表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
賢者のイシ  作者: 駿河甲斐
act1 蒼
2/98

1 目覚めたら、知らない場所でした。

時々思い出したように浮かんでいる白の他は、ただひたすらの青。

自分の名前と同じ響き持つその色が、蒼の一番好きな色だった。

蒼というのは愛称で、本当の名前ではないのだけれど……。

本当の名前を付けてくれた親友――空色の髪の少女はまだ帰ってこない。

村の中で迷っているのだろうか。

蒼は小さくため息をつき、目を閉じた。


※ ※ ※


眩しくて目が覚めた。

「うー」

言葉になってないなと寝ぼけた頭の隅っこで感じながら、ごろりと寝返りを打つ。

途端、お腹が情けない音をたてて空腹を訴えた。

朝ご飯は何にしよう。

目玉焼きにトースト? ちょっと優雅に、シリアルにヨーグルトとアプリコットジャムをかけたものでもいいかもしれない。

大好きな紅茶の味と香りを楽しんで、しめのデザートは豪華にさくらんぼの缶詰をあけてもいい。

些細な幸福を考えながら、そっと目を開ける。

「……あれ?」

なんだかおかしい。そう思って一度目を閉じ、再び開ける。

「…………あれ?」

気のせいじゃない。真上に見える木の天井には、これっぽっちも見覚えがない。

きちんと理解すると同時に、体中の血の気が引いた。

体に巻きついていた布団を手荒に剥がし、慌てて身を起こす。手の下に柔らかなベッドの感触。

スプリングが、ぎしりと重い音を立てた。

「ど、どこ、ここ。え、ほんとにどこ、ここ!」

広い室内をせわしなく見回してみる。

壁紙は白く、床は高い天井と同じ木製だ。ベッドサイドの小さな机の上に、表題のない茶色い装丁の本と、溶けかけた蝋燭が無造作に置かれている。

灰一色のカーテンの、僅かな隙間から滑り込む透明な光が、本棚に並ぶ色褪せた本の背表紙を照らしていて、今が夜でないとわかる。

でも、ここがどこかは、やっぱりわからない。

しばらく呆然としていたが、無意識に手掛かりを求めたのか、伸ばした手が机の上の本に触れた。

「……記述書(きじゅつしょ)

何気なく口にした後に、違和感を覚えた。

(何それ? そんなもの、知らない)

知らない?

なら、どうして頭に浮かんだの? 

題名なんて、どこにも書いてないのに。

わからない。怖い、こわい、コワイ。

「や、やだ。なんで、何これ。私……私?」

ソレに気付いた時、再び全身の血の気が引いた。

パニックから、呼吸が止まりそうになる。

その時だった。ドアノブを回す音が、はっきりと耳に届いた。

「……っ!」

姿を見せたのは、一人の青年だった。

室内に一歩踏み入ってからこちらに気付き、ぎょっとした表情を浮かべ、僅かに後退する。

「な……誰ですか、貴女。ここで一体何を」

背が高い。切れ長の瞳とすっきり通った鼻筋を持った美貌の青年の問いに、彼女は返事を返すことが出来なかった。

青年の整いすぎた顔の造作に驚愕したせいでも、彼が見知らぬ人間だったせいでもない。

問題は彼がまとう服と色彩だ。

立ち竦む青年の瞳と髪は、冬氷を思わせる銀色。身にまとう緑青色の外套は、幻想小説の主人公が着ていそうな不可思議なデザイン。

こんな姿の人間には、現実世界ではお目にかかった事がない。

舞台用の衣装やカツラかとも一瞬思ったが、多分ちがう。作り物にありがちな安っぽい光が、さらさらの髪にもきらきらの瞳にも見られない。

(変なの……。でも、綺麗な人だなぁ)

見惚れて、けれど珍獣を見る様な目でに観察してしまうと、青年は気分を害したらしく、不快感をあらわにした。

「ここには、ヒトの盗品市場に出せるような物はありませんよ。見逃しますから、さっさと出て行ってください」

「は?」

最初、何を言われたのか理解できなかった。

やっと青年の言葉の裏側に気づいた彼女は、勢いよくベッドの上に立ち上がる。

長く素直な黒髪が、さらりと背に流れた。

「私は泥棒じゃない!」

すると、青年の口元が皮肉気な弧を描いた。

「別にごまかさなくてもかまいませんよ。捕縛して騎士団に突き出しに行くのも面倒ですから、見なかったことにして差し上げます。

ああ、ただ、一つ忠告を。次からは家主見つかりそうになっても、布団に隠れるのは止した方がいい。意味がない」

「別に隠れてたわけじゃないよ! だって私は……!」

そこで言葉が出なくなった。そして五秒後、糸の切れた人形のようにへたりと座り込む。

「そうだ……私」

ほしい答えが出てこない。自分の名前。

たった数文字のそれで安心できる筈なのに、思い出そうとすると思考が止まる。

彼女は、呆然とした表情で青年を見た。

「私……、誰?」

青年の鉄面皮が少しだけ崩れた。

        

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