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4話 信じざるを得ない

 翌日、けたたましく鳴り響くスマホを止め、朝の目覚めから覚醒する。

 隣で同じベッドに寝ているルナの表情は厳しく、苦しそうにしていた。


「ルナ、朝だぞ」

「……ん」


 起こしてあげようと身体を揺するも、辛そうに眉間に皺を寄せるだけで、その目は開かれることはない。


「ルナ、起きないと遅刻するぞ」

「……隆史」


 何度も揺すると、特徴的なオッドアイが姿を現した。しかし、その瞳はぼんやりとして、隣にいる俺さえも焦点が合っていないように思える。


「……くっ」


 上手く力が入らないのか、身体を起こそうとするも、一ミリも上体は起き上がらない。


「……今日は学校休むか?」

「……うん」


 一人では起き上がれないほど、衰弱するなんて……。


「たぶん、もう私を覚えている人はほとんどいないと思う」

「なんでそんなことがわかるんだよ」

「皆が私を忘れるほど、力が抜けていくんだ。親しくなかった人からどんどん忘れていく」

「……俺は信じないから」


 そんなことがあってたまるか。忘れたら、思い出させればいいんだ。

 ベッドから出て、リビングに降りる。

 朝食を作っていると、お母さんも起きてきたのか、少しぼさぼさになった髪を整えながらリビングにやってきた。


「あれ、ルナちゃんは?」


 その一言で安心した。どうやらお母さんはルナのことは覚えているようだ。


「ちょっと体調が悪いみたいで、今日は学校を休ませます」

「あら、そうなんだ。病院、行かなくても大丈夫?」

「そこまで酷くはないみたいなので、たぶん大丈夫かと」


 ルナのことを説明しようかと思ったがやめておいた。もしかしたら、本当に体調が悪いだけで、勘違いしている可能性もあるからだ。

 しかし、そんな俺の淡い期待は、学校に着いて、儚くも打ち砕かれた。


     ※ ※ ※


 朝のHR、学校の教室で担任の先生が教卓で出席確認を取っている。


「岩田ー」

「はーい」


 先生が生徒の名前を呼ぶ声と、呼ばれた生徒の声が教室に響く。


「宇上ー」

「……はい」


 俺の名前が呼ばれ、返事をする。順番で言えば、同じ苗字であるルナの名前が呼ばれるはずだ。

 なのに、先生が呼んだ生徒の名前は違った。


「岡田ー」


 ルナの名前を呼ばず、担任の先生は次の生徒である岡田の名前を呼び始めた。


「先生、ルナの名前を忘れてます」

「……るな?」


 俺が注意をするも、ピンと来ていないのか、首を傾げる。


「ルナですよ。俺の次はルナの順番のはずです」

「……そんな生徒、うちのクラスにはいないぞ」


 ……なにを言っているんだ?

 そう思ったのは俺だけじゃなかった。紬が同じように声を張り上げる。


「先生、そういう冗談は笑えないですよ」

「……私がおかしいのか? るなという生徒に覚えがある奴はいるか?」


 先生の問いかけに、ほとんどの生徒が首を傾げた。

 一部の生徒だけが……正確に言うと、いつも一緒にいた紬、莉子、岡田だけがその異常な事態にクラスに反論する。


「ち、ちょっと……本気で言ってるの!?」

「ルナちゃんだよ、このクラスにいた!」

「こういうのは……冗談にしては、度が過ぎてます……」


 三人は立ちあがり、クラスの皆は非難するが、逆に突き刺さる視線を浴びせられる。

 誰もルナのことは覚えていなかった。そして、そんな覚えている俺たちがだけが、おかしな目で見られ始めた。


「はーい、三人共冗談はそれぐらいにして、早く座れ」

「先生!」

「宇上もうるさいぞ。そういうタチの悪い冗談は大概にしろ」


 ルナの言ったとおり、関係が薄かった人から彼女の記憶が抜けている。

 俺にとっては、信じたくなかった事実が、現実になってしまった。

 HRが終わり、俺は三人を屋上に呼び出した。

 状況を知らない莉子たちは、いまだ先生たちが酷い虐めをしていると思っているのか、口々に非難の声を上げる。


「酷い、酷すぎる……いくらなんでも先生までルナちゃんに虐めみたいなことをするなんて」

「冗談にしては……笑えないです……」

「あたし、職員室に行って、先生に言ってくる」


 怒るのも無理はない。俺だって事実を知ってなかったら同じように怒っていただろう。

 しかし、俺はルナから原因を知らされていたので、三人のように怒ることはなく、ただただ絶望するだけだった。

 ……ルナの言っていたことは本当だった。

 それは、絶望のどん底に突き落とすには十分だった。


「隆史、なんであんたは何も言わないの……? こんな虐めみたいなことされて怒らないの!?」

「……みんな、聞いてくれ」


 あの異常なクラスの様子を見せられてしまっては、ルナの言っていたことは疑いようのない事実として受け止めるしかない。

 だったら俺ができることは、みんなに説明して忘れないように覚えてもらうしかない。

 莉子たちにルナの正体、そして、このままでは忘れていってしまい、彼女が死んでしまうことを説明した。


「……なにそれ」


 俺の説明を聞き、信じられないのか、紬が苦しそうに呟いた。


「そんな荒唐無稽な話、信じろっていうの?」

「……俺だって信じられなかったよ。でも現に、先生たちはルナのことを覚えてなかっただろう」

「ルナちゃんが……死んでしまう……」


 莉子にはルナが猫だということを説明したおかげで、いち早く現状を理解してくれた。


「隆史君、それってなんとかならないかな?」

「……わからない。俺たちにできることはルナを忘れないことだけかもしれない」

「そんな……」


 みんなの表情が暗くなり、重たい雰囲気が漂う。

 にわかには信じられない話。信じたくないと言った方が正しいのか、しかし、さっきのクラスの一幕を見せられては、信じざるを得ない。


「あたしは、ルナっちから直接聞くまで信じない。学校終わったら隆史の家に行く」


 紬が苦しそうに呟いた。

 みんなも同じ思いなのか、その言葉に頷いた。

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