緊張
菊池の秘密特訓、もとい大会前の練習もそこそこに、俺たち三人は大駒高校へと向かった。
現地集合ということだったのだが、電車の中で田辺に連絡をとってみると、一本前の電車で向かったということだったので、駅で合流することにした。
そして田辺と西岡と合流し大駒へと到着すると、会場設営に励んでいる大駒の生徒がいた。会場とは言ってもそこまで大きなことをするわけではなく、本部のテントを張っているくらいだ。毎年ここで行われるそうで、会場校としては慣れたもんなのだろう。
先輩たちはまだ来ていないようで、校内の各校の待機場所の名波坂のところまで行くと、まだ何も置いていなかった。
集合時間までまだ三十分以上あるんだ。もう少し待つとしよう。
「いやー高校初の大会は緊張するな!」
「ホントに緊張してんのかよ」
「緊張してるって! 緊張しすぎて全然動けなかったらごめんな!」
「そんだけ喋れれば大丈夫だよ」
田辺の神経の図太さを見てから菊池を見ると、菊池の緊張度がわかる。田辺が『少し』の緊張だとしたら、菊池は『失敗したら狙撃される』と思っているくらいには緊張しているように見えた。
そんな微妙にバラバラな想いの中、桜井が立ち上がって言った。
「少し動くか」
言葉には出さず、全員が立ち上がった。
さすがに校内でボールを使うのはためらわれるので、一列になってフットワークの運動だけした。先頭には桜井がつき、全員でいつも練習でやっていることを廊下でかけ声無しで行う。
「おー! 気合い入ってんな!」
その声に振り向くと、似鳥先輩と小笠原先輩がこちらに向かってきていた。
全員で『おはざーまーす!』と頭を下げると、『おはようさん』と二人も荷物を置いて列に加わった。
「おはようございます」
臨時マネージャーの藍野さんも到着したが、さすがに列には加わらなかった。代わりにノートに何か書いていた。
「みんな早いねー」
後から石見先輩と白岩先輩と秋田先輩もやってきて、結局全員で二列で廊下で身体を動かした。
簡単な開会式も終わり、待機場所へと戻ってきた。
開会式で初めて、ユニフォーム姿での全員集合となったのは、少し不思議な感じがした。
俺たちの試合は二試合目ということもあり、開会式の後に行われている第一試合の勝者と当たるかもしれない。それで桜井は偵察がてら観戦に向かった。俺もそれに付いていこうかと思ったが、二回戦のことよりもまずは次の試合だ。なんにせよ勝たねばならない。よくテレビで『負けられない戦いがここにある』と言っているが、負けていい試合なんて無い。勝ってこそ意味があるんだ。それが勝負の世界だ。
結局桜井についていったのは、田辺先輩と似鳥先輩の二人だけだった。
「城戸くんは緊張するの?」
隣で白岩先輩とストレッチをしていた石見先輩が話しかけてきた。
「もちろんしますよ。でも足が震えたりとかっていうんじゃなくて、なんていうんですかね。武者震い的な?」
「ひゃー。大物は言うことは違うねぇ」
「大物って……」
「光一は?」
石見先輩は、後ろで背中を押している白岩先輩にも尋ねた。
「俺は緊張する。初めてこのチームでの試合だ。楽しみたい気持ちもあるが、きっとそんな余裕はないだろう」
「やっぱり? 僕もそうなんだよね。西岡くんはー?」
「俺は別に。緊張はしますけど、いい緊張です」
「西岡くんも大物仲間だもんね」
だからその大物ってなんなんだ?
少し離れたところにいた秋田先輩が寄ってきて座った。
「でもやっぱりさ。こういうのって緊張した方がいいんだよな。僕は緊張っていうか、これから試合するっていう感覚がないし」
「それもちょっとわかるかも」
「だーいじょうぶだって。あんだけ練習したんだから、試合にはなるっての」
小笠原先輩が秋田先輩の 背中に腰を下ろしながら言う。
そうだ。俺たちだって練習してきたんだ。しかも十人で。
「美鈴ちゃんが男だったら十一人だったのにな」
小笠原先輩に自分の名前を呼ばれて、窓からグラウンドを見ていた藍野さんがこっちを見る。
「私だって男だったらサッカーしてますよ。でも現実は女なんですし、さすがに無理です」
「女子サッカーとかに興味無いの?」
「ありますよ。ありますけど……っていうかやったことありますけど、実際に動くのと見てるのとでは勝手が違いすぎて、私は見てるほうが好きだなって思いました」
「それであんなんになったのか」
「あんなんってなんですか。結局は『理論上完璧』っていうものなんですよね。私も桜井くんも。でも違うのは、桜井くんはそれを実現させようと動けるんです。だから説得力があるんでしょう」
「あー、わかるかも」
たしかに桜井の言うことには説得力がある。言われたら本当にそうできる気がしてしまう。きっと誰かに……それこそ藍野さんに指摘されるまでは、桜井の言っていた戦術に穴は無いと思っていた。
それだけ桜井には自信があるということなんだ。
「でもあいつキーパーだぞ?」
秋田先輩が言う。
「そうなんですよね。だからどうするのかと思ってます」
少し笑みを浮かべながら言う藍野さん。
その笑みは、桜井への期待なのだろう。そんな気がした。
「そろそろハーフタイムなんで、ボール持って来いって桜井が言ってますー」
待機場所へ来た田辺が、そう告げた。
試合のハーフタイムには、次の試合のチームが練習することができる。
「よし。行こっか!」
俺たちは立ち上がってグラウンドへと向かった。




