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5話 きっと大丈夫

 学校が終わり、重たい雰囲気を引きずったまま、みんなを引き連れて家に帰宅する。

 誰も一言も喋らない。学校でも、帰路を辿っているあいだも、沈黙が俺たちを覆う。


「ただいま」


 そう声をかけるも、帰ってくる言葉はない。

 部屋に入ると、朝と変わらずルナがベッドの上で横になっていた。


「ルナ、ただいま。莉子たちがお見舞いに来てくれたぞ」

「……うん」


 しゃべるのも億劫なのか、苦しそうにそう呟いた。


「ルナっち、隆史から聞いたよ……元々猫だったこととか、このままだとみんなルナっちのことを忘れて、死んじゃうってこととか」

「……そうか」

「それ、ほんとうなの?」

「……うん」


 ルナの返事を聞いた瞬間、紬が肩を怒らせてルナに詰め寄った。


「どうして……どうして、そんな大事なこと言ってくれなかったの!?」

「……すまない」

「謝ってほしいんじゃない!」

「紬ちゃん、落ち着いて。ルナちゃん……もうどうしようもないの?」

「うん、もうこれはどうしようもないことなんだ。みんなは私のことを忘れていき、そして、私は死んでしまう」


 淡々と、ルナが事実を語っていく。

 認めたくなかったことを本人に直接伝えられてしまい、今まで信じたくない、信じないようにしていたのに、その淡い期待を砕かれてしまった。


「隆史はどうして……恩返しになんかさせたの!?」

「…………」


 紬が俺に怒るのも仕方ないことだ。

 俺が恩返しさせたから、ルナは死んでしまう。


「紬、隆史を責めないで欲しい。私は元々恩返しをするつもりで来たんだ。それに黙っていたのも私だ、隆史はなにも悪くない」

「ルナっちも、どうして消えるってわかってたのに恩返しなんかしたの!」

「……嬉しかった。親からも見捨てられた私に、初めて優しくしてくれたのが隆史だ。だから、どうしても恩返ししたかった……」

「ルナっち……」

「隆史たちが優しくて、居心地が良くて、つい言いそびれてしまった……ほんとうにすまない」

「ルナさん……もし、誰も忘れなかったら……死なないんですか?」


 岡田のその問いは、見落としていた盲点だった。

 絶対に忘れてしまう。けど、もし忘れなかったらルナはずっと生き続けることができるんじゃないのか?


「誰も忘れなかったら、私は死なないと思う……けど、それは無理だ。これは抗いようがない」

「私は、ルナちゃんのこと忘れない」


 莉子がルナの手を優しく、ぎゅっと握った。

 その感触や温かさを忘れないように、離さないように。


「あたしも絶対に忘れない」

「私も……忘れません。ルナさんが、体育祭で頑張ってくれたから……グラウンドを守れたんです……」

「みんな……ありがとう……」


 身体に力が入らないのに、それでも感謝を伝えたいのか、ルナは上体を無理に起こし、莉子たちに頭を下げた。


「ね、ルナちゃんと写真を撮ろうよ。そしたら例え忘れても、それを見れば思い出せるかもしれない!」

「うん、それいいかも。スマホでルナっちと写真撮ろ!」


 ルナを中心に、みんなで彼女を囲んだ。

 

「ほら、隆史。ルナっちは身体を起こすだけでもしんどいんだから、支えてあげなきゃ」

「わかったわかった」


 ルナの隣に座り、肩に手を回し支えてあげる。

 その細い身体に驚いた。ルナは元々細かったが、今はあまり食事も喉が通らないようで、より一層その身体は壊れそうなほど細くなっていた。

 俺の胸に少し重みが伝わる。ただルナが俺に寄りかかっただけ。

 それだけのことなのに、頼りにされることが嬉しかった。


「みんな笑ってー」


 紬が目一杯腕を伸ばし、スマホを俺たちに向ける。

 インカメラにされた画面には、楽しそうに笑顔になった五人の姿が。


「岡田っち、笑ってー」

「……笑ってます」

「もっともっと。歯を見せてー」

「こ、こうですか……?」

「そうそう、撮るよー」


 カシャッ、という音とともに、スマホに俺たちの写真が保存される。


「じゃあ、みんなに送るね!」


 紬からメッセージが届き、そこにはさきほど撮った写真が添付されていた。

 ルナを中心に、みんなで撮られた写真。

 それを見るだけで、得も知れぬ勇気が湧いてくる。これさえあれば大丈夫、きっとみんなルナのことを忘れないでくれる。


「もし忘れそうになったら、この写真を見て思い出そう!」

「うん!」


 きっと大丈夫だ。俺たちはルナのことを忘れない。


     ※ ※ ※


 次の日、学校で教室に向かうと、楽しそうに談笑している莉子たちを見つけた。


「みんな、昨日はありがとうな。あの後、ルナもすごく喜んでいたよ」


 よほど嬉しかったのだろう、莉子たちが帰ったあとも、ルナは俺のスマホに保存された写真を見ては嬉しそうに微笑んでいた。

 莉子たちに感謝の言葉を告げるも、なぜかみんなは不思議そうな表情をしている。


「……るなって誰?」

「……は?」


 首を傾げて、本当にわからないように、莉子はルナの名前を呟いた。


「おい、なんの冗談だよ……」

「紬ちゃん、るなって人と知り合い?」

「え、岡田っちに聞いてたんじゃないの? あたしは、そのるなって人知らないけど」

「私も……知らないです……」

「…………」


 ま、まさか……。


「お前ら、ルナのこと忘れちゃったのか!?」

「た、隆史君落ち着いて……私たち、るなって人知らないよ」


 みんなは忘れないと思ってた。

 絆とか友情とか、そんな抽象的な、恥ずかしくなるような言葉だけど、それでもそんな見えないなにかで繋がっていると思っていた。

 けど、それをあざ笑うかのように、現実はとても残酷だった。


「……そうだ」


 撮ったじゃないか、こうなっても思い出せるように、忘れないようにスマホに写真を保存したんだ。

 慌ててポケットからスマホを取り出して、昨日撮った写真を映し出す。


「そ、んな……」


 確かに、スマホには保存されていた。

 俺たちが笑顔で撮った写真がスマホに映し出されている。しかし、そこには、なぜかルナの姿がなかった。

 まるで初めからいなかったかのように、俺の隣にいたはずの人物の場所には、ぽっかりと穴が開いていた。


「隆史君……大丈夫?」


 無理なのか……?

 ルナを覚えていることは、抗いようのないことなのか……?

 俺も……俺もいつかはルナを忘れてしまうのか……。

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