18 教えてもらった教授の真名。シオンって呼んでいい?
それじゃあ今日は休むからと、自分の部屋に戻ろうとした蒼は、ふと思い出した。
(さっき見た、変な夢のこと)
それから、今までにも何度か見ている、不思議な夢のこと。
伝えた方がいいだろうか。
けれど、口でうまく説明できるほど鮮明には覚えていない。
「ねえ、教授」
「なんですか」
「えー、っと」
蒼は悩んだ末、不思議そうにこちらを見ていた教授に、他の話をふることに決める。
「シオンって呼んでもいい?」
「だめです」
余りに早い返答に、蒼は思わずぽかんと口を開ける。
「そ、即答」
「当然でしょう。許可できるわけがない」
彼は「ジェイラ」と、何かを試す様な表情と口調で言った。
勉強成果を試されていると気づいた蒼は、慌てて知識の倉庫をひっくり返す。
言霊使い。
確か、暗示の力で他者を操ることができる存在。
そして、暗示をかける際必要になるのが、対象の真名だったろうか。
「えーと、言霊使いに知られたくないから、本名呼ぶなってこと?」
「その通り。いつ災種に憑かれた言霊使いと相対するかもわかりません。そんな相手の前で真名を連呼されても困ります。だから外では決して、オレをシオンと呼ばないで下さい」
一瞬、顔を苦痛に歪ませたような教授を、蒼は怪訝に思う。
「言霊使いに出会う事は滅多にないって本に書いてあったけど、それでも駄目なの?」
しかも相手の同意がなければ、動きを止めるとか思っている事を口に出させるとか、せいぜいその程度の事しかできないはずだ。
強い暗示をかける事ができるのは、相手がそれを望んだ時だけ。
一方通行では成り立たない。
並はずれて強い力を持った言霊使いの場合は、その限りではないらしいけれど、そんな言霊使いは滅多にいないはず。
だから何もそこまで慎重になることはないのではないか、と蒼は思う。
しかし教授は、厳しい表情を崩さなかった。
「これはオレだけの問題じゃない。例えば予言者が操られ、真実とは違う予言をばらまかされたら、周囲はどうなると思います」
「……混乱する?」
「それですめばいい。大規模な混乱の先には、いつだって死の影がちらつく。それらを避ける為にも、オレの様に特殊な力や役割を持つ者は、言霊使いを警戒しなくてはいけない。
義務なんですよ。大地の常識です」
蒼は、うーんと唸る。
彼を教授と呼ぶことは、蒼が「おい、人間」と呼ばれることと同じだから、名前があるのなら呼びたいと思ったのだけれど、どうやら彼は頑なだ。
「……わかった。教授が嫌なら、これまでどおり、教授って呼ぶ」
「そうして下さい。言霊使いの力は――色々な意味で厄介ですから」
教授の言葉にやや釈然としないものを感じつつも、蒼はお休みと言って扉を閉めた。