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EP12 どこ?

 外で響く大声と、直後から鳴り響く銃撃音や悲鳴をよそに、チリエは集会所の二階の隅にある部屋にいた。部屋のドアは鍵がかけられている上に中からは開けられなくされており、唯一開いていた窓も、開いているというよりは打ち破られていた。数週間前、わざと目の力を使って自ら割ったものだ。白いカーテンが揺れる殺風景な部屋の右端にあるベッドの上に今、彼女は放心状態で座っている。

 白いスクエア襟のブラウスに銀色のリボン、白いフリル付きのスカートの下にはパニエが仕込まれ、座っていてもふわっとしている。上から羽織ったロングケープは、脱出を図った時とは逆の面……白地に金ラインの入った、正規の面が表になっていた。

 白基調のその服は、彼女の好みとは正反対の代物だ。しかし連れ戻されてすぐに、信者たちの手によって強引にこの服に変えられてしまった。しかも、拉致される直前まで着ていた、リーアからの借り物である黒のオーバーサイズのワンピースは、無慈悲にも捨てられてしまった。


「ドーター様、失礼致します」


 静かに鍵が開けられ、青みがかった色の髪を持つ一人の女性信者が入ってきたが、チリエは彼女に目もくれない。虚な黄色の瞳は視点が定まらず、果たして目の前でしゃがみこむ信者の姿を認識しているかすらも怪しかった。


「侵入者が来ました。危険ですので、メシア様の御言葉を賜るまでは、この部屋にいてくださいね」


 優しいその声に、チリエは微塵も反応を示さない。まるで人形に話しかけているかのようだったが、信者の言葉は構わず続く。


「貴女様は、全知全能神インフェスタ様の妻となられる御方。外の穢れを避け、然るべき時に神への永遠の忠誠を誓われるべき御方。メシア様の御言葉は全て神の御言葉であり、わたくし達を常に導き、庇護して下さる。貴女様はそのメシア様の血を引くたった一人の娘様であり、神に見初められた麗しき御方であります。……この際、今回の脱走の件を咎めるつもりは無いと、先程メシア様は仰っておりました。嗚呼、何と深い御心であり、慈悲深き御言葉なのでありましょう! あの御方の御言葉によってわたくし達は救われ、罪を赦されうるのです。 貴女様もまた、その御言葉に大いなる感謝を持ち、二度とあのようなことを起こさぬよう努めてください。これはあくまでメシア様のお気持ちではなく、メシア様の側近であり、貴女様のもう一人の母でもあるわたくし……レフィナからのお願いであり、命令でございます」


 長々と続いたその言葉に、相変わらずチリエの反応はなかった。そもそも聞いていたのかすら定かでない。それに気付いてか気付かずか、信者は立ち上がると――。


「メシア様とドーター様、そして我々に、素晴らしき御加護のあらんことを」


 と唱え、そのまま部屋を出て行ってしまった。

 終始チリエに(まばた)き以外の動きは無く、虚しくカーテンがはためくばかり。

 昼の呑気な秋の日差しの中、チリエは暫くの間、静かに無為な時間を過ごしていたが、ある時唐突に彼女の唇が一言、言葉を紡いだ。


「……たすけ、て……」


 抑揚の消えた声は、吹き込んできた風に溶け、そして消えていった。



 チリエが隔離部屋で放心状態の中、リーアら軍人達は命がけで作戦を決行していた。先ほど二階で軍を恫喝していた一人と、入り口を入って早々に銃弾の雨を降らせてきた五人の信者達は、既に後ろ手に拘束されて、後続の第七班の手で駐在所に連行されていた。武器もついでに回収されている。どういうわけか軍採用のものと型番が同じとはいえ、違法入手の拳銃の為、弾倉を使い回すのは躊躇われたからだ。


