ブリーフィング 前
俺たちは普通に練習をした。普通にといってもそれは経験者組の話で、初心者の秋田先輩と菊池は桜井にいろいろと教えてもらっていた。初歩的なところから初歩的じゃないところまで。特に桜井が考えているフォーメーションの話はすでに全員にしており、二人にはサイドハーフとしての動きを教えていた。わざと二人を同じサイドハーフで、しかも反対側に置いたのはこういうことだったのか。教えるのが一緒でいいもんな。
そんなこんなで最初の大会である、四月の夏のインターハイの地区大会が近づいてきた。
「って、いきなり大会に出るのかよ!」
桜井が部室で告げたことに、盛大に似鳥先輩がツッコミを入れた。
この場にいる誰もが思っていたことだろう。
「はい。晃先輩も試合したくないですか?」
「そりゃあしたいけどさ……まずは練習試合とかで肩慣らしっていうか、試運転っていうか、文字通り練習はしないのかって話さ」
「うちみたいな人数も集まってなくて新設校で伝手もないところが、どこと練習試合をするっていうんですか?」
「ぐっ……」
「だったらいっそのこと大会に出て、そこで試合しちゃえばいいじゃないですか」
桜井の正論に、似鳥先輩も返す言葉が無かった。
そんな中、石見先輩が口を開いた。
「いいね! 僕も試合したい!」
「部長……」
「石見。俺達、まだユニフォームすらないんだぞ? 背番号だって決めてないし、それこそ人数だって揃ってないんだぞ?」
「でも僕は試合をしたい。去年はたった五人しかいなくて試合どころか部の存続だって危うかったけど、今年は桜井君たちみたいに上手い後輩がたくさん入ってきて、いや、それでも人数は足りてないけどさ、このメンバーならきっと十人でも勝てるよ!」
石見先輩の熱弁は、先輩方全員の心を動かすには十分すぎた。
やはりみんな試合がしたいのだ。ミニゲームは数をこなしてきたが、敵同士ではなく味方同士で広いピッチで試合がしたいのだ。
その想いはみんな一緒のようだった。
白岩先輩が立ち上がった。
「皆、やってみよう。やる前からできないとか心配だするなら、いっそのことやってから後悔しようじゃないか」
その言葉に秋田先輩も呼応する。
「同じく僕もだ。今まで練習してきた成果を試してみたい。そこで何かわかるかもしれないし」
小笠原先輩も続く。
「練習も飽きてきたしな」
「お前の場合は狭いピッチのほうが走らなくて済むから楽だったんじゃないのか?」
「家具屋は黙ってタンスにでも隠れてガタガタ言ってろ」
「なんでだよ!」
全員想いは固まったようだ。
それを見た桜井は、笑みを浮かべて言った。
「まぁもう登録はしているんですけどね。次の土曜日が初陣です。それに向けてフォーメーションの確認と、ディフェンスの仕方の話をします」
「今さらフォーメーションの確認? この間話してたやつじゃダメなのかよ」
そう。この間俺にも話していた『4-3-2』でキーパーが桜井という布陣。これにはカラクリがあるのだ。
「はい。大したことじゃないんですが、4-3-2を途中から3-3-3に変えます」
「3-3-3? 元々SBを走らせてオーバーラップをして、俺と田辺が裏を狙うっていう作戦じゃなかったのかよ。3バックだとSBが上がってこれないじゃん」
「そうなんですけど、そうじゃないんです」
「どっちだよ」
「SBが上がるんじゃなくて、全員で上がるんです」
「全員で?」
「全員攻撃ってことか?」
似鳥先輩と小笠原先輩が『こいつは何を言ってるんだ?』という顔をして聞き返す。
「正確には秋田先輩と菊池には残ってもらう形になりますけど、全体的な押上げですね」
「それって……ゾーンプレス?」
「正解です」
ゾーンプレス。
前線と最終ラインの間をコンパクトにし、中盤でのボール支持率を高め、相手陣地での試合展開を基本とする戦術。奇襲や一か八かの時に使うことが効果的とされている。
メリットとしては、相手の陣地内で試合を行うことによって、こちらがボールを奪ってから攻めるまでの時間が極端に早くなる。
そしてデメリットは、ミスが許されないということ。前線に大量の選手を送り込むため、自陣の守りが手薄になってしまう。相手にボールを奪われて大きく前線へと運ばれたら一瞬でゾーンプレスは崩れてしまうのだ。カウンターに弱い作戦だ。
そんな戦術を桜井は今更になって『やる』と言い出したのだ。
「俺たちにゾーンプレスなんてできるのかよ」
「出来ます。というかやらないと勝てません」
「じゃあディフェンスの確認っていうのは、ゾーンで守るっていうこと?」
「はい。マンツーマンで守ったところで人数が足りなくて、敵が攻め込んで来たら対処しきれなくなるかもしれないので」
「ゾーンプレスにゾーンディフェンスか……」
「そんなの簡単にできるのか?」
「できます」
「なんでそう言い切れるんだよ」
桜井は俺を見た。
前に言っていた俺が『キーマン』というのは、この戦術の要が俺だということだ。
「翼ができると言ったからです」




