だ」
「俺は桜井。桜井恭介だ」
「桜井か。じゃあ俺と勝負しろ!」
なぜか自信満々に親指を自分に向けながら言う田辺。なんでお前が勝負するんだよ。
「……フッ」
「何がおかしい!」
「サッカー脳なやつはどこにでもいるもんだと思ってな」
「サッカー脳??」
「まぁいい。お前、名前は?」
「俺は田辺篤志だ! ここのチームのストライカーになる予定だった男だ!」
「篤志か。良い名前だ」
「はぁ!?」
なぜか褒められた田辺。その言葉に顔を赤くする田辺だったが、桜井は気にせずに石見先輩へと話しかける。
「篤志がこう言ってますが、どうですか? 俺が勝ったらキャプテンを。篤志が勝ったらキャプテンは諦めます」
「えっと……」
「先輩! 俺、絶対に勝ちますから!」
「そ、そう? じゃあ、お願いしようかな……?」
「よっしゃあ!」
というわけで、当事者と完全に部外者のサッカーバトルが始まった。
制服のまま持ってきていたシューズを履き、部室からボールを一つ持って、グラウンドへと向かった。
そんな二人の後ろを歩く残りのメンツ。先輩方五人と、俺と西岡。
「なんでこんなことになったんだ?」
「さぁ。でも楽しそうだな」
「まぁ田辺もテンションとその場に任せたことばっかりするから、本人は楽しいだろうさ」
「いや、俺が言ってるのはあの桜井のほう」
「桜井が?」
初対面でキャプテンになりたいとか言って部外者とサッカーバトルをするような破天荒なやつの心情を正確に読み取ろうとしてる西岡。こいつ、ただもんじゃねぇ。
「でもサッカーバトルって何すんだ?」
「……さぁ?」
さすがの西岡もそこまではわかんないか。
グラウンドでボールの感触を確かめるために、田辺がリフティングをしている。その向かいでは桜井が準備運動をする。田辺とゴールの間に桜井が立っている状況。
俺は並んで立っている先輩方に向かって声をかけた。
「あの、先輩」
「ん、なに?」
半分が振り返ったが、答えたのは石見先輩。
「えっと、先輩はいいんですか? 田辺なんかにキャプテンの進退を決めさせちゃって」
「んー……僕もそこまでキャプテンをやりたかったわけじゃないし、正直ジャンケンで部長を決めたものだから、部長=キャプテンみたいな感じになっちゃったわけだし……そこまで、キャプテンにこだわりはないかな? それに……」
「それに?」
「なんかサッカーバトルって楽しそうじゃない?」
この人もそっち系だったか。
目をキラキラさせて俺を見る石見先輩。なんだか目をそらしてしまった。キラキラが眩しい。
とりあえず何の勝負をするのかわからないので、田辺に聞いてみることにした。
「田辺ー」
「あーん?」
「何で勝負すんのー?」
「お前バッカだなー! サッカーで一対一の勝負って言ったらPKに決まってるだろ!」
決まってるのか?
その田辺の言葉を聞いて、桜井が少しピクッっと動き、スススーっとゴール前まで下がったのを見逃さなかった。もしかして、こいつも何の勝負かわかってなかったのか?
「まぁ見てろって。PKなんか速攻で終わらせてやるって」
「お前キーパー出来んのかよ」
「あいつもできないだろうから五分五分だろー」
完全にゴール前で桜井が『ばっちこーい』と言わんばかりの体勢を取っているのだが、あれは本当にキーパー経験者の動きなのだろうか? なぜか桜井の心配をしてしまう。
「よっしゃあ、桜井! いくぜ!」
「ちょっと待て。これ、何本先取で終わりだ? それを聞いておかないと、あとで『もう一本あるぞ』と言われたらたまったもんじゃない」
「あー、いきなりサドンデスで良いんじゃね?」
「サドンデスか。良いだろう。止めて、決めて終わりだ」
「それはこっちのセリフだ!」
そう言ってボールをペナルティマークに置き、助走の距離を取る田辺。
ゴールを守る桜井は、どっしりと真ん中……ではなく、田辺から見て右側にすごい偏って守っていた。
不自然なポジション取りに、思わず隣の西岡に聞く。
「あれ、どういうことだ?」
「さぁ? でも田辺が右利きだから右側を警戒している、のか?」
西岡も首を傾げる。
キッカーである田辺は少しイラついたようで、こちらにまで聞こえてきた舌打ちをかまし、ボールへと向かって走り出した。
そしてボールの横に左足で踏み込み、右足を振りかぶった。