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続 コイノボリ  作者:
1/4

距離

「あーつーいー」

あたしは期待していたより温い机に突っ伏しながら、まるで自らの体温を絞り出しでもするかのようにそう言った。もちろんこんなことでもう37℃に達していたとしても何らおかしくないあたしの身体が涼しくなったりはしない。

「折村さん、さっきからそればっかりだね」

委員長さんがくすくすと笑う。

・・・そうだ、あたしの隣に居るのは委員長さんなんだ。


―アルトは、あたしの大好きなアルトは、今ここには居ない。




絵の勉強をちゃんとしよう、と決めたあたしは県最難関の一高(といってもデザイン科のせいか多少偏差値は低くなってるんだけど)を受験して、最後まで努力圏のままだった成績でなんとか合格した。正直、実技試験と進藤先生の推薦がなかったらこんな奇跡起こらなかったと思う。あとは、自分だって受験勉強が大変なくせに最後まであたしの勉強に付き合ってくれたアルトのおかげ。

そのアルトは学区内のごく普通の県立高校に入学した。偏差値が50よりちょっと下をいくくらいの学校だったけれどアルトの成績じゃ確実とは言えなかった。まあ、やるときはやるアルトはあたしの勉強に付き合っているうちに成績が爆発的に上昇し、一高普通科合格圏(さすがに安全圏にはならなかったけど)にまで達しあたしをはじめとした周りの人たちを驚かせた。一緒に一高受けてくれるのかなってあたしはちょっと期待したんだけれど、アルトは「そんな面倒なことしねーよ」と一蹴して最初から狙っていたその高校を受験したのだ。しきりに一高受験を勧めていた先生たちの落胆ぶりは見ていて爽快だったけどね。

そういうわけで今、あたしとアルトは別々の高校生活を送っている。


―あたしは、アルトのこと好きだよ


ずっと秘めていたはずなのに、意外と簡単に出てきたその言葉。告白されるときはどんなだろう、って考えて、色々とロマンチックなシチュエーションとかを思い浮かべてはアルトの台詞を想像して悶えていたりしたっていうのに、アルトが突然変なタイミングで言ったりするから全て台無しになった。アルトは想像していたより全然カッコ良くなんてなくて、なんだか今思い出しても拍子抜けしそうになる告白だったけれど、でもそんなアルトが大好きだって実感した。


した、はずなんだけどなあ。

「折村さん、どうしたの?今度は黙り込んで」

委員長さんがあたしの顔を覗き込んだ。

あたしは慌ててかぶりを振って、

「ううん、ちょっと暑すぎて軽く意識がとんでただけ」

「ええっ!?余計心配だよ!」

おろおろする彼女に冗談だよ、と告げてあたしは席を立った。

委員長さん、柏木渚(かしわぎなぎさ)はあたしの生涯十六年間のなかで初めて出来た女友達だ。もっとも、男友達もアルトしか居なかったんだけど。

あたしはあんまり人付き合いの得意な方じゃないし、アルトに会ってからはもうアルトさえ居ればそれでいいってそれ以外の友達なんて作ろうともしなかったから、こういう関係は新鮮であり、ちょっと勝手が分からなくもあった。

デザイン科というだけあって芸術家気質の変わった人もいるけれど、それでも委員長さんみたいないたって普通の人も多い。アルトが居ない今年案の定あたしは浮いていて、それを放っておけなかった委員長さんに拾われたというわけだ。といっても委員長さんは委員長さんでなぜかちょっと浮き気味だったので、そういう者同士固まったというだけのことかもしれない。

話してみてすぐに分かった。この子とは話が合わない。

もっともアルトとだって話が合っていたかといえば疑問なんだけど。いつも自分からあまり話さない、というか面倒臭がるアルトにあたしが一方的に話しかけてばかりいたような気もする。

まあそれにしたってアルトと居てこんな風に感じたことはなかったし、多分本当にあたしとあの子は合わないんだろう。もしかしたら、元々アルト以外とは合わない性格なのかもしれない。

だとしたら、アルトと出会ったのは運命・・・とものすごくひとりで悶えそうになりながらあたしはトイレの個室に入った。

ここで携帯を開いたのは別に校則で持ち込み禁止になってるとかじゃなくて(うちの学校の校則はゆるすぎず厳しすぎずの絶妙なラインをとっている)、ただ委員長さんの前で携帯を開いたりしたら悪いかな、と思ったのと、彼氏からのメールを見てにやけている顔はあまり見せられたもんじゃないからだった。彼氏(きゃ、言っちゃった)の話は普通の女友達の中ではあまり歓迎されないってことはなんとなく知っている。リア充とか言われちゃってさ。いいじゃん、充たされてて何が悪いのよ。

