改・師の教え、ウサギとカメ
前作の改訂版でありますが、二倍以上長くなりましたので、新たにアップします。
「本当の美人がみたいというから、つれてきたんだ」
亀さんは、部下の高島を女将に紹介した。
「亀さん、ほんとうにお口がお上手なんだから、そんなこと言ったら、ほんとうにしちゃいますよ」
そう言って、女将は笑った。
落ち着き艶やかな、女将の色気で、同行の高島は、うっとりしてしまった。
「確かに、ここの女将は美人ですね。課長さんが、グラビアの写真よりも美人がいるとかいうんですよ。女将説明しますとね。僕は、課長さんを横に置いて、失礼とはわかっていたんですけど、スタンドで週刊誌買っちゃったもんだから、読まないわけには行かなかったんですよ。で、グラビアのページ開いていたら、課長さんがのぞき込んで、『なんだ』とか言い出すんですよ。こっちが、なんだとか思ったら、『近頃のグラビアは質が低い』とか言う。なんのことかと思ったら、ここの女将のことなんですよ」
亀さんに初めてここに連れてこられた高島だが、ヌケヌケと世辞をいって、女将に本気で取り入ろうとする。
それをみて、ワハハと、亀さんが、笑う。女将の魅力に高島が屈服したのが、とても気分良い。亀さんは、毎週、この店に通っている。ここの女将に惚れ込んでいるのだ。
本当は、もっと頻繁に通いたいのだが、懐が許さない。週に一、二度が限界である。
亀さんは、この店のとっては上客で、女将も、亀さんを大事にしているのがわかる。
この店は、亀さんと女将が、主人公である。社内とは違って、亀さんは雄弁になりはじめたころ、亀さんにとって、疫病神、あるいはライバルとでも言うようなものがやってきた。
「女将、今日もご機嫌だね」
のれんをくぐってその男が、入って来る。
その男は、財布も重いが、地位も重い人物であった。肩書きだけは、亀さんと同じ課長であるが、無口であり、威厳がある。もったいぶった話し方が、言葉の一言一言に重みを演出している。超一流会社のオーナー一族の御曹司である。
「そうそう、女将、けっこういい話があってね。女将には喜んでもらえると思うのだが……」
などといった話し方で、自分の権力、金満ぶりを誇示するようなエピソードを語り始める。すると、あわれ女将は、反応してしまう。たしかに、その男金回りがいいのは一目瞭然であるのだが。
「女将は、こんな店で、埋もれさせておくのは、惜しい人だ」
男は、この言葉で話をまとめるのだが、この男も女将のこころをつかもうと懸命である。
また、この男、体重も重ければ、吹き出す汗も重い。なにかと重い男である。そして、譲らせる男である。男が入ってくると、会話が停止し、店の一同が立ち上がり、会釈して男に席を譲る。男は、最上の席に、当然という顔つきで座る。
亀さんは、きゅうに、酔いが醒めちまった。
「高島、次の店に行くぞ」
「ゆっくりしていらっしゃればいいのに」と、女将が止めるが、本気じゃないのがわかる。
「課長、今日はとことん付き合いますよ。」亀さんの気持ちを察した高島が、後をついて行く。
『同じ課長ではあるが、月とすっぽん、ほんとうにウサギとカメのカメさんだ!』
高島は、亀さんが哀れに思えた。二人は、いまの亀さんをいやしてくれそうな店『PUB・ロマンス』へ行こうとしていた。
しかし、行こうとする道が塞がっていた。格差社会に反発する人たちのデモとぶつかったのであった。
「これは、ただ事じゃない。これじゃ『PUB・ロマンス』にたどり着くのは無理ですよ。あそこのママは美人ではなく年もとっているけど、黙って話を聞いてくれる。こんなときに、頼りになるママなのになぁ」
高島は、デモに行く手を塞がれ、意気消沈してしまった。高島は、傷心の課長、亀さんを見捨て、たちまち帰宅モードとなった。亀さんは駅に戻ると高島と別れた。
