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EP3 不可解

「……たとえ女であろうと、容赦無く銃を突きつけるんですね、貴方達は」


 夜の住宅街の一角。

 リーアは自分の背後で震える少女の様子をちらりと心配してすぐ、いつものそれとは打って変わった冷たい声を張る。

 彼女の階級は、まだ軍の中では最下層にあたる一等兵。勝手な判断でピストルを抜くわけにもいかない。――いや、実はこういった緊急時であれば、指揮官でなくても自己判断での武力行使は許されるのだが、この時の彼女はまだその事実を知らなかった。

 彼女の言葉に相手はさほど動じずにむしろ鼻で笑うと、よせばいいものを彼女以上に声を張り上げてこう叫んだ。


「メシア様の意向に反する者には制裁が与えられる、それだけだ。それがたとえ女だろうと幼子だろうと、そして将校だろうと関係ない。さぁ、早く渡せ!」


 進路妨害、恫喝。れっきとした公務執行妨害行為に、リーアのシアンブルーの瞳が含む光はいよいよ氷のように冷たくなる。そして、それまで辛うじて浮かべていた微笑みまでも消した彼女は、左手に持っていたランタンを地面に置くと、右手を握りしめる少女の手をそっと空いた左手に移動させる。


「……え?」

「ごめんね。私の利き手、右なの」


 自分の方を見もせずそう言い始めたリーアに、少女は焦って食いつく。


「な、何するの?」

「流石にこれだと一人じゃキツいから……助けを呼ぶの」

 そう言って彼女が腰ポーチから抜き取ったのは、携帯用の軍用小型ピストル。小さいくせに殺傷能力だけは高いそれに、その場の空気が一瞬にして凍りついた。しかしそれの銃口が向けられたのは、目の前の白軍団ではなく――地面。

 間髪入れずに安全装置が外され、鳴る発砲音。それとほとんど間を置くことなく集団の背後から響く、ドスの効いた怒号。


「お前ら何をしている!」


 白軍団が振り向いた先にいたのは――軍刀(サーベル)を抜いて戦闘態勢に入ったジャックスだった。反対方向に進んでいたはずの彼がものの数秒で到着したということは、どうやら運良く近くにいたらしい。リーアはその姿を視認してすぐほっと息をつき、凛とした声を出した。


「遅いですよ、少佐!」

「すまなかったな。……お前結局使ったのか、それを」

「叫ぶなって仰ってたので」

「だからって無駄撃ちするな、紛らわしい!」

「――すみません」

「で、何なんだこの状況は」


 白ケープを見に纏う集団が持つ拳銃とナイフは、全てジャックスに向けられている。あまりに物騒なシチュエーションに、眼鏡の向こうの深緑の目がキッと細まる。どう説明しようか決めあぐねているリーアよりも先に、白軍団の中の一人が声を上げた。


「この軍人の仲間か」

「ああ、彼女の上司だ」

「なら話が早い。今すぐドーター様を解放するよう説得しろ」

「……ドーター?」

「メシア様の娘様だ。そのお方は救済者の血を引くお方。だから時が来るまでその御身は隠され、世の穢れから守られなければならないのだ! そう! 全てはお目覚めなされたメシア様が神より賜った御言葉! 嗚呼、何と素晴らしき受託の数々! 我々はそのお言葉に従えば、神より罪を赦されうるのです!」

「……うん?」


 この人は一体何を言っているのだろう。軍人二人はキョトンとした顔でほぼ同時に首を傾げる。どうやっても頭の中で話がつながらない。


「話を聞いちゃダメ。こいつら頭おかしいから!」

「ドーター様、お静かに!」


 リーアの左手を握り締めながら叫んだ少女だったが、その声はすぐに別の男に掻き消された。しかしそれで諦めるほど少女のメンタルは弱くなかったらしい。


「絶対あんた達のところになんか戻ってやらないから!」


 少女も懲りずに声を張って対抗し、やがて少女と男の口喧嘩に発展した。もう何がなんだか。

 深夜にも関わらず続く大声合戦と、頑張って咀嚼しようにも出来る気配すら見えない、白ケープ男の話の不可解さ。リーアは頭を抱え、ジャックスは雲一つない夜空を仰いだ。


「少佐……どうしましょう」


 ピストルをしまったリーアが呆れたようにこぼす。ジャックスもお手上げなのか、軍刀を鞘に収めると、やれやれとでも言いたげに溜息をついた。


 しかしその時、リーアと少女の背後から、路地を通って第三者が無言で近づいてきていた。石畳を踏む固い靴の音は、先ほどから懲りずに饒舌に怪文章を垂れ流す男の声にかき消されて殆ど聞こえない。その見知らぬ第三者の接近にいち早く気づいたのは、桃髪の少女、ただ一人だけだった。