と開き直ってみるけどやっぱり惚気話なんて聞いても何も面白くないことくらい分かるので、あたしはアルトとのメールのやり取りは一人ですることにしていた。

うきうきしながら受信BOXをチェックしたけれど、広告が二件とママからのメールが一件しか入っていなかった。新着メールがないか問い合わせてみても何も届いていない。

「・・・はあ」

あたしはため息をついた。

アルトは面倒臭がりで、それはメールにも顕著に表れた。あたしからメールしないと絶対してくれないんだもん、アルトの馬鹿。


一高は、全寮制だった。

あたしも住み慣れた街から少し離れた寮で暮らしている。つまり、アルトとはなかなか会えない。

ううん、会えない距離ではないんだけど、昔のように気安く会えなくなっただけだ。こういうのも、遠距離恋愛っていうのかな?

あたしは毎日だって電話とかメールとかしたいのに、アルトからは全然してくれない。まああたしが連絡すれば返してはくれるし、それはいいんだけど・・・。でもそれって最低限のラインでしかないと思う。

梅雨が明けて夏になって、期末試験ももう答案返却しか残っていない。アルトだってそれは同じはずなのに、一度もデートの誘いが来ないのはどういうこと?

「あたしは、会いたいのになあ・・・。」

でもそれを自分から言うのって何だか負けた気がするし、そもそも彼女に言わせるもんじゃない・・・はず。

携帯が震えた。

ぎょっとして思わずとり落としそうになる。落ち着いて握りなおしフリップを開くと、ディスプレイに表示されていたのはアルトの名前だった。

「アルト・・・!」

急いでメールを開く。そこには、

『sub:悪い

大会近いから特別メニュー組まれた。

帰るの遅くなる。メシ先に食べてていいから。』

・・・これは、多分・・・送り先を、間違えてる・・・?

まあ五十音でいくと“お袋”と“折村枝葉”は近いし・・・。でもそれにしたってお母さんと彼女間違える!?

あたしは今までの葛藤が嘘のように、迷いなく電話帳からアルトの番号を引っ張り出す。

呼び出し音はきっかり5回だった。

『枝葉?何か用―』

「バーカ」

『はあ!?なんだよいきなり!?』

「あたしに帰宅時間知らせてどうすんのよ。メシ食べてて、とか言われんでも食べるわ!」

『はあ?・・・・・・・あ、おいまさか』

「自分のママと彼女を間違えんな!確認くらい面倒臭がらずにやんなさいよアルトのバーカ!」

『いや、それは悪かったけどさ・・・。それにしたってお前機嫌悪くねーか?』

アルトの的確な指摘にうっと詰まる。お世辞にも楽しいとは言えない学校生活に、正直結構イラついているのだ。

「・・・そんなこと、ないけど」

『嘘吐け。声聞きゃすぐ分かんだよお前のことくらい―』

その台詞に不覚にも泣きそうになってしまった。

あたしのこと分かってくれてるのは、やっぱりアルトだけだ。

『―やたらとバカバカ言うからな』

「・・・・・・はあ?」

『メールだとさすがに気付くのかそんな書かねーけど、話してるとポンポン言うんだよな』

自覚はなかったけれど、それは誰でも機嫌が悪いって分かるでしょ、いくらなんでも。

つまりアルトは周りの人たち、委員長さんとかと何にも変わらないレベルってこと。こんなに長く一緒に居るのに・・・そう思うと何だか悲しいのを通り越してムカついてきた。

「―アルトのバ・・・・・・アホーーーッ!!」

『ちょ、お前何いきなり―』

アルトの声を遮って通話を切る。気付いていないうちに息が上がっていた。息を整えていると段々と周りの音声が耳に入ってくる。何、この笑い声・・・?

・・・・・・あ、ここトイレの中じゃん。

今の会話が筒抜けになっていたことに気付いて顔が熱くなる。うわあ・・・明らかに痴話喧嘩だって笑われてるでしょこれ。

これじゃあ出るに出られない。まあ、声でとっくにバレているんだろうけれど。

予鈴が鳴るまでの10分間、あたしは個室の中で赤面したまま頭を抱えていた。



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