しかし、亀さんは電車には乗らなかった。デモを避け、今までに通ったことのない道に進んだ。今のいたたまれない気持ちをやり過ごすために、亀さんは夜の街にもどっていった。
泥棒組合「ウサギとカメ」
それは、奇妙な看板だった。
すこしばかり酔っていたせいもあるだろうか、その意味がよく飲み込めなかった。しかし、男はその看板に強く心を惹かれた。
亀さんは、その看板の案内に従い、雑居ビルの二階の扉を開いた。
中は、小さな麻雀屋さんになっていた。
「あんたに言われたとおり準備は進めてある。俺たちは、あんたがやってくるのをクビを長くして待っていたという次第さ」
亀さんには、何のことやらサッパリ事情が飲み込めなかったのだが、ここにいる連中は、亀さんが、ある誰かであることをまったく確信しているようであった。
ある誰かというのは、この男たちのボスに当たる人物なのだろう。
男たちは、麻雀を切り上げる。タバコの火を荒々しい仕草でもみ消した。飲みかけのビールを一気に飲み干した。
そして、金庫のなかから紙袋を取り出すと、亀さんに手渡した。紙袋はずっしりと重く、その重さと手触りで中身が確信できた。
激しく燃え上がる炎。 警部は、なすすべもなく、たちすくしていた。 放火! この犯罪グループの口としては、さらに手荒なものに思われた。
犯罪グループの一味の男が逮捕された。よいニュースはこれだけだ。
この男は証言を行った。
そしてわれわれは、犯行グループの全容のほんの一部だがうかがい知ることになった。
やつらの手口は、非常に巧妙なものであった。彼らは仲間同士でありながら、お互いのことはまったく知識がないのである。
仕事が終わったあとには、互いの知識が催眠術かなにかで消されてしまうかのようにおもわれた。
「これでは、まったく手のつけようがありませんな」
捜査担当者たちは、会議室で溜め息をつくしかなかった。犯人グループをいまだに逮捕できずにいるために、世間は警察の怠慢ととらえた。
この事件の捜査会議の末席を占めていたのが、警部である。彼は、地道な仕事ぶりを常日頃評価されていたが、捜査会議では、いつも沈黙を守っていた。発言するものは、頭の切れるエリート捜査員で自分は、関係ないものと考えていた。意見を求められない限りは、自分の意見をいうということはなかった。意見を求められても「自分の仕事は、こつこつと現場をあたることでして」という逃げ口上ばかりだった。
しかしながら、今度の事件は、奇妙不可解なもので、優秀なエリート捜査員もお手上げの状態であった。
会議室には沈滞した空気が流れ、警部は、とても眠くなってしまった。
「ウサギとカメ? 警部、それはどういうことですか」
警部は、ふと気づくと、自分は立ち上がり、なにか意見を表明していた途中であったのだとわかった。
『俺は、夢うつつで、アイデアを考え出し、発言してしまったらしい』
そういえば、居眠りの中で、警部は、自身の頭に閃くものがあったことを思い出した。
警部は、捜査会議に出席していた同僚の一人が、自分をにらみつけていることに気づいた。
その同僚は、警部よりも二十も年下であるのだが、まもなく自分の上司になる予定だった。
「ウサギ……。そして、……カメ。そうだ! ウサギとカメだ」
居眠りしていたことがばれないように、思わず叫んだ。すると警部は、同僚でもあり、まもなく上司になる男にさらにきつくにらまれてしまった。警部は、動揺した。
「今回の事件についていうならば、ウサギとカメじゃなくて、むしろイタチごっこじゃないですかね」
同僚でもあり、将来の上司が冷たくつぶやいた。
「ウサギとカメでなにが悪い?あの話のウサギのように隙をみせてくれなきゃ、君も僕も困ったことになってしまうだろう」
警部は、意味をなさない反論を試みた。同僚であり、まもなく上司になる男に口答えするなんて、警察に入って初めての大失態である。何かわからないが、そのとき、意味不明の腹立ちが警部の腹の中にあってコントロールが利かなくなっているのは確かだった。
