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賢者のイシ  作者: 駿河甲斐
act4 導き
16/98

15 全なる蒼き雫。教授からのプレゼント。

不法侵入してしまったものは仕方がない。

この際、他の部屋も見て回って賢者を探してみようという蒼の意見に、しぶしぶ教授が同意した時だった。

「……ん?」

蒼は、何かに呼び止められた気がして足を止めた。

「蒼? どうしました」

部屋の外に半歩踏み出していた教授が、早く来いと言うように開いた扉をこづくが、蒼は答えられない。

呼吸を潜めて、耳を澄ませる。


りぃん


薄いガラスが風に撫でられ、奏でたような、脆く小さな音。

空耳かと思ったが、違う。

頭の中に直接響いてくるような音色に誘われ、蒼は窓に近寄った。


りぃん


外からじゃない。

窓のそば。木製の大きな本棚。

教授の屋敷の書斎の一角のように、古ぼけた分厚い本がぎっしりとおさめられている。

「やれやれ。今度は一体なんですか」

「音が……聞こえない?」

「音?」

近寄ってきた教授に頷くと、彼は何も聞こえないというように眉根を寄せる。

本棚の前に立って、蒼は小さく首を傾げた。

しゃがんで、一番下の棚に並ぶ本の背表紙を、左側から順に、一冊一冊指で辿る。

「あ、これだ」

右から三番目。瑠璃色の、題名の無い本。

紺色の刺繍で何かの蔦が描かれたその本は、分厚さに反比例してとても軽かった。

表紙に指をかけると、何かにひっかかって開かない。それでもぐっと力をこめると、ぱかんと軽い音を立てて、やっと開いた。

「っわ! びっくりした!」

壊れたかと思った。そんな感じの開き方だ。

「本ではなく、箱、ですか」

教授も驚いたように、後ろから覗き込んでくる。

蒼は、教授にも本のような箱の中身が見えるように、彼と向き合った。二人して、まじまじと覗き込む。

「何か入ってる……。これ、石?」

「の、ようですね」

青い天鵞絨(ビロード)に収められていた瑠璃色の石を、ころりと掌の上に転がす。

透明で、深い海の色を湛える石は原石なのか、滑らかだが不均等な表面をしている。

光にかざして覗き込むと、不思議なことに、蛍のように明滅する小さな光の粒が、石の中をゆっくりたゆたっているのが見えた。

「うわわ、見てみて教授、ほら、光ってる。でも、全然熱くない。すごい、きれい……。これって、灯石と同じもの?」

「いえ、これは……」

石を手渡すと、教授も同じようにそれを光に掲げ、目を眇めた。

「驚いたな。これは、賢者の石です」

「へえ……って、まって、まった。それ、石ころを金にかえちゃうとかっていう、あのっ?」

「ああ、簡単でしょうね、その程度」

「うわー……異世界だ」

教授が物珍しげに覗き込んでいる石を、蒼も一緒になって覗き込む。

きらきらと輝きを移ろわせる石は、万華鏡のように見ていて飽きない。

「この石は別名『全なる蒼き雫』と呼ばれています。賢者がまだ〈約束〉(マナ)で力を制限される前に、己の力の欠片を結晶化させて創り出した、ヒトビトを望みに導くための石」

「望み、に? じゃあ」

「残念ながら、無理です」

遮られてきょとんと瞬く蒼の掌に、教授はぽとりと石を落とした。

「この石を使えば、記憶が戻るかもしれない、と思ったんでしょうが、無理です。これは、オレや貴女が持っていたところで、ただの石ころに等しい価値しか持っていませんから」

「望みに導いてくれる石なんじゃないの?」

「ヒトビトの、とも言いましたよ。オレも貴女もヒトではありませんから、この石は使えない。もっとも今となっては、例えヒトであろうと、誰もそれを扱えはしませんけど」

「今となっては、ってことは……。もしかして〈約束〉(マナ)絡み?」

「貴女も、大分〈約束〉(マナ)の存在に慣れてきたようですね。その通りです」

教授が、微かに笑った。

今までに何度か見た、何かを諦めたような、何かに縛られているような冷たいそれに、蒼は一緒に笑うことができない。

――教授のこの表情は、あんまり見たくない。

「万能の力が込められた、ヒトの為に存在する石を、大地(アストリア)が野放しにするはずがない。今の賢者の石には、大地(アストリア)の許しがあり、かつ賢者が扱った場合のみ使用できる、という二重の〈約束〉(マナ)が課せられています。