「……不気味だな」


 前衛部隊を蹴散らし、教祖の居場所を探す第一班の面々だったが、ふと一般兵の一人がそんなことを呟いた。


「確かに、あまりに人が少なすぎる」

「入口が五人だけっていうのも変だよね」


 男三人がボソボソ会話するのを、リーアとジャックスは聞いて聞かぬふりを決め込んで仕事を続ける。だが言わないだけで、実は二人も同じことを思っていた。

 実は、【秘匿のメシア】の信者数は五十を下らないと、軍に保管されていた過去の書類の記載にはあった。しかし今把握できているのは、先程蹴散らした五人と、突入前にライフルを突き出してきた一人の、計六人のみ。書類が書かれたのは去年の今頃なので、単純計算でも残りの四十人余りはどこかに隠れていることになる。それにもかかわらず、今この空間はあまりに静かすぎた。殆ど軍人以外の人の気配が無い。流石のジャックス達も不安になってくる。


「参ったな……」


 一階を探し回る自分達はもとより、二階を見ている別の班からも、今のところ信者の目撃情報は得られていない。


「何処にいるんでしょう……」


 まさかこんな場所で計画がどん詰まるとは。リーアは壁にもたれかかりながらため息をついた。

 だが、こういう状況になると勇んで事態の打開へ向けて半分身勝手な行動に出る者もいる。それこそ、先程から鍵のかかったドアを片っ端から破壊しているストックのような。


「……何をしているんだ、お前」


 いちいちドアに手をかけ、鍵がかかっていると分かるなりドアをドアノブごと粉砕している彼に、思わずジャックスも声をかける。


「世界一手っ取り早い居場所探し」

「何だそれ」

「【秘匿のメシア】っていうくらいだから、教祖やガキの居場所なんて鍵のかかった場所に決まってる。更に手が込んでいるなら……カラクリもあるかもしれねえ」

「カラクリ……隠し地下とかか?」

「てめえにしては珍しく察しがいいな、そういうことだ」

「だからって壊さなくてもいいだろ」

「仕方ねえだろ、今回はピッキング班がいねえんだから」


 ピッキング班とは、その名の通り鍵の解除を主に担当する班のことで、軍の中でも独立した班の扱いになっている。その班にピッキングをはじめとした鍵関連のベテランが集う一方、その技術は班の外には一切漏らされることがないため、他の軍人達は鍵の類を一般市民並みにしか扱うことができない。その為、今回のような場合は何らかの手段でもってドアごと破壊するしかないのだ。

 こういう話をすると、大抵器物損壊だ何だと文句を後につけられそうなものだが、今回はれっきとした仕事の上で発生した不可抗力的扱いを受ける為、彼はちゃっかり無罪放免である。軍からの通達を拒否した見返りの1つでもある。つまりは、ドアを壊されたくなければ大人しく軍からの通告を飲めばいいという、ただそれだけの話なのだ。


「……無駄な行動はよしてくれ」

「無駄じゃねえ、むしろ最短経路をゆく解決法だ」

「何を根拠に」

「俺の経験則」

「なら俺も経験から言わせていただこう。無計画な行動はむしろ逆効果だ、ちゃんと手順を踏んでくれ。何の為に計画を立てたと思っている」

「そのてめぇの計画がもはや役に立たねえから俺が動いてんだよ!」

「何だと?」


 何となく先の展開に嫌な予感がしたリーアは二人の方を見る。しかし時既に遅し、二人の間には火花が散っていた。彼女はまたタイミングを見計らう。


「今のところ計画通りに行ったのは突入だけ、それ以降は計画通りに進めようにも、想定されたシナリオ通りじゃねえことしか起こってねえ。なのにまだ計画に縛られなきゃいけねえのかよ」

