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賢者のイシ  作者: 駿河甲斐
act3 旅立ち
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9 乗馬と落馬とそして覗き見えたもの。

――寂しくなぁい? あたしはとっても寂しいわ。ねぇ、だから……。


       ***


気合で乗り越えられない壁もある。

たった数十分で、蒼はそれを嫌というほど実感した。

とにかく、痛い。体中が痛い。

特にお尻と両腕は悲鳴を上げすぎて、もはや虫の息だ。

助けてと、そう言うことすら辛くて、できることと言えばぐったりとと黙り込むしかない。

「慣れていない者が馬に乗れば、まあ、こなるでしょうね」

「うぅ……一人で乗ったわけじゃないのに」

蒼は教授の後ろに跨って、ただ馬の背に揺られていただけなのに、この有様だ。

呆れたような教授の両腕につかまり、更には彼に全身ですがってようやく、馬の背から地面に降りる。

蒼は余り背が高くない。

だから馬の背に乗った時は、見晴らしの素晴らしさにうきうきと周囲を見回したものだが、栗毛の彼が走り出した途端、様子は一変した。

思ってもいない、激しい上下左右の揺れ。

何度舌を噛み、落ちそうになったか。

実際、走り出してすぐの時、一度ぽとりと落下した。

まだあまりスピードが出ていなかったおかげで、背中とお尻を打っただけで済んだのだが、それでも痛いものは痛い。

そして痛みは現在進行形で続いていて。

「つ……疲れた。それで色々痛い……」

「大した距離を走ったわけではないんですけどね。仕方ない、貴女はここで待っていてください」

ここ、とは空を覆うように枝葉を付けた巨木の下だ。何の木かはわからない。

のろのろと顔を上げれば、背の低い柵で囲まれた、いくつかの家が見える。

「もしかして、あそこ、リーネ村?」

「そう。その、入口です。もう少し奥に行けばヒトが集まる界隈がありますから、ちょっとそこまで行って、貴女の情報がないか、オレ一人で確認してきます。

本当なら、貴女自身が出向いた方が、正確な情報が得られる可能性が高いんですが」

ぐったりしている蒼を見て、教授は小さく首を振る。

「無理ですね、その様子じゃ」

「うー……ごめんなさい」

「予想の範疇ですからお気になさらず。では行ってきますから、おとなしく待っていてください。馬を頼みます」

「いってらっしゃい」

小さく手を振って、見送る。

緑青色の外套が建物の陰に消えて見えなくなってから、蒼は巨木にずるずると背中を預けた。

マントの上から座れば、血を洗い落として白一色に戻ったワンピースが汚れる事もないだろう。

けれどやはりお尻が痛くて、何度も体制を変えなければならなかった。

少しだけ太陽を眩しく感じて、マントについたフードを目深にかぶる。

車が恋しい。

そんな風に思いながら、見上げた空は快晴だった。

葉の隙間から零れる太陽の光は優しく、うとうととした眠りを誘ってくる。

目を閉じてしまうまで、時間はかからなかった。

これからどうなる、とか。

これからどうする、とか。

やっぱり体中痛い、とか。

そんな思いが、ぼんやりと霞む頭をぐるぐると廻る。

――なんだか疲れた。

外だけど。

知らない場所だけど。

教授が戻ってくるまで、このまま寝てしまおうかな。


       ***


「助けてくれっ……!」

蒼は飛び起きた。

いや、起きようとした。

けれど体が動かない。

(な、なに。悲鳴?)

指先すら動かなかったが、どうやら目は開けられる。

「……え?」

飛び込んできた風景を、蒼は信じられない思いで見つめた。

いつの間にか、夜だった。

真っ黒なはずの夜空が、茜色のグラデーションに染まっている。


村が、燃えている。


「た、助けてぇっ」

「早く逃げろ! 逃げるんだ!」

「どうしてっ? どうしてここから先に進めないのっ。逃げられないわ! 誰か、誰か!」

「ママ……ママぁ。痛いよぉ」

家が燃えていて。

柱が崩れて。

割れた窓から炎が揺らめいて。

悲鳴を上げた人々が、逃げ惑っては倒れる。

火の手のない村の外に必死に逃げ出そうとしているが、なぜか彼らは一定の場所まで来ると、そろって足を止めた。

違う。

止めたのではなくて、見えない壁のようなものに遮られて、迫りくる炎から遠ざかることが出来ないでいる。

必死に叫びながら、見えない壁を拳で叩く。

体当たりをする者は、みな激しく弾き返されて、地面に倒れると動かなくなった。

こんなの、酷い。だめだ。助けなきゃ。

でも、体が動かない……!

――くすくす。

背中の方から、笑い声が聞こえた。

――助けたい? あなたの大切なヒト達を。

くすくすと、再び誰かは笑った。

――助けてあげる。だから、かわりにあたしのお願いをきいてちょうだい?


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