だから、この石によって誰かが望みに導かれる、ということはこの先二度と、ないでしょうね」

「ない、の? だって、大地(アストリア)に使うことを許してもらって、それから賢者に頼めばいいだけなんでしょ? だったら」

大地(アストリア)が許すはずがないでしょう。許されるはずがない。〈約束〉(マナ)が生まれた経緯を、もう忘れましたか」

教授の声色は冷たい。

けれど蒼は納得できなくて、石を握りしめる掌に力を込めた。

「ちゃんと覚えてるけど、許さないってことは、ずっと怒り続けるってことだよね。それ、考えただけでも疲れる……私なら無理、絶対。

それに、ヒトだって結局は絶滅させられずに、大地(アストリア)の上で生きて暮らしてるわけだし。いつか許すつもりがあったから、大地(アストリア)も、そういう条件をつけた……って考えたりしないの?」

「貴女の前向きさは尊敬できますが、大地(アストリア)に関しては、そんな甘い考えでいれば命に係わりますよ」

静かにため息をつく教授は、怒るというよりは小さな子どもを諭すような口調だ。

「ヒトが生かされたのはあくまで仕方なくであって、そこには恩情など欠片もなかったと説明しましたよね。そもそもオレ達始まりの七人を大地(アストリア)が許すなど、ありえないんですよ」

淡々と喋る教授の表情は、やっぱり諦めに満ちていて。

蒼はその表情に気を取られ、教授から手渡された青い石を、思わず落としてしまった。

ぽすりと、情けない音を立てて絨毯にもぐりこんだ石は、まるで今の蒼の気持ちの様だ。

どうしてそんな風に苦しそうな顔をするのか、聞きたいけど聞けない。

また、関係ないことだからと拒否されるのが怖くて、知りたいと思う気持ちを心の底の方にもぐりこませて、蓋をしてしまうしかない。

そんなことを考えていて反応が遅れた蒼に代わって、教授が石を拾い上げた。

親指と人差し指でつまんで眺めて、少し考える素振りを見せる。

「これ、持っていきますか」

「うん……って、いやいや、え? 本気?」

泥棒するつもりか。驚くと、教授はあっさり「別に構わないでしょう」などと言う。

「もしかすると、これは、貴女が持っているべきなのかもしれませんから」

「私が? なんで?」

「音が聞こえたと言いましたね」

「うん」目を閉じ、耳の奥で思い出す。「すごく、綺麗な音だった」

「その音に導かれて貴女は石を見つけた――導きし存在(もの)である、賢者の創造物をね。そこに、何らかの賢者の意図があることは、間違いないでしょう。

貴女は石を見つけさせられたんですから、泥棒ということにはなりませんよ」

なるほどと蒼は納得する。

けれど、他人の物、しかもかなり曰くのありそうな代物を勝手に持ちだすのは、勇気がいるし後ろめたさはぬぐえない。

「不法侵入者が何を今更悩んでいるんですか」

「う」

蒼は目をお魚みたいに泳がせる。教授が、ひょいと肩をすくめた。

「どうせそれも、今は単なる綺麗な石ころでしかないんです。賢者に何か文句を言われたら、オレが弁解して差し上げますよ」

「ほんとに? むー……じゃあ、ちょっと借りていくってことに、する」

はいどうぞと、蒼の掌に、再び石が落とされる。

どこにしまっておけば無くさずにすむかと考えていると、教授が石に、そっと手をかざした。

「『連なりし檻を授ける』」

ふわりと、掌に風を感じた。思わず目を閉じる。

再び開いた目に入ったのは、蔓に似た銀細工で青い石をそっと閉じ込めた、可愛らしいペンダント。

「可愛い……」

「はいはい、見惚れるのはその位にして。ほら、貸してください」

かなり好みなデザインと、それから異世界の不思議再びな光景に、蒼がうっとりしていると、横から手が伸びてきてペンダントをさらっていった。

あ、と思う間もなく、教授の手によって、さっさと首に下げられてしまう。

胸元で静かに揺らめく青い光を見下ろして、蒼は頬を緩ませた。

「ありがとう、教授」

「いいえ。適当にしまわれてしまうと、転んだ時にどこに落とされるかわかりませんからね。そうしておけば、流石の貴女でも無くさないでしょう」

「なんで転ぶこと前提なの」

教授は答えず、口元だけで小さく笑う。

その笑みに温度を感じ取れば、蒼はほっとして、怒るのも忘れて一緒に笑った。




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