表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/45

当日の朝

 結局桜井と藍野の戦術論争は幕を閉じないまま、実戦形式の動きの練習を詰めた。桜井の言う守りのシステムと、藍野の言う攻めのシステム、そのどちらも試してみたが、急にいろいろなことを詰め込まれたせいもあってか、『頭がこんがりそうだ!』と田辺が嘆いていた。ショートして焼けてしまったという意味で良いんだよな? 言い間違いではないよな?

 そんなこんなで一部ショートしかけている部員たちは、身体はそこまで疲れていないのだが頭が疲れたという状態での大会当日となった。

 そもそも前の中学でも戦術うんぬんというのはあったので、俺と西岡はそういうのには慣れていた。俺のポジションはボランチだったから、戦術理解度がないと務まらないから、なおさら慣れている。練習自体も結局中学の頃のほうがキツイということもあって、そこまで疲れは出ていなかった。

 大会自体は同じ地区の大駒(おおこま)高校で行われる。

 大駒高校へは俺の家の最寄り駅から数駅で着くのだが、頭も身体も疲れていないせいか、大会前日の緊張感があまりなく、早く寝た結果、早く起きてしまった。非常に健康的なのだが、九時に大駒高校集合なのにもかかわらず、朝五時に目が覚めてしまうとはどういうことなのだろうか?

 さすがにこの時間から西岡や田辺に連絡を取るわけにもいかず、朝早くから弁当を作ってくれていた母親に朝ごはんを作ってもらい、毎朝の日課であるランニングをせずに、六時半頃には準備を済ませて家を出た。

 カバンには、傷まないように保冷剤と共に入れた弁当、シューズ、脛当て、ユニフォーム、着替えなど。そしてボールをボール用のカバンに入れている。

 さすがに今から会場に行くのは早すぎるので、名波坂高校に寄って、軽く運動をしてから会場の大駒に行くことにした。

 通いなれてきた電車に乗り、駅からは徒歩で高校まで行く。そしてグラウンドへやってくると、そこにはすでに先客がいた。


「そこは前じゃなくて外に広がるように走ってボールを貰うんだ!」

「外!? マジかよ! もっと早く言えよ!」


 センターライン付近でボールを持ちながら声を張り上げる桜井と、右サイドの前線で文句を言いながら走り回っている菊池だった。

 俺でも始発から数本後の電車で来たのに、菊池の汗の量を見る限りだともっと早くから来てそうな量だった。


「行くぞ!」

「バッチコイヤー!」

「止まって受けるな! 動きながらもらえ! 野球じゃないんだぞ!」

「くそーっ!」


 そう言って敵陣のゴールへ向かいながら桜井の速いグラウンダーのボールを受け取り、少しもたつきながらも3タッチくらいでシュートする。ディフェンダーがいたらとられてしまいそうな動きだったが、サッカーを真面目に始めて一か月経っていない初心者の動きとは思えなかった。

 思い返してみれば、菊池の上達は早かったように思える。最初はトラップは変な方向に飛ぶし、シュートは基本トゥーキックだった。インステップやインサイド、はたまたアウトサイドなんかを使い分けることなんてなかった。

 しかし今の菊池の動きを見ると、全然そんな初心者っぽさは感じられなかった。動きはまだまだ雑だが、トラップも丁寧になってるし、今のシュートもインステップで思い切り蹴っていた。

 俺は少し鳥肌が立っていた。

 こうして桜井と練習をしていたのだろうか?

 そんな棒立ちの俺に気が付いたのか、桜井がこちらを見て声をかけてきた。


「おう! 翼も来たのか!」

「おう、じゃねぇよ。お前ら、今日は試合だろ? 朝っぱらから何してんだよ」

「何って……」

「桜井。言うなよ?」

「……何にもしてないさ。ただちょっと身体を動かしに来ただけだ」


 菊池に言われ、桜井は上っ面の言葉を並べた。

 嘘下手くそだなー。


「どうせ菊池の練習に手伝ってたんだろ?」

「だーっ! だからバレたくなかったんだよ! 桜井のせいだからな!」


 俺がニヤニヤしながら言うと、頭をかきむしりながら菊池が言った。


「別にいいじゃん。翼なら笑ったりしないって」

「めっちゃニヤニヤしてんじゃんかよ!」

「翼」

「悪かったって。練習するのはいいことじゃん。それに超上手くなってるし、それも練習の成果だろ?」


 菊池が大きくため息をつく。

 そして頭をポリポリとかきながら続けた。


「俺だってわかんだよ。ただでさえ人数少ないのに、やっと入った部員が初心者って、どう考えても足手まといだろ」

「そんなことないって」

「いいや。あるね。足手まといじゃないならお荷物だ。俺はそんなお荷物になるのはごめんだ」

「って言われてさ。こうして秘密の特訓してたわけ」


 少し呆れたような顔でそう言う桜井。菊池は流れてきた汗を袖で拭っていた。

 秘密の特訓か。なんか懐かしいな。俺も中学の最初の頃から放課後とか朝とかに、西岡とか田辺とかと練習してたもんな。


「よしっ! おじさんも手伝ってやろう!」

「手伝うったって、お前が今日一番動き回るのにここで疲れてどうすんだよ」

「経験者はこんなくらいじゃ疲れたりしないからな」

「翼」

「……っていうのは冗談で、俺も中学の頃はよくこうやって練習してたんだよ。だから付き合わせてくれ」

「……なんか気に食わないけど、頼む」


 散々冗談を挟んでいたにもかかわらず、菊池に軽く頭を下げられると、なんだか申し訳なくなってしまった。

 それをごまかすわけではないが、桜井に声をかけた。


「どうする? 俺パス出ししようか?」

「いや、DFに入ってくれ」

「簡単に取れちゃうぞ?」

「おい。やっぱりケンカ売ってるだろ」

「取るんじゃなくて、プレッシャーかけてほしいんだ。取らない距離で近寄る程度でいい」

「そういうことな。任せとけ!」


 そう言って俺は菊池から離れて、ペナルティアークまで下がった。

 そして動き始めた菊池、また動きを指示しながら俺をDFの最終ラインに見立てて菊池を動かす。そしてまたさっきと同じようなグラウンダーのボールが入ってきて、それを菊池がトラップする。その瞬間に俺が一気に詰め寄る。そして菊池が大きくゴールを外す。


「こえぇ! DF来るだけで超こえぇ!」

「実戦でフリーで打てることなんて無いからな。経験できて良かったな」

「ホントだな。もし試合中に良いパス貰っても、これを知らないのとではだいぶ違ったわ。やっぱり桜井の言うとおりだった」

「何を教えたんだよ」

「知っているのと知らないのとでは、大きく違うって言っただけだ。マンガみたいに初見でなんでも対処できるはずがないっていうことを教えたんだよ」

「本当に実際に感じることが違うから、めっちゃ新鮮だった。一番は桜井のタックルが超強かった」

「タックル!?」

「ショルダーだぞ? あれも知らないでいきなりされたらビビるだろ。少し強めにやった」

「そうだったのかよ! 道理で痛いわけだ……」

「あれくらいやられたらファウルだから、覚えておくといいぞ」

「おうよ」


 何気に良い師弟コンビのような気がした。

※トゥーキック

蹴り方の種類で、つま先で蹴る蹴り方。

他に足の甲で蹴るインステップ。脚の内側で蹴るインサイド。甲の内側で蹴ってカーブをかけるように蹴るインフロント。足の外側で蹴るアウトフロント。かかとで蹴るヒールキック。


※ペナルティアーク

ペナルティエリアの真ん中らへんにある半円の部分。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