「――だれ?」


 誰にも悟られなさそうな小声で呟く少女に構うことなく、男はこちらへと無遠慮に向かってくる。それでも他には誰も彼の存在に気づくものはおらず、白ケープ男に至ってはとうとう、話がまともに筋も通らず、そもそも何を言っているのかすら判らなくなってきてしまっている。

 そんな中、男は恐怖のあまり目をぎゅっと瞑った少女……の側を通り過ぎると、左手でリーアの肩を掴んでそのまま自分の背後に彼女を押しやった。


「え!?」


 漸く存在に気付いた他の面々の視線が一斉に男の方へ向けられ、いよいよ御託も止まる。

 そこにいたのは、一人の男だった。

 地面に置かれたままのランタンに照らされたそのスレンダーな身体は、リーアとジャックスと同じ詰襟型の軍服を纏っている。違うのは、紺の詰襟のホックは全て留められておらず、下の白いシャツが外に晒されていたこと。なかなか大胆な着崩しっぷりだが、ランタンの光量の影響で、顔までは見えていない。


「……中尉」

「ストック、何故お前がここにいる」


 突然の展開にポカンとするリーアと、怪訝そうな表情のジャックスを一瞥した男――ストック・ディラーは、自らに向けられた凶器の数々を意にも介さず、鼻で笑うと更に一歩前へ踏み出す。


「話は後だ。そんなことより女どもは早く向こうから逃げろ」

「え、でも」

「おいリーア、少佐以外からの命令は聞けねえってか?」

「いえ、そういうわけでは」

「ならとっとと逃げろ!」


 怒号を浴びせられ、巻き添えを喰らった少女は「ひっ」と小さく悲鳴を上げる。リーアは彼女を宥めつつ、今さっき声を荒げた上司の方を見上げると。


「後はよろしくお願いします」


 またもや微笑みの消えた顔でそう言い残して素早くランタンを拾い上げ、少女の肩を押しながら路地の反対側へと向かっていった。


「ドーター様を逃すな!」


 先程まで散々語り倒していたにも関わらず枯れていない声で、白軍団の中央にいたあの男が叫ぶ。瞬間数人がリーア達の移動した方向へと向かいかけるが、しかし。


「行かせねえよ。なぁ、ジャックス?」

「あぁ……そうだな」


 素早く軍刀を抜いた少佐が先回りし、追跡隊の進行を妨害する。


「どんぱちするか押し問答するか。まぁ好きな方でやってくれや」

「お前たち……いくら軍でも許されざる振る舞い! メシア様の御加護を受けし我々が、制裁を与えて差し上げましょう!」

「――なぁストック」


 男たちを傷つけないよう刃のついていない方でなんとか押し留めているジャックスが声をかける。彼の言葉はこう続いた。


()を使うなら銃は避けろよ。証拠が消える」

「あー、なんだと思えばそんなこと? わーってる、わーってる、ガキじゃあるまいし」


 本当にこの男、分かっているのだろうか。ジャックスの頭の片隅に疑念が浮かぶも、今はそれについてとやかく考えている暇などない。


「とっとと終わらせんぞ」


 (おもむろ)に持ち上げたランタンに照らされたストックの瞳。エメラルドに似た緑色の左目と、オールバックに流した髪と同じ、炎のように紅い右目が、キッと白だらけの軍団を睨みつける。

 刹那、男のものとは思えない悲痛な叫び声が街に響き渡ることとなった。



 一方その頃、リーアと少女は軍指定の集合地点である広場へと向かっていた。しかし先ほどよりも道一本奥に行ってしまったため、経路復帰にてこずってしまっている。地図を預かっていてよかったと、土地勘の弱い少女兵は地図を片手に安堵した。

 そうしてうろちょろしている間に早くも息が荒くなってしまった少女を気遣い、リーアは乗合馬車の停留所に彼女を連れて行く。そしてベンチに二人並んで腰掛けた時、不意に少女が口を開いた。


「ねぇ、兵隊さん」

「リーアでいいよ」

「……ねぇ、リーア」

「どうかしたの?」


 微笑みを取り戻したリーアは少女の答えを待つ。少しのタイムラグの後、少女は意を決したように言葉を紡ぎ始めた。


「あたし、本当は『ドーター』なんて名前じゃないの。あいつらが勝手にそう呼んでるだけで」

「あら」


 てっきりそういう名前なのだと勘違いしていたリーアは純粋に驚くも、先ほどよりも口元に浮かべる笑みを深めながらこう続けた。


「じゃあ、本当の名前を教えてよ。私はこれからその名前で呼ぶから」


 リーアのその優しい声の後、少女は少し驚いたような表情を浮かべてから、口元を引き締め、言った。


「――チリエ・マクウォール」

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