たしかに警部のばあいには、大人になってもいつまでも消えない、反発心が明らかに、出世の妨げとなっていた。
警部は、会議の後腹立ちを紛らわすために巡回に出た。
「定時の巡回じゃないけど、構うか! 常識にとらわれていたんじゃ警察はつとまらない。たしかに、おれが犯人なら定時の巡回を避けて、犯罪を行うだろう。俺は出世について言えばカメ人間で、一方、同僚はウサギばかりでどんどん俺を追い越していく。しかし、カメにはカメの流儀があるのだ」
警部は、まず歓楽街を回ってみることをかんがえた。
泥棒組合「ウサギとカメ」
それは、奇妙な看板だった。
このところの捜査のために疲れが溜まっていた。そのせいとはいわないが、警部はその看板に強く心を惹かれた。
警部は、その看板の案内に従い、雑居ビルの二階の一室の扉を開いた。
中は、小さな麻雀屋さんになっていた。
「おまえさん。ヤケに遅かったじゃないか」と店主らしい男が言った。
「あんたに言われたとおり準備は進めてある。俺たちは、あんたがやってくるのをクビを長くして待っていたという次第さ」
警部には、何のことやらサッパリ事情が飲み込めなかったのだが、ここにいる連中は、警部のことが、ある誰かであることをまったく確信しているようであった。
ある誰かというのは、この男たちのボスに当たる人物なのだろう。
男たちは、麻雀を切り上げる。タバコの火を荒々しい仕草でもみ消した。飲みかけのビールを一気に飲み干した。
鴨居にかかった額には、勢いのある筆で『急がば回れ! カメ・万歳!!』と揮ごうされていた。
『おれたち、カメ組に肩入れするための組織であることは間違いない』
警部は額を見て、今度の事件の本質というか、この謎の組織の性格を知った。
ところで、男の一人が金庫のなかから紙袋を取り出すと、警部に手渡した。紙袋はずっしりと重い。警部は、その重さと手触りで中身をあてようとした。
そのとき、なぜか警部の頭に先生の思い出が、小学校の頃の思い出がよみがえってきた。先生は、警部にとっては、今でも大切な人である。彼女は、警部に人生の生き方について、いろいろと教えてくれた。警部は、その教えを守って生きている。先生は、小学生の警部たち、児童にいつも問いかけたものだ。
『あなたたち、私がお話ししてあげた、ウサギとカメの話しを聞いてどう思いました。あなたは、ウサギになりたいの。カメになりたいの。大切なことを決めるときには、自分自身に聞いてくださいね。これは、ウサギなのか、カメなのか。』
警部は、何か迷いごとがあったとき、悩んだとき、師の言葉を思い出した。そして、どのように行動するか、どのように決断するか決めた。
『けっきょくは、地道に生きるカメの道を選ぶように、あの時は言っていたのではなかったのか?』
警部はそう信じていた。ところが、ところが、先日同窓会で再会した、かっての若く、かつ魅力的だったあの先生が、いまは医者と結婚しており、羽振りが良かったのを思い出した。
『実は先生はウサギの勝ち組の道を選ぶことをすすめていたのか?』
警部はわからなくなってしまった。
ただ、今度は別の意味で、全く新しい仕切り直しという意味で、警部は、ウサギとカメどちらをとるかの究極の選択を迫られていることはわかった。
ウサギなのか、カメなのか?
しかし、やがて迷いの時間が過ぎ去り、答えのようなものが警部にもたらされた。
奇妙なことに、その答えは、ふっと警部の心に思いかけないような方向の反発心を生み出した。
警部は、子供の頃のきかんぼうの警部に戻った。心の中の思い出の先生に言い返したのだ。
「こいつは、ウサギでもなく、カメでもない。こいつはコルトだぜ。先生」
了
ヒント:コルトは、銃のメーカー名であり、子馬を表す英語でもあります。