「それ以外にどうするんだ」

「だからてめえは万年堅物なんだよ! この件に関して無頓着にも程がある! あのガキを救う気がねえってんならとっとと帰れよ!」

「……お前……いい加減に」

「少佐、中尉! 今は喧嘩してる場合じゃないですよね!?」


 声を張り上げて喧嘩を断ち切ったリーアに、何故か不機嫌な目が二人から向けられる。一般兵如きが上官の言い争いに口出しをするな、とでも言いたそうな二人に、彼女は失礼も承知で噛みつきかける。

 しかし、出来なかった。


「みんなまとめて死ねえええええええええ‼︎」


 突如二階から悲鳴じみた女性の叫び声が聞こえてきたからだ。それとほぼ同時に、上の階にいた兵士十数人が、階段から転げ落ちるようにしてこちらの階に降りてくる。


「おい、何があった」


 ストックが、降りてきた内の一人の肩を掴んでそう訊くと、突然中尉に捕まって萎縮してしまった兵士――恐らく一般兵だろう――は震えながらもこう言った。


「……二階の端の部屋に、女の子がいて…………でも、ドアを叩き破った僕らを見るなり、右目を出してガラス片をこっちにぶん投げてきて……。既に何人か怪我しています……」

「……くそっ」


 震える兵士を解放するなり地面を蹴るストック。一連の出来事を少し距離を置いて見ていたジャックスとリーアには、兵士の言った()()()が誰なのか、すぐにわかった。


「チリエか」


 口を開いたのはジャックス。そしてまた二人の会話が始まった。


「――多分な」

「一般兵達を見るなり激昂した……。まぁ、男嫌いの彼女ならあり得るな」

「いや、あり得るか? 俺らが保護した時はめちゃくちゃ怯えてたってのに」

「……確かに」

「さては変なことされたんじゃなかろうな。クスリを持ってる奴らのことだ、恐らくアイツをロクな目に遭わせてねえ」

「リーアに確認、行かせるか?」

「そうだな」

「よし。リーア、話は聞いていただろうから後は頼んだ」

「は、はい」


 突然話をふられて少し動揺したリーアだったが、彼らの意図には反対意識はなかった為、素直に首肯した。そしてそのまま二階へ向かおうとするリーアだったが。


「リーア、その前に」


 ジャックスに呼び止められ、足が止まる。


「アヴォストに変わるなら、やり過ぎるなよ。せいぜい気絶程度に留めておけ」

「……伝えておきます」


 静かにそう返すと、リーアは足軽に階段を登った。

 廊下にまで響く、物が崩れ落ちる音やガラスが割れる音、そして男達の情けない悲鳴。

 撤退していく兵士達は皆、顔や手から血を流していた。恐らく飛んできたガラス片が刺さったか、せいぜいかすりでもしたのだろう。


「チリエ……」


 今の少女の叫び声は、かつてこの場所に軍の手によって返されかけたときに彼女が発したものと何処か似ていた。ヒステリックな、耳にキンキン響く声。混乱しているのか、それとも軍を味方だと認識しなくなっているのか。まだこの段階でははっきりしない。

 階段の踊り場の隅で、リーアは耳を塞ぎながら目を閉じる。


「……アヴォスト…………うん……うん…………そうだよ、だから…………うん……。――お願いね…………ここは、ルストじゃないから」


 ゆっくりと目を開ける。少し疲れはしたが、なんとか説得には成功したらしい彼女は、廊下の方へと足を向けた。


「あ、リーアさん!」

「早く! 早くこの子止めて! 俺らマジで心臓刺されそう!」


 防戦一方な一般兵達の一部物騒な発言が耳に障ったが、リーアは首肯するなりダッシュで部屋の前に向かった。そして、ドアの向こうを覗いて、固まってしまう。


「みんな敵だ! どいつもこいつも、あたしの前にいる奴ら全員死ねええええええええええ‼︎」


 床に物が散乱する部屋の中。出会った頃と同じ服に身を包み、紅と黄色の目は殺意に満ちてギラギラと光り、薄ピンクの髪は解けてボサボサになっている――敵意剥き出しのチリエ・マクウォールが、そこにいた